心の中までクサれちまったんか?
――数分後
彼女から聞いた部屋の状況をもとに、頭の中で行動指針を組み立てる。
……よし。
おkだ。これでいこう。
俺はいつでもサーベルを抜ける様にし、慎重に扉のノブを回した。
「行くぜ!」
そして一気に蹴り開け、中に突入。
エスリーンも続いた。
部屋の状況は、エスリーンから聞いたあの日とさして変わらない様だ。
本棚から溢れた魔道書。
机に積み上げられた巻物。
様々な実験器具。
壁に貼られた雑多なメモ書き。
そして……部屋の中央に置かれた揺り椅子。
それは、彼女の父親お気に入りの椅子だ。この椅子に座り、揺れながら思索をすることが多かったそうだ。
それが背を向け、置かれている。
いや……微かに揺れている。わずかに覗く、人影。
「……!」
エスリーンが息を飲んだ。
「……何者だ!」
椅子に座った人物に声をかける。
『……何者、とはご挨拶だな、客人』
脳内に響く声。
これは、まさか……
「……父様!?」
『おお、エスリーンよ。戻って来てくれたか。顔を見せておくれ』
椅子が音もなく回転し……
「嫌ー!!」
エスリーンの悲鳴。
椅子に座っているのは、血塗れのローブをまとった初老の男。
青白い顔で、ニタニタ笑っていた。
ゾンビ? いや、それにしちゃ腐敗が進行していねェ。それに……コイツは意志があるのか!?
「何だ? これは、まさか……」
『そうだ。ゾンビなどと比べてもらっては困るな』
「と……父様!?」
やはりこの男が、エスリーンの父親だとか言う魔導師ラスディンか。
『エスリーン。お前も私の仲間にしてやろう。永遠を生きる不死者となるのだ』
「い……嫌よ、そんな……」
震える彼女は、俺にしがみつく。
『ほう? その男にたらし込まれたのか? ならば良かろう。その男を殺し、我らの僕としてくれよう。その後はお前の好きにするが良いさ』
「そんな……」
彼女はへたり込んだ。
もはや精神的に限界なのだろう。
……もういい。
「いい加減にしやがれ。アンタ、心の中までクサれちまったんか?」
俺はヤツにサーベルを突きつける。
『ほう……私に戦いを挑むか? ならば……その身を塵に返してくれよう』
揺り椅子ごとヤツの身体が浮かび上がる。
と、同時にその下の床上に、魔法陣が浮かび上がった。
恐ろしい魔力だ。
やっぱしコイツはゾンビなんてモンじゃねェ。もっと上位の存在――ワイトだっけ?――じゃねーか!
フィルズ・ロスタミにそんな“力”があったのか? それとも……おっとォ!
その掌から、多数の光の矢が俺に向かって放たれる。
“光弾”だ。
「クソッ!」
サーベルを抜刀し、殺到する光の矢を斬り払う。
あ、危ね〜。なんとか全部斬り払えたが、これ以上はちとヤバいゼ。
『ほう……やるではないか』
「ダテに“選ばれた”ってワケじゃねェよ」
……多分。
おっと、ヤツの身体から強力な魔力が立ち上ってやがら。
『なるほどな。これはどうだ? “斬輪”!』
数枚の光のカッターが空中に出現し、恐るべきスピードで俺に襲いかかる。俺のよりもスピードは速い。切れ味も上だろう。
「うげっ!?」
正面から来たヤツを斬り払う。
が、その直後にもう一枚。今度は初弾よりも格段に速い。チッ、やっぱしさっきのは牽制かよ!
サーベルは間に合わねェ。慌てて首をすくめてかわす。
直後に右側面からの襲撃。後方へジャンプだ。
その着地点を狙い、左下方からカッターが襲来。
ヤベぇっ!
「ぬおぉっ!」
無理やり空中で腕と足を振って身体をひねる。身体を寝かして着地のタイミングをズラし、カッターをやり過ごした。そしてサーベルを逆手で上から突き立て、それを斬り裂く。我ながら、まるで猫のよーな見事な身のこなし。
残念ながら俺は猫じゃないんで、ブザマに尻で着地するハメになったが……
あ゛〜痛ェ。
って、まだ来るんかヨ!
正面からカッターが迫る。
この体勢じゃサーベルは振るえねェ。そのまま床を転がり……
と思ったら、後方からも来やがった。って挟み撃ちかよォ!
「ふぬおっ!」
強引にブリッジ。尻の下を二枚のカッターが交錯し、通り抜けた。
ビミョーにズボンを切られたっぽい? が、命あっての物種だ。
って、上からだとォ!?
ここからナントか身体を捻って……
って、腰痛ェ! 酷く打ったせいで、ナンかがズレちまったみてェだ。
その痛みに、思わずカタまる。
そんなアリサマの俺に、さらに数枚のカッターが殺到し……
ば、万事休す? こんなカッコで死ぬんか!?
「“光弾”!」
エスリーンの声。
飛来した光の矢がカッターを次々に打ち砕いた。
あ、あぶねー。チビるかと思ったゼ。
「ハハ……助かったぜエスリーン」
サーベルをくわえ、カサカサと四つん這いで距離をとる。
まるで俺自身が虫になったみてーだ……。
そして柱の陰に隠れ、
「“治癒”!」
なんとか腰の痛みが引いた。
あー、カッコ悪ィ。“選ばれた”なーんて見得切るんじゃなかったゼ。
立ち上がり、再びサーベルを構える。
『クク……エスリーンよ。その男の側につくか?』
ヤツは椅子に座ったまま俺達を見下ろしている。
「もちろん。そして、父様を解放します。その肉体から……」
『なら……やってみるがいい』
ヤツが、ぬたりと嗤った。
「……!!」
その身体から、凄まじい魔力が噴き上がる。
「オイオイ……フィルズ・ロスタミなんぞよりも強いんじゃねーか?」
冷や汗をかきつつ、笑う。
……というか、笑うしかねェ。
「そりゃそうよ。私を逃がそうとさえしなければ、あんなヤツになんか……」
そこで彼女は言葉に詰まった。
自分のせいで、と考えたのかもしれない。
「後だ! とりあえず、今はヤツを倒す!」
魔力回路に意識を集中。
と、脳内に声が響いた。
『力を貸そう』
と……。
誰だ? などと、思う間も無く身体の奥底で、何かが“開いた”。
そこから吹き出す魔力。
それは、この塔にある魔力のホットスポットからもたらされたモノだ。
「……ほう?」
ヤツが興味深げに俺を見る。
『妙な“力”を使うな。それが“選ばれた”者とやらの力か?』
揶揄してんのか? いや、違うか。
「へっ……その通り。この“力”でアンタを解放してやるぜ!」
『やってみるがいい、小僧!』
ヤツが印を結んだ。
膨大な魔力が集中するのがわかる。
だが、それに怯んでいる場合じゃねェ。
俺は意を決し、地を蹴った。




