六日目 潜入と遭遇
どれくらい運ばれていてだろうか。
コウモリたちが上昇を始めて、頭上から新鮮な空気の匂いがした。
真っ暗闇から、多少薄明かりのある広い場所に出て、あたしはゆっくりと地面に下ろされた。
冷たくて固い。コンクリ?
「立て。」
キィンという耳鳴りに重なって、今度は耳を通して声が届いた。
声の主は、一緒に飛んできたひときわでかいコウモリ。
また人型に戻っていたが。
その男は、先に立って歩き出した。
「ついてこい。」
意識して抵抗しない限り、あたしの体は男の言う通り従う。
屋根のある駐車場... 建物の地下駐車場だろうか、いや、壁はあるが、わずかな明かりがどこからか入ってきているので一階とかかな。
ドアがあり、男に続いて中に入る。
電気はついていない。
暗がりの中に受付カウンターのようなものが見える。
足元には何かが落ちていたりして、荒れた様子。
廃墟ビル。病院? いや、そんな色合いじゃない。
進む先の壁に何やらパネルのようなものが並ぶ。
ん? いや、これってさー... テレビとか漫画とかの知識しかないですけど、アレですか?
ちょっとー、純真な未成年をなんてとこに連れてくるかなー...
反応に困りながら、更に奥の階段を上っていくと。
ずらりと並ぶ、部屋番号が書かれたドア。
その中の一つを男が開けて、あたしは中に入る。
曇りガラスの窓は小さく、わずかにしか入ってこない明かりに照らし出されるのは、部屋の真ん中に鎮座する大きなベッド。
その上にはーー女の人らしき影が、数人分横たわっている。
動悸が激しくなるが、我慢。我慢。
男は、あたしを部屋のソファに座らせ、部屋を出た。
足音が遠退くのを待って。
あたしは、油断すると遠退きそうになる意識を右手に集中し、ぎゅっと握った拳でーーがつっ!と、自分の額を殴った。
「っはー! よし! 動ける!」
言いながら、ベッドに駆け寄る。
横たわる人影はピクリとも動かない。
嫌な想像を振り払い、一人に触ってみる。
冷たいーーが、普通の体温としては、だ。
他の人も、なんだか低体温だが、
「生きてる。ちょうど六人、ここにいる!」
不可視モードの通信機に向かって、押さえつつも興奮した声を上げた。
布団に入る前から、ずっと通信は繋げたままでいたのだ。
不可視モードにしておくと、こちらの声は向こうに聞こえるが、向こうの声はこちらに出ないという機能は、聞き込みで繋げっぱなしにしていたときに気づいた裏技。
でも、今なら不可視じゃなくてもいいかな、と思ったそのとき。
ドアが開いた音がした。
「!」
驚いたのはお互い様。
けど、あたしは固まったまま振り向かない。
小さな声で、近づけた通信機に向かって言う。
「六人の救出最優先。あたしが時間を稼ぐ。」
向こうで何か言ってても知らない。だって聞こえないし。
「なぜ動ける!? 何をしている!?」
焦った声はさっきの男のものだ。
「何事だ?」
もう一つの声。
ちっ、二人か?
あたしは動かない。振り向かない。
「おいっ!」
最初の声が、どかどかと足音とともに近づいてくる。
その後ろからゆっくりともう一つの足音。
もう少し。
男の手が肩に触れようとした瞬間。
あたしはかがみ込みながら体を半回転させ、ドアに向かってダッシュをかけざま、ついでに男の膝裏を蹴り倒した。
「なっーー!」
膝かっくん的な感じに男が倒れ込むのを音で確認しながら、驚いた様子のもう一人を不意討ちの衝撃波で押し退ける。
ただし、威力は敢えて控え目。
さあ、追いかけて来い!
ドアから出て、さっき来た廊下を戻る。階段までたどり着いて来た方を見ると、男が二人追いかけてくる。
上か、下か。
普通に考えたら逃げるなら下だよな、と思っているうちに階下からパタパタと微かながらたくさんの羽音。
さっきのコウモリか!
じゃあ上だ!
二段飛ばしで階段を駆け上がる。
さすがに飛んでくるコウモリの方が早いけど、適当に衝撃波で牽制。
何階上がっただろうか。
途中の階で別の男が何事かと出てきたのをやはり衝撃波で押し戻したりして、とうとう最上階まで着いちゃったようだ。
息があがってぜーはーと苦しい。
それでもなんとか更に廊下の方へ逃れようとして、足がもつれた。
「ひゃ...」
おっとっと、とバランスを立て直そうとしたとき。
ばしっ、と、何かが背中にぶつかってきて、その勢いでそのまますっころぶ。
何かーーは、言うまでもなく例のコウモリで。
次々と倒れているあたしの上に群がってきて、衝撃波を撃つ間もなくあたしは身動きがとれなくなった。
アドレナリンが出てるせいか、怖くはない。
もう走らなくていいと思うと嬉しいくらいだ。
勇と翔は、あの女の人たちを無事助け出せたかな?
もーこのまま寝たいなぁ、なんて現実逃避をしかけていると。
コウモリの隙間から手が伸びてきて、ぐいっと引っ張り出された。
さっきの部屋で見た、二人目の男だ。
蒼白い肌に彫りの深いつり目の顔立ちで長髪。
あたしの顎のあたりをつかんで持ち上げているので、けっこう苦しい。
なので、こちらを観察するようなその顔を、睨み付けてやった。
「ーー君は何だ?」
少し手を弛めて、長髪は尋ねた。
無視。
「... 話す気がなくても、私には関係ない。」
「?」
どういうこと?と思った次の瞬間、今までの比じゃない耳鳴りに襲われた。
服従しろ
服従しろ
服従しろ
繰り返される暗示の言葉。
頭が痛い。
「あたしはーーっ」
答えそうになって、あたしは唇を噛んでそれを防いだ。
自分の口が開きそうになるたび、噛み締める力を強くする。
すぐに唇が切れて、血の味がし始めた。
「よく耐えるじゃないか。」
いつの間にかコウモリたちは周囲から消え、その代わり男が他に四人取り囲んでいた。そのうち一人は最初の男だ。
「何事ですか?」
事態を飲み込めていないらしき一人が、長髪に尋ねた。
「わからん。うっかり変わり種を捕まえてしまったようだ。だかーー気に入った。」
は?
戸惑うあたしと、他四人。
「この勝ち気な瞳。強靭な精神。そしてこの血に濡れた唇... 」
例の悪寒とはまた違う寒気が、ぞぞぞっと背筋を走る。
「実に、いい... 」
長髪が、口をチュウの形にして、あたしの腰に手を回したーーってオイ!
イヤイヤイヤイヤ!
何その展開!?
この人オカシイヨ!?
だいぶパニックなのだが、体は動かない。
服従しろがまだ効いているらしい。
ウソやだムリやだっ!
助けてーーーー!!




