お……重い
――翌朝
お……重い。
俺はあまりの寝苦しさに目を覚ました。
外の明るさからして五時半ぐらいかねぇ? 今の時節の日本なら、だが……
な……ナンだよ、コレ。人一人が乗って……
視線を胸の上にやる。
胸の上に、“何か”が乗ってやがる。
白くて丸い何かから黒いフサフサの棒状のモノが飛び出して……
って、オイ。
「え、エスリーン!?」
俺が寝ているベッドの掛け布団の上で、エスリーンが丸くなって寝ていた。
白いのは彼女の着ている寝巻きと下着。そして黒い棒状のモノは、その尻尾だった。
昨日は別々のベッドで寝たハズなんだが、ナンで俺の所に!? っつーか、ちっと苦しいぜ。
「ぬ゛ぅ……」
無理やりその下から体を引き抜く。
細身の彼女だが、胸の上に乗られりゃ重てーよ。
……ふぅ。
俺は彼女の下から脱出すると、ベッドに腰掛け彼女を見る。
薄手の寝巻きなんで、ナンか色々透けて見えそーだな。
っつーか、尻尾のせいで裾がまくれあがり、下着が丸見えじゃねーか。今のうちによく見とこ。
それはともかく……いつの間に俺の上へ? 独り寝が寂しかったとか?
……と、とりあえずどーしたモンかね?
「……ニャ?」
戸惑う俺に、声がかかる。
ん? 起きたか? って、今『ニャ?』って……
ふと見ると、エスリーンが身を起こしていた。
「やあ、おはよ……うぉっ!?」
「ゴロゴロゴロ……」
俺に身体を擦り付けてくる。
ちょっ……寝ぼけてやがる。……つか、ね、猫になっとるがな。
そーいえば、親父さんの使い魔と融合してるんだったな。そのせいで、寝ぼけたりして理性の押さえが効かない時は、猫の本能が出るんかいな?
舐めたり甘噛みしたり、匂いを嗅いでフレーメンしたり……。っつーか、股のあたりに顔近づけるのはヤメレ。
まるっきり、甘える猫そのものである。
う〜ん、押し倒されたいんだろーか?
ま、それはともかく……どーしたモンかね?
とりあえずテキトーに撫で回してみる。
頭、顎下、背中、そして尾の付け根あたり。
撫でていると、気持ちよさそーな表情を浮かべ、ごろりとベッドに横になる。
ふむ、腹をなでろと? そーだ、ついでに胸を……
う〜ん、やっぱしボリュームはイマイチだな。
と、その時、
「……え? あれ? 私……」
あ、起きやがった!?
「や、やぁ、おはよう」
あからさまな作り笑いでごまかしつつ、胸の上の腕を引っ込める。
が……
「ねぇ……何してるの?」
ダメか。誤魔化せねぇ。腕を掴んだ彼女は、冷たい目で俺を見る。
「いや……な、ナンか起きざまにじゃれてきたんで、腹でも撫でてやろーかと」
「そ、そんなコトする訳な……い」
途中で彼女の顔が強張った。
どーやら先刻までの自分の痴態を思い出したよーだ。
「甘噛みしたり舐めたりで、あっちこっちべちゃべちゃだよ」
額のあたりを示す。
髪はボサボサ。そして差した指には歯の跡。
「ご、ごめんなさい……」
彼女はシュンとなった。
ま、これで胸に触った件はウヤムヤに……
「でも、胸は触ったのよね?」
なる訳ねェか。ねェよな。
「ま、まぁ……お互い様っつーコトで……」
「それとコレとは話が別!」
顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「いいいや待ってくれよ? だってさ、腹見せられたら撫でるしか無いじゃん?」
「いやでも、お腹だけでいいじゃないの?」
「デモもストも何も、ついうっかり勢い余って胸まで手が行っちまったんだよ」
「“スト”とか訳の分からない事言って誤魔化そうとしないで!」
「だっ、だからさ、手が胸まで行ってたのに気がつかなかったんだよ! ゴメンって」
必死に言い訳をする。が、どーやら地雷を踏み抜いていたよーだ。
「気が……つかなかった? どういう意味よ!?」
「あ……」
ヤベぇ。目が据わってら。
「どうせ私の胸は真っ平らよ! 男みたいって言われてるわよ!」
ちょっ……そこまで気にしてたんかよ!
