五日目 プリクラへ特攻
朝になって、昨日の現場を見に行った。
七時くらいに、ご両親らしき人たちが困惑した様子であたりを探しに出てきて、やっぱり彼女は失踪したんだ、と暗い気持ちになった。
それから、一応交代でゲームコーナーを見張ることにして、夕方まで仮眠をとった。
昨晩ほとんど寝てないし、今晩も眠れないかもしれないので。
そして、もし夜までに誰かがプリクラを撮って、状態異常が起きたら、あたしの囮作戦は一回延期してその誰かを見張る、っていうのが、翔の出した条件だった。
状態異常を見分けることができるのはあたしだけなので、勇と翔は個人判断で美人な女の子がプリクラ撮ってたらあたしが仮眠中でも叩き起こすってことで。
で。
結果、午後九時半まで待って、何事も起こらなかった。
閉店の十時までねばると勇はごねたのだが、あんまりギリギリまで待ってて閉めまーすって追い出されたりしたら困るので強行。
ごねてる勇は待っててもらって、あたしと翔でプリクラ機に入った。
「って、これで何もなかったらちょっと、あたしはずいよなー... 」
フレームを選びながら一人ごちる。
「そう思うならやめればいいのに... 」
それでも操作の手は止めていないあたしに、翔がため息をつきながら言う。ため息つきすぎて幸せ逃げるぞ。
「うるせーな、やるって言ったらやるの! ちょっとダメだったときの保険に言ってみただけっ。」
「大丈夫だよ、きれいだから。」
あまりにさらりと言われて、あたしは固まった。
そのまま数秒固まったままのあたしが面白かったのか、翔はクスリと笑って続ける。
「葵を男だと間違えたのは、主に言動と、あとは髪形のせいだから。お前は素材自体はもともと美人なの。で、そうやって女の格好してたら普通に美人なの。」
「ーーな、何が狙いだっ?」
「何もねーよ、事実を言ってんだよ。自覚しとけ、ばか。」
なんだか心臓がバクバクし始めたのを必死に気取られないようにして、操作を再開した。
撮影を始めるよ、と機械音声が告げる。
おそるおそる視線を上げると、画面の中で翔がなんだか含みのある微笑。
「え、翔がコワイ。なんかコワイ。」
「何でだよ? 撮るんだろ? 葵も笑ったら?」
「... ひょっとして怒ってる?」
ハイ、チーズ!の音声に、慌てて笑顔を作る。シャッター音。
ぞわ
「怒ってるよ。」
笑顔のまま、翔は言った。
「無鉄砲なお前にも、それを説得できない自分にも。」
その言葉が、耳には聞こえているのに、頭に入ってこない。
頭には、別の声が響く。
今夜
眠ったら
指示に
従え
キィン、というかすかな耳鳴りと共に、一言一言。
「葵?」
顔を覗き込まれて、何故か反射的に
「何でもない。」
と、微笑んだ。違う、この笑みはあたしの意思じゃない。
なんだか思うように動かない手を無理矢理動かして、翔の服の裾を掴んだ。
続けて何パターンか撮影が続く。
そのたび、悪寒と耳鳴りと暗示のような言葉。
画面に向かって笑顔を作りながら、翔の服を掴む手に意識を集中した。
そうしないと、完全に支配されそうで。
終わって、撮影コーナーから出て。
いつのまにか心配そうにそばまで来ていた勇が口を開く前に、翔があたしを店の外まで引っ張っていった。
外まで出てから振り向いて、あたしに視線を合わせる。
「感知したんだな?」
答えようとするが、うまく言葉が出ない。
何回か口をパクパクさせたあと、翔の服を掴んだままだった右手にぐっと力を入れた。
そして、声に出すのを諦めて、ただ、こくりと頷いた。




