二日目 夜
「どうだった?」
と、迎えに来た翔に訊かれて。
「勇が、漢字得意ってわかってなんかビックリした。」
「なんだ、そのどうでもいい情報は。」
脱力して翔が言う。
「えー、だって、こいつ体力馬鹿っぽい感じしない?」
「ケンカ売っとんのか、お前は。」
膨れたあたしの頭を勇が上からガシッと掴む。
あたしはそれをスルーして、
「とりあえず帰ろ。そっちはどうだった?」
「問題なく張り直してきたよ。」
この二日ですっかり慣れて、会話しながらあたしも勇も翔に掴まり、家の玄関の中まで空間転移。
「地図出して。」
靴を脱ぎながら言う。
「牛乳飲むやつー。」
と、言いながら台所へ向かうのは勇で、あたしと翔それぞれ飲む意思を表明。
地図を開いてペンを持った翔の向かいに座る。
「とりあえず。やっぱりプリクラ撮ってたよ、駅ビルの一階で。」
言ったあたしに、翔はコクりと頷いた。
「一応、最初から。」
「うん。六時に現地集合で駅ビル最上階の焼肉屋さんで女子会、三時間コース飲み放題で九時過ぎ一階のゲームコーナーでプリクラ撮って解散。ものすごくシンプルだったけど、気になることも聞けたぜ。」
えへん、とちょっともったい付けたところに、勇が牛乳の入ったマグカップを置く。
「サンキュ。ーーつーか、地図に書くことはほとんどねーじゃねーかよ。」
「確かに!」
「... で、気になることって?」
言いながらペンをぽいっと投げた翔に、あたしは人差し指をぴんと立てて言った。
「邑田エリさんは、駅ビル一階に安いプリクラができた時期を覚えていた。それは、だいたいだけど、二週間ほど前、だそうだ。」
二週間ほど前、それは、あの場所に異世界と繋がるゲートができた時期。
「ーーよし。じゃあ明日は、」
「そのプリクラを調べに行くで!」
牛乳の口髭を付けた勇が、無駄に決めを持っていった。
粛々と順番にお風呂に入り、歯を磨いて、就寝準備。
そういえば昨日は疲れて寝落ちしていつのまにか布団に運ばれてたから、なんかこういう合宿チックな雰囲気が今更新鮮だなー。
「昨日あたしが寝落ちしちゃってから、二人で何か話したりしてたの?」
何となく訊くと、何故か勇は顔を赤らめ、
「俺らかて疲れてたからとっとと寝たわ!」
「... まぁ、どっちがどうやってお前をそっちの部屋に運ぶか相談したくらいかな... 」
「... すみませんでした。」
やぶへびだった。
淡々と言った翔が、あたしが頭を下げたのを見てクスリと笑う。
どっちが運んだのかとかは... なんか、よけいやぶから蛇が出てきそうだから、気にしないでおこう。
あたしはすごすごと自分の部屋に入り、布団を敷いて横になった。
しかし。
たぶん二時間くらい経過。
寝付けない。
そういえばあたし、今朝十時近くまで寝てたんだっけ。
まだ二日しかたってないのに、なんかいろいろあったよな。
翔がどんどん進めてくれたし、移動にも時間使わないからとはいえ、今日一日だけで全員分の聞き込みとか。
疲れててもおかしくないはずなんだけど、それより今日は非日常体験への興奮の方が強いみたいで。
あー、だめだ。ちょっと水でも飲んでこよう。
とりとめのない思考を振りきるように、あたしは起き上がった。
そっとリビングへのドアを開ける。
二人を起こさないように、そっと冷蔵庫の方へ向かい...
あれ? 一人しかいない?
少しイビキをかいて寝ているのは、サイズ感からして勇。
じゃあ翔は?
とりあえず水を飲んで、勘でベランダへ。ーーいた。
「何してんの?」
自分もベランダへ出て後ろ手に扉を閉めながら言ったら、翔はビクッとして振り向いた。
あ、驚いたー。
ニヤリとしてしまったのがバレて、
「急に背後に立つなよ。」
と、翔は不機嫌顔。
「イヤー、寝付けなかったから水飲みに起きたら、勇しかいないんだもん、何してるのかなって。」
「別に。俺も寝付けなかっただけ。」
ぷい、と視線を外に戻す。
ふわり、と気持ちのいい風が吹いた。
なるほど。気分転換に、外の空気は心地いい。
そっか。
「お疲れ様。ありがとう。」
言って、あたしは翔の背中をぽんぽんと叩いた。
「なんだよ急に... 」
「あー... 自分で言うのもあれだけどさ、あたしと勇が能天気だから、翔一人で気ぃ張ってるよな。さっき勇とも言ってたんだ。いいやつだなって。」
翔の横に並んで外を見ながら、あたしは言う。
ぐいぐい進めてくれるからつい任せてたけど、落ち着いて見えたって翔も中二で。まだ二日目で。
空間転移もフル稼働で。
たぶん精神的に、あたしとかより疲れてるよね。
「おだてても何も出ないぞ。」
「素直じゃないなぁ。弱音とか吐いたっていいんだぜ?」
「言ってどうなるわけでもないし。」
「言うだけでちょっと気持ちが軽くなることもあると思うけど。」
言って翔の方を見ると、ちょうど翔もこちらを見たところだったようで、視線が合って、それから外された。
またふわりと風が吹いた。
髪がなびいてさらりと音を立てる。
そっとしておいた方がいいのかな、と、おやすみを言おうとしたとき。
「ありがとう。」
こっちを見ないまま翔は言った。
「夢中で動いたらあっという間に二日経って、何となく手がかりはつかめたみたいだけどこのあとどうなるか見当もつかなくて、漠然と不安... て、とこかな。プリクラ撮ったことが共通点だとして... それがどんな風に失踪に繋がるんだろう... 」
後半はほとんど翔の独り言のようだった。
言われてみれば確かに。
あたしは怪しげな共通点が見つかってそれだけで満足してたけど、プリクラ撮ったから失踪するって、仕組みがわからない。
「... うーん。」
唸ったあたしを見て、翔はクスリと笑った。
「確かに言ったら少しスッキリした。そのぶんお前にモヤモヤうつしちゃったみたいだけど?」
「ーーモヤモヤも分かち合うのが仲間だ。」
開き直って胸を張ると、翔は今度は破顔した。