「い、いや待て! そこまで真っ平らじゃなかったぜ! だから自信を持って。なっ?」
「……つまり、胸だと分かって触ってたのね!?」
「うぐっ……」
チェックアウト。……じゃねェや、チェックメイトか。
「い、いやっ、触ってから気がついたんだって! ……って、聞けよ!」
俺の必死の抗弁も虚しく、彼女の指先から鋭い爪が伸びる。そして、三日月型につり上がった口元からは、鋭い牙。
やっべ! 逃げっか?
じわりと体重をつま先に乗せ、いつでもダッシュで逃げれるよーに体制を整える。
が、一歩遅かった。
彼女に飛びかかられ、そのまま地面に押し倒される。
格闘スキルも役に立たねぇ!? 付け焼き刃はダメなのか……
そしてバリバリと顔を引っ掻かれた。
「あいデデデ! ギブ! ギブアップ!」
「何訳の分からない事言ってるのよ!」
って、訳されてねぇ!?
「ストップ! 俺が悪かった!」
「問答無用!」
と、そこで扉が開いた。
「え゛……」
「ニ゛ャッ!?」
さすがにエスリーンも動きを止めた。そして扉の方を見て、硬直している。
「ん?」
俺もそちらに視線を向ける。
と、同じく硬直したままの宿の主人がいた。
「あ……オサワガセシテオリマス」
「いや、その……他のお客様がおられますので、出来ればそのような事はお静かにお願いしたいと……」
俺と主人はぎこちない会話を交わす。
が、その間も、主人の視線はエスリーンに注がれていた。耳も尻尾も出っぱなしである。
「あ゛……じ、実は彼女、ちょっと呪われてまして。その……時々こーやって変身……じゃなくて、発作が起きるんスよ」
とりあえず、デタラメを並べてみる。が、主人は聞いてねぇ。
「……リラ?」
主人はぽつりと呟いた。
「ウニャニャ!?」
強張った顔で、首を振るリラことエスリーン。
驚いてまた猫の地が出とるぞ。
つかよ、そーやって否定するのは、肯定してるのと同じな気がするんだが……
「やはり、リラか!?」
「わ、私は……」
彼女の目から、涙が溢れる。
「姿は変われど、無事だったんだな!」
主人は彼女に駆け寄った。
が、
「痛ぇ!」
……そしてついでに俺の頭を蹴っ飛ばしてくれやがりましたがな。
――数分後
「あ痛でで……」
俺はなんとか回復魔法で傷を治した。
コブは引っ込んだが、そースグには痛みは引かんワケで。あと首もちょっと痛ェ。
「も、申しわけありません」
青い顔で俺に謝る主人。
「いえ……不可抗力ですし」
まーあの時、このオッサンはエスリーンしか眼中になかったしな。彼女の足元にあった俺の頭になんぞ気がつくはずもなく。
「気にすることないですよ、このスケべの事は」
エスリーンも声をかけつつ、ついでに俺をディスってら。
ま、しゃーない。次はバレねぇよーに上手くやろう。
なんとか主人に顔を上げさせ、事情を説明することにした。
「……なるほど。それで、この店からいなくなったのか」
「ええ。あの男は、店の人達が食堂に行っている間に裏手から入って来て、私を攫おうとしたんです。でも、なんとか抵抗してその腕の中から逃げだせました。けれどその時、ナイフを投げつけられて脚に傷を負ってしまい、遠くまで逃げる事は出来なかった……」
彼女はその時のことを思い出したのか、肩を震わす。
「よく無事でいてくれた。店の皆も喜ぶだろう。だが……その攫おうとした男は、まだこの近くにいるのか?」
「ええ。昨日の時点では“神殿通りの大樹亭”にいるのは確認しました。そして……傭兵ギルドに彼女の捜索を依頼しています」
俺は昨日の調査結果を主人に告げる。
「まさか……」
「ええ。ですので……しばらくはこの街を離れることにしたんです」
エスリーンは思案げに俺を見、そして一つため息をついた。
「街を離れる!? そうか。仕方がないか」
「ええ。でも大丈夫ですよ。俺が付いてますから」
「貴方も危険人物なの! 分かってる!?」
「うぐはっ!?」
彼女のボディーブローが俺のわき腹をえぐった。
ま、まだ許されてなかったか。
後でこっそり聞いた話だが、宿の主人がエスリーンの事を見抜いたのは、彼女の発する魔力の波動があの猫に似ていたかららしい。
昔魔導師の修行をしたコトもあったそうで……。
昔、家業を継ぐのを嫌がり、とある魔導師に入門したそうだが、素質がなかったとか。
その魔導師、リシュートに住んでたそーだが……まさか、ねぇ?




