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「こらぁ! 妾ってどういう事よ! ああ!?」


 私は大公殿下の胸ぐらをつかみ、テーブルに片足を乗っけて怒鳴る。


「無礼であろう!」


という言葉と共に立ち上がり私の肩を掴んだオレンジ頭の手を捻りあげ、逃げようとする力を利用して吹っ飛ばしてやった。


 オーギュストさんがゴロゴロと床を転がり壁にぶつかり呻いて止まる。


 フェリエスは目を丸くしている。


 怒りのあまり、脳内で既に呼び捨てにしてやっている。


「説明しなさいっての!」


 睨む私を、長く綺麗な睫を揺らした彼が抱きしめる。


「ひゃああ!」

「すまん、許せ」


 許すぅ……じゃあない!


 暴れようとする私を抱きしめたフェリエスによって、私は動けなくなってしまった。しかし、超絶イケメンに微笑み見つめられると、怒りよりも恥じらいが増してきます。


 そんな至近距離で顔を見てくれるな……


 離れた彼。


 ハザルさんに促され椅子にストンと座った私は、痛む頭を撫でつつ座るオーギュストさんにペコリと詫びる。


「俺に縁談の話がある。俺としては相手に恥をかかせないように断りたいのだ」


 フェリエスは自分で紅茶を淹れてくれた。


 慌てたハザルさんとオーギュストさんを笑顔で制した大公殿下は、真っ先に私の前へと紅茶のカップを置いてくれる。


「もう一つ。俺はアルメニア王家の人間であるが、甥達からひどく嫌われていてな。いや、中央で権力を握る大貴族達からすれば国を傾ける元凶らしい。これまで命を狙われたことは少なからずある。ハザルにも助けられた。が、彼には軍務一切を取り仕切る軍務卿に就いてもらう。となると、護衛がいる。アリストロはまだゴーダ騎士団領国から帰らん。エミリ、お前に頼みたい」


 知らない名前が出てきたが、そんなものはどうでも良い。


 思考停止状態の私は、ズルズルと音を立てて紅茶を飲み、オレンジ頭に睨まれる。


「あ、大丈夫ですか?」


 彼はジロリと私を睨み、口を開こうとしたがフェリエスが遮る。


「オーギュスト、構わん。エミリの言動は俺が許可したと思え」

「しかし殿下! 殿下は大国アルメニアの王族であられます。このような身元も怪しげば女に、かような無礼を許しておって――」

「オーギュスト」


 フェリエスは美しい顔を氷と表現できるほどに固め、だが怒りからではなかった。


「お前は家族と引き裂かれ、全く知らない世界に置かれ捨てられた事はあるか?」


 大公殿下は、押し黙ったハザルさんとオーギュストさんを順に眺め、最後に私を見る。


「俺はある」


 冷たい声と目は、自分の過去を話す為だと私には理解できた。


「母上から引き離され、魑魅魍魎の中に放り込まれた。爺……アレクシが迎えに来てくれなかったらと思うと今でも恐ろしい。エミリも同じだ。日常を奪われ、家族を失いここにいる」


 私は感情の針が大きく振れるのに耐えるのが必死で、俯き何も言えず、彼を見たくなかった。


「俺は彼女の本心を知っている。いや、それは傲慢かもしれない。だが察する事はできる。強がり、元気を装い、楽しむ振りをすることで自分を守るしかなかった俺は、次に憎しみ怒ることで己を守った。彼女がこうとは言わないが、だがエミリは助けを必要としていて、俺は過去アレクシに助けられ、今は皆に助けられているからこそ、こいつを助けることもできる。エミリに必要なのは、この場所に生きる理由、目的だ。元の世界に帰られる日まで、堂々と胸を張ってここで暮らせる権利を得ることだ。俺が作る。ハザル、異論は認めん。オーギュスト、諫言は許さん。それは愚者の行いなれど、彼女の為に俺はする。エミリ、顔をあげろ」


 私はフェリエスを見た。


 彼は微笑んでいた。


 私は、こんな素敵な笑顔がこの世にあるのかとたじろぎ、いつの間にか濡れていた頬を拭う余裕などなく、ただ彼を見つめる。


「エミリ、俺は神ではないから全てを助ける事などできない。だがお前の居場所を作ってやる事はできる。だが決定権はお前にある。どうする? 俺は断られたくないが、お前の人生だ。お前が決めるのだ」


 私は彼から視線を外すことができなかった。




-Féliwlice & Emiri-




 私は護衛となった。


 そして妾役にも……。


 当然、後者は嘘ですが、これを発表したアレクシ爺によって、メリル先輩を始めとする女性陣の悲鳴は凄まじかった。


「きゃああああああ!」

「嘘よ! 絶対に嘘!」

「あのペッタンコが!」

「あり得ない! 嘘って言って!」

「私、もう死ぬ!」


 私を苛めてきた罰ですな。


 いい気味だ。


 これは嘘でした。といつ明かしてやろうかとほくそ笑むことでこれまでの鬱憤を晴らせた私は、フェリエスの侍女であるメリル先輩をも使えるとてつもない権力を持つ、言うなれば公爵府女性陣の頂点に三段飛ばし以上のスピードで上り詰めたのです!


