悲しー男のサガやね
――大熊亭 店内
地球時間でいえばおそらく午後三時過ぎの店内には、客はいなかった。
まー、ゆっくりまったりと過ごすカフェっつー感じの場所じゃねーしナ。
どっちかっつーと赤ちょうちん系? ハルジーのおっさんの店もそーだけど。
でも、割と調度品はいーモノ使ってるみてぇだナ。あっちよりも羽振りがイイ?
あー、そーいや駅前の赤ちょうちん、夕方になるとたこ焼きやお好み焼きとか売ってたんだよな。あれ、ケッコー美味しかった。
……おっと。
「さて、コイツはおごりだ」
俺達の前に置かれたジョッキが二つ。
エールだな、コレ。ちっと安心。
「じゃあ、いただきます」
う〜む、居酒屋ハシゴか……。オッサンみてーだナ。
いや、まーでも、いちおー仕事だしネ。
……それはそーと。
「棚にあるソレって……何スか?」
俺の指差す先。
オッサンの背後の棚には、巨大な瓶が鎮座していた。
ソレを満たすのは、褐色の液体。そして、蛇のようなナニか。って、尾は一つだけと頭が二つあるよーな……。
「オウ、これはな……オーム蛇の酒漬けだ」
「は、はぁ……」
ハブ酒みたいなモン? 確かオーム蛇って、卵が薬になるってヤツじゃぁ……
「オウ、ボウズ。覚えとけよ?」
と、おっさんが顔を近づける。
うーむ、おっさんのカオがキスできそーな距離に迫って来るのはちっと。
「実はな、アレに効くんだ」
「……へ?」
アレって……やっぱアレだよナ。
「コイツを飲んでりゃ底なしだ。その嬢ちゃんとマンネリになったらコイツを飲んでみな」
「は、はぁ……」
へー、ヤッパそーナン? 俺にはそれより前に乗り越えにゃならんハードルがあるンすケド。
「ええ。じゃあ、そのトキにでも……」
とりあえず、あわせとかんとナ。
って、エスリーンが横目で睨んでるし。っつーか、おっさんの声がデカすぎて丸聞こえじゃねーか。
……さて、気をとりなおして仕事のハナシだ。
「ところで、集める食材っていうのは、いつもどこで獲ってるんですか?」
スノリゴスター、オオヤスデ、巨大イモムシ。そして大サソリ《ジャイアントスコーピオン》。
大サソリは一度遭遇したからいいケド、他がワカラン。ゲームのデータはあんまし参考にならんだろーしナ。
「おう、そうだな……」
おっさんの説明によると、スノリゴスターはこの街の東側にある荒地に出没するそーだ。そこにある洞穴をよく住処にしているとか。
オオヤスデは北東にある森の中。落ち葉の中に隠れてるとか。
巨大イモムシと大サソリは南の乾燥地帯。まー、この間遭遇した辺り探せばいーんかな?
とりあえず、そんなトコロか。
「ああ、そうだ。何か珍しいモンスターを倒したら持ってきてくれ。新しい料理を作れるか試してみたいからな。もちろん、あんたらにも振る舞うぜ」
「わ……分かった」
ヤバそーなのはヤメといた方が良さそーだナ。毒持ちとか。せっかく異世界に来たのに食いモノにあたって死ぬのはゴメンだ。死んでも死に切れねぇ。
……ホントに死にきれなくてゾンビになっちまったらどーしよ……。
それはともかく。
飲食店に来てナニも注文しないのはアレなんで、とりあえずツマミにチーズをもらう。
ちなみに見た目は普通のチーズだ。ヤギの乳から作った自家製らしい。濃厚な味で、結構ウマい。
やっぱし少々塩分が多いが、日持ちさせにゃならんから仕方ねェか。
ちなみにカビやら何やら付いたヤツもあるそーだが、そいつは遠慮しておいた。
幾らウマいっつっても、いきなりそーいうのはちっと。
もーちょいそーいう料理に慣れてからだな……。
ちなみにさっきのチーズを持って来てくれたは、ワリとかわいらしい女の子。ハルジーの店にはない華だナ。
どーやらこのおっさんの娘らしいが……あんまし似てねぇ。奥さん似?
