三日め 保健室利用者の記録
さて。
男子の対応が一転し、昼休みには「次は一緒のチームになってサッカーしようぜ。」と誘われたが辞退し、「やっぱり職員室に密室トリックの別の可能性を考えに行くのよね。」というみのりに謝り、あたしは三小やすらぎの森に来ていた。
この昼休みには先約があったのだ。さっき、保健室からの去り際に。
「待った?」
あたしは、ビオトープに座り込んでいる翔に声をかけた。
「いや、今来たとこ。」
ケイドロか何かか、時おり近くを走り抜けて行く子どもはいるが、この場で遊んでいる子はいない。なので、翔もいつもの口調だ。
「さっきの怪我のこと?」
「うん、バッタがいなくなったって教えてくれた子たちに、ここで他に変わったことがないか聞いてたんだ。本当に全然いないなってその辺見てたら、急に痛がって。ーーこの辺だったな。」
翔は、靴が隠れる程度の高さに草が生えたあたりを示して言う。
「毛虫に刺されたのかもって?」
「草むらで急に痛くなったから、何か虫に刺されたっつーのか当たり前なんだろうけど、怪我そのものを見た感じ毛虫っぽくなかったんだよな...どっちかっつーと、火傷?」
言われてみれば確かに、水ぶくれができていて、ただれたような怪我だった。
「うーん、火傷虫とか言うのいなかったっけ?」
「ーー俺、あんまり虫に詳しくない。それもあとで調べてみよう。で、保健の先生曰く、ここでああいう怪我が増えているらしい。」
「言ってたね。」
言いながら、あたしは周囲を見回す。
毛虫は特には見当たらない。
というか。
「... 静かだね。」
あたしは言った。
この時期なら微かに虫の声がしたり、あと木がいっぱいあるんだから鳥が飛んできたり、何かそういう生物の音がしても良さそうなのだが。
「ああ。さっき見てたんだけど、池にも本当はめだかとかいたらしいんだ。あと、そろそろヤゴとか。」
翔が今度は池に近づく。
「何もいないな。」
メダカも、ヤゴも、それ以外の虫も。池はやたら澄んでいて、なんていうか、野生の生活感がない。
「な。生き物がいないんだ。」
呪いの森。死の森。
不吉な名称がぐるぐる頭を巡る。
と、そこへーー
森を走り抜けようとしていた低学年の女の子が、草むらのあたりで転んだ。
一瞬固まったあと、すぐ起き上がろうとしたのだがーー
「きゃー!!」
急に金切り声を上げて、手をバタバタし始めた。
「どうしたの!?」
慌てて走り寄ると、女の子は涙のたまった瞳でこちらを見上げ、
「なっ... なんかいた... 手に... 」
と、腕を押さえて言う。
ーーその腕は、火傷のような水ぶくれができていた。
「保健室の記録によると、今週月曜のやすらぎの森での怪我は二件、転んでの擦り傷。せやけど、火曜に三件は擦り傷一、謎の水ぶくれ二件。水曜に四件、擦り傷一の水ぶくれ三、ほんで今日木曜、擦り傷兼水ぶくれ一件と、水ぶくれ単体一件。火曜からは三日連続やな。」
昼休みが終わる前に勇に発注しておいた保健室の記録を、勇の帰宅後夕飯をとりながら聞く。
「今日の二件は両方うちらが知ってるやつだね。」
サンマをつつきながらあたしが言い、翔が頷く。
「なんやねん、お前ら二人だけで行動しよって。」
「まーまー、勇が先生やってくれてるお陰で保健室の情報も入るんだから、感謝してるよ? お疲れさまでーす。」
言ってあたしはコップにお酌してあげる。麦茶だけど。
「... ほんで? 放課後は何してたん?」
「明るいうちは森を調べてみてたんだけどさぁ...」
言ってあたしはため息をつき、
「何もなかったな... 」
翔があとを引き継いだ。
「せやけど、森らへんに何かがいるのは可能性大なんやろ?」
「うん... だと思うんだけどねー... ね、なんか水ぶくれの子、共通点とかないの?」
「あー、謎の水ぶくれで保健室に来とるんは全部低学年や。」
あたしの問いに勇が答え、
「ーーそれかっ。」
翔がガタンと席を立つ。
「え、でも田中先生は大人... 」
「まぁそうだけど、先生は室内だ。とりあえず状況が違うから置いといて、今森で起こってる異変の共通点が低学年ってことなら、試してみる価値はある。」
「... それもそっか。そうと決まれば。」
あたしたちは急いで夕飯をかっこんだ。