 複雑なものはありますが、これまでのムカつく毎日を思い出し、彼女達を気の毒に思う事などなかったのです。そう、私も意地悪な奴だ……しししし。


 喜んでばかりもいられません。


 剣も体術も習ってはいますが、それと実戦とは別物。


 片目のおっさんと勝手に名づけたハザルさんによって、実戦さながらの稽古を軍隊の兵隊達と一緒に受けます。特に私は護衛なので、特別メニューがあります。


 気配を消して近寄る相手を察知する訓練。


 身を挺して殿下をお助けする訓練。


 攻撃される前に倒す訓練などなど。


 体中の筋肉が悲鳴をあげていますが、兵隊さん達が親切なので楽しく感じられる。


 そして今日も朝から訓練。


 複数相手に一人で戦う術を私に叩きこむハザルさんの目的は、敵に囲まれた時でも殿下を助ける事ができるようにというものに違いない。


「魔導士が敵にいたら魔法が厄介だ。お前も殿下も魔導士ではない。だから魔導士から倒せ」


 でも魔導士は敵の後ろにいたりして難しい。


 ハザルさん曰く


「石を投げるなり、牽制するなりして魔法を発動できなくし無力化しろ。ただし、奴らは体術も巧みである場合が多いからな。強敵だぞ」


 ハザルさんが魔導士役をしてくれるのですが、彼ほどに強い人がたくさんいるなら、私は全く勝てない。


 こんなので恩人たるフェリエスを守ることができるのかと悩みつつ、庭の池に浸しておいた小さな壺を取り出し部屋に戻る私。


 妾でもある私の部屋は、大部屋ではなく大公殿下の寝室隣の立派なもの。


 冷たい壺を抱え寝台に座った私は、蜂蜜に漬けて甘くした檸檬を取り出す。


 はしたないので、手で掴み齧ります。


「くぅ……これこれ! 美味い!」

「何を食べているのだ?」


 大公殿下現る。


 寝室で仮眠を取っていたらしく、寝癖だらけの髪で私の隣に座った。


 ボサボサ髪でもカッコいいのは変わらない……いや、ワイルドさが増してアリかもしれん。


「蜂蜜漬け檸檬です」

「一つくれ」


 檸檬を受け取った彼は、躊躇う事なく齧ります。お行儀良い彼がそうするのを見て、首を傾げていると、フェリエスは私に笑う。


「お前が齧って食べているからな。これはそうやって食べるのだろ?」


 はしたないのが伝染った。


 しかし、蜂蜜漬け檸檬の味を気に入ってくれたようで、「甘い、酸っぱい」と言って平らげると、二つ目を要求してくる。


 二人でハグハグモグモグと檸檬を並んで齧る。


「稽古はつらいか?」

「ううん……あ、いえいえ。皆、親切だから楽しいです」

「はは、それだけでも良かったかもしれんな」


 そう言って檸檬を食べる彼の横顔を眺める私は、もしかしたら、今回のこれは私を先輩達から離す目的もあったのではないかと勘繰る。でも、確かめるのもどうかと思い黙って檸檬を食べる。


 部屋の扉が叩かれ、ハザルさんの声がした。


「殿下、こちらにいらっしゃいますか?」

「いる!」


 フェリエスが大きな声を出し、扉の外から片目のおっさんが喋る。


「山賊討伐の準備、完了しております」

「よし! 三日後に出発する」


 答えた彼に、扉の外から「は!」という声が返ってきた。


「討伐?」


 私が尋ねると、彼は頷く。


「領民の富を狙う山賊を討伐する。彼等は弱い者相手にしかできない愚か者達だが、しかし世の悪人総じてそうである。俺はこれらを徹底して潰す」

「正義ってやつ?」


 フェリエスは笑った。


「正義? まあ、正義と見えないこともないが、損得勘定だ、エミリ。正義と悪……二極化できるほど世は単純ではないし、絶対的な価値観などない。俺は俺にとって損であるものをのさばらせないとするだけだ」