厨房に戻る後ろ姿をついつい目で追ったら、エスリーンに睨まれた……。
悲しー男のサガやね。
……気をとりなおして、と。
まずはどれから行くか。
とりあえず、まずはオオヤスデからだな。距離的にも近い場所だし、在庫も少ないらしいからな。明日の朝から行くつもりだ。
森に行くには北門が近いワケだが、ソコの警備はアルセス聖堂騎士団の担当だ。俺の顔を知ってる左遷騎士二人が門番を務めていた。出来れば連中がいるトキには通りたくねェ。こう何度も遭遇してると、完全に覚えられちまう。
しかし現在、都合のいーコトにアイツらはリシュートに飛ばされてる。
行くなら今のうちだな。会ったのが3回ぐらいなら、ひと月も会わなきゃ忘れるだろー。多分。
思いの外早く帰って来ちまったら、いっそヒゲでも伸ばすかねぇ? ヤツみてぇに。が、まだまだヒゲ薄いからな〜。多分似合わねェか。
さて、こんなトコロか?
帰りに必要そーなモノ買い込んで、明日に備えるだな。
……おっと、そーだ。その前に気になるコトを聞いておこう。
「ところで、今まで食材採りを依頼した人達ってどうしたんですか?」
一応聞いて見る。食材採りに行ったまま戻らんとかか?
「ああ、実はな、今まで何人かに依頼してたんだが、少々モメ事があってな」
「モメ事?」
買取価格とかか?
「今まで依頼してた連中と、自分から売り込んできた新参がモメてな。結局新参が今までの連中を追い出しちまったんだ。かと思ったら、その新参が行方知れずになっちまってな」
「な……なるほど」
オイシイ仕事だから、無理やりにでも独占しようとしたんかねぇ? にしても、そーまでして得たシゴトをほっぽり出すのは解せねぇ。
「そのラバンという男、腕は立つんだが色々悪い噂が多いようでな。貴重な食材を沢山取ってきてくれるのはありがたかったんだがな……」
「はぁ……そうなんスか」
切るに切れないアレな業者ってトコか。にしても、ラバン?
……って、あのラバン!? フィルズ・ロスタミかよ!
叫びそうになるが、かろうじて堪えた。ふと見ると、エスリーンも同様だ。
思わず二人で顔を見合す。
イキナリこんな場所でその名前を聞くとは思わなんだヨ。
つか、逃走中の資金はこーやって稼いでいたんか。
「ン? どうした? 知り合いか」
流石に気づかれちまったか。
……もしかして、マズった?
「え〜っと、ジツは……」
どーしたモンかね。
このおっさんもフィルズ・ロスタミと知り合い!? いや待て。偽名を使ってたんだから、そこまで深い繋がりは無ェだろう。ケド、変に否定したら、それはそれで不自然だ。
……おっと、そーだ。
「ハルジーさんの店で依頼を受けたんですよ、その人からのを」
「ほう? ……どんな?」
「猫を探すって依頼ですよ。『金の鸚鵡亭』のね」
『なるほど。確か、最近拾った山猫みたいのを飼ってるって話は聞いた事があるな」
「それが行方不明になったんで、探してくれって依頼です。もしかして、ここからの依頼だったり……なんてコトはないっスよね?」
無論、違うコトは分かっちゃいるがな。
「いや……流石に猫は出さねェ。しかも、他人の店の猫を攫うなんてコトはな」
「ですよねー」
「いや待て、猫か……。確か、胸の痛みに効果があるって聞いたな……ふむ」
何やらおっさんは考え込んだよーだ。
……イラんコト言い出さんうちに退散すんべ。流石にリラがいるのに猫を狩る依頼はちっと。
「じゃ、じゃあ、俺達はコレで。明日から仕事にかかりますから」
「何だよ、もう少しゆっくりして行っても良いだろう?」
ちと残念そーなおっさん。
「いや、すいません。準備なんかもありますので、それは後日」
「そうか。食材、期待してるぜ。……おっと、コレも持ってけ」
「は……はい。任せて下さい!」
俺達は逃げるよーに店を後にした。そーいやミヤゲにナンか押し付けられたナ。あとで見てみるか。
人物、用語など
・オーム蛇
双頭の大蛇。洞窟などに潜むとされる。卵は薬になるため、高値で取引がされる。