 難しい話はよくわからんす。


 黙々と檸檬に集中した私に、彼が優しい声で言った。


「お前も護衛として来るんだぞ」

「ほにゃ?」


 呆けた私に、彼が手を伸ばす。その指先が私の口端に触れ、驚いて飛び退いた。


「おいおい……誤解するな。蜂蜜がついていたから拭いたんだ」

「ああ……いえ……まあ……はははは」

「エミリ、だが俺はお前に感謝している。お前には例の頭痛が起きないからな」

「頭痛?」


 元通り、彼の隣に座った私は、初めて逃げるように視線を逸らした彼に首を傾げた。


「ただの頭痛だ」


 彼が発したのはそれだけだった。




-Féliwlice & Emiri-




 護衛役の私は武官用の服を用意され着ている。山賊討伐に同行するも馬には乗れないので、恐れ多くも殿下の馬車に乗せてもらうことになりました。


 襟の大きなコートは裾が長く膝くらいまである。それとマントをアウターに、インナーはシャツの上に鎖帷子、ズボンは太腿から膝までが大きく膨らんだパンツで、狩猟衣装の名残らしい。それらの色は全部、黒です。


「似合ってるな。凛々しいな」


 フェリエスが褒めてくれる。


 彼は乗り込み座ると、私と正対している。馬車は狭いので、密着とまではいかないけど、ドキドキしてしまうのは男馴れしていないので仕方ないっす。


「フェリエス……殿下も馬に乗れないの? ……ですか?」

「二人の時は言葉遣いなどどうでもいい。フェリエスでいいぞ。お前くらいだ……名前を呼んでくれるのは」


 赤面したのは言葉遣いが下手くそであるのと、脳内で彼をフェリエスと呼び捨てにしてしまっているのがバレたからです。


 そのうち、おっぱいお化け、オレンジ頭とか出ないように気を付けよう。


 己を戒める私は、隣に移動してきた彼に驚く。


「な! ……何!?」

「何だ? 迷惑か?」


 いえ、迷惑というより、気まずいのす……。


「勉強をしような。ちゃんとやってるか? 時間は貴重だぞ」


 勉強……。


 護衛となった私は、稽古が終わると先生役の人達を前に勉強時間というのがあります。それは剣や体術ばかり磨いても殿下の身辺を守るのは務まらないとするアレクシさんの意見なんです。が、実はけっこうありがたい。というのも、この世界のことを全く知らない私が、堂々と質問できる場なのですね。


 もしかしたらご家老さんは、それを見越して設定してくれたのではないかと思います。あのお爺ちゃん、ニコニコとした顔の奥でとんでもない事を考えているように思えてなりません。時々、とても怖い目をすることもあり、ただの老人ではないというのが私評です。


 そんなありがたい環境も、考えればフェリエスのおかげなんだなと思うと、感謝だなぁと思えて、勉強用に本を広げようとする彼の横顔を微笑んで眺めます。


 ああ……かっこいい……。


 鼻の形とか素敵……睫、長いな……。


「エミリ、言語や武芸はハザル、政務はオーギュスト、戦術論はジェローム、外交や政治はアレクシから学んでいるな?」

「は……はい」


 目が合い、彼も微笑んでくれた。


 かっちょいい……。


「じゃあ、俺は俺の考え方をお前に伝えよう」


 フェリエスの考え方?


「エミリ、お前がこれまで受けた授業で、講師役に質問をしたことはあるだろう? だが返ってきた回答に納得していないものはないか? それに俺が答える。それは正解ではない。俺の考え方だ」


 あるんだなぁ……これが。


 価値観が違うというか、生活レベルが違うというのか、何が原因なのかよく分からないが、そういうのはある。所詮は皆、他人だしと言ってしまえば簡単ですが、そうではないものもあるように思います。


「神聖スーザ帝国という国があるよね?」

「ああ、大国の一つだ」

「教わった限り、スーザ教団の信徒が国民で彼等に高い税率と厳しい戒律を強いているのに、どうして大きな国になれてるの? 私だったら引っ越しちゃうけど……だって神様を信じるのはどこでもできるでしょ?」

「お前のその考え方そのものが珍しい。まず引っ越すというが、国家間をまたぐそれは一般的ではない。戦争が発生し流民となるならまだ分かるが、意図してそうなるという例はあまりない」


 彼の声は、とても穏やかで耳に心地よい。


「ま、それを可能であるとしても、あの国は彼等にとっては神聖で、神が祝福している土地なのだ。あの国で生活をし、教団と国家の為に尽くすは幸福なのだと教団が教えているから、民はそれをする。エミリ、例えば俺もお前もあの国に生まれ、小さな頃からそれを教え込まれたら、やはりそう思うのではないかな?」

「……教育が悪いという事?」


 私の質問にフェリエスは笑う。


「お前、馬鹿じゃないな」


 馬鹿と思われていたようです……。


「教育が悪い……とお前が思うのも、お前の価値観があるからだ。彼等にしてみれば、当たり前なのだと答えておこうか……ま、ここに問題の根深さがあるが、民は教え擦りこめば操れるという良い例だな……情報も相当に制限して与えてやれば良い。いや、大量に与えてもいいが、溢れる情報の中で権力者にとって良いものが世に溢れる細工がいるな」

「教育は大事ってことですね?」

「そうだな。教育は国家、領地の未来を決めるものだ。疎かにしてはならないものだな」


 彼はそう言うと人差し指をちょいちょいと招くように動かす。


 次の質問を寄越せという意味らしい。


 もしかしたら、馬車の中での暇潰しに使われているのかもしれないけど、これはこれで嬉しい。


「フェリエスは下水道や浄水、馬車網や宿場町を整えようとしているけど、完成したところをさっさと商会に売るのは何で? オーギュストさんは次の開発予算を得る為と、維持にお金がかかるからだと言ってたの。でも、維持にお金がかかるというのも見越して計画するもんじゃないの?」


 私の質問に、彼は楽しそうに笑う。


「これはな……まずは開発を早くしたいという俺の我儘だ。財布が大きくなるまで待てないのだ。作り売って得た金でまた新しいものを作る。そして売る。だが売った先の商会からは税収としても返ってくる。次、維持するには組織を大きくしていく必要がある。建築、開発、財政、教育、医療、防衛、交渉、司法、交通などなど、それらを全て公爵府が用意するとなると、果たしてどれだけの予算がいるかとなるな……であるから、俺は絶対に必要なものだけを公爵府に集めた。民間にできることは民間に任せるが今だ。だがこれもいずれ変わる。こういうものは、環境、情勢、財務状況、人材、民度で変化して当たり前のものだと俺は思う。回答になっているか?」

「うん……ありがとう。という事は、福祉もそのうち考える?」

「……なんでだ?」

「医療とはちょっと違うと思うんだけど……お金のない人でも診察を受けられる制度とか、とっても助かると思うんだよね」

「お前の国にはあるのか?」

「あるよ」

「そうか……しかしそれも時期が大事だ。恐らく……その制度は貧しい者の医療費を、豊かな者が負担する……もしくは大勢の者達が、数の力で負担し合うという制度になろうが、これは利用する者としない者で不公平となりやすく、さらに結局は低収入者にのみ助けとなる制度になりかねない。俺は貧富格差の是正には興味ない」


 ひどいと思うのは、はやり私の価値観なのだろうか。


 彼は続ける。


「かといって、その制度は素晴らしいものとも思う。しかしそれをするに、ある程度の義務が民に発生するが、それを皆が果たす世というのが土台にいる。ここにも教育の重要さが現れているな……俺はこう思う。権利を得るに義務を果たすという一方で、義務とは自ら己に課すものであり、そこには理念や価値観、思いやりなどが根としてはらねば難しいだろう……その根は教育で為すしかないだろうが、時間は必要だ……制度だけを持ちこんだところで、強制されているとなり、破綻を招くだろうな。加えて、その利益を皆が公平に受ける仕組みが必要ともなる。貨幣経済に戸籍の整備も大事だ。今は難しいな」


 私はぐるぐると回転する脳みそがギブアップしたと降参する。


「フェリエス、よく分からないんだけど」

「簡単に言うとだな……やる事がたくさんあって、それを解決していかなければその制度は夢で見る宝石に過ぎないということだ」


 絵に描いた餅ってことね?


「だがエミリ、嬉しいぞ。お前はなんだかんだと励んでくれているようだし、歌に踊りに装飾品、ドレスに恋にと時間を費やすだけの女性ではないな。お前なら俺も安心して思うところを話せるし、一緒にいて楽しい」


 ……その笑顔で見つめるのやめてくれませんかね?


「いっぱい他にもいると思うけど」


 私の謙遜に、彼は首を左右に振った。


「俺は二十年、生きているが、お前が最初の一人だ。女性がそういうものに夢中になるのは悪いことではないとも思うが、俺は為政者で、ベルーズドの領主で、フェリエスだ。それだけの女は楽しい相手にはならないからな。昔なら違ったかもしれんが、今はこう思うぞ」


 彼が私の頭を撫でてくれた。


 この、頭ナデナデというのは破壊力が半端ない。


 赤面してしまうのす!


 でも、私は思い出す。


 この世界で、この国で、この土地で彼と出会っているのも、日本の世界を犠牲にしているからなのだ。


 あの世界を奪われて、この居場所を得ている私は、目の前の大公殿下との関係もつまり、いつ奪われてもおかしくないと思えた。


 また再び、勝手にどっかに飛ばされてしまうのだろうか。


 日本にいきなり帰れたとして、私は喜ぶ事ができるか?


 こう思う私はきっと、フェリエスに惹かれている。


 だから、誤魔化す為に俯き黙った。


「どうした? 勝手に触れたから怒ったか?」


 フェリエスの優しくも戸惑った声に、私はただかぶりを払うだけ。


 この時、彼が私の耳に指で触れた。


「ひゃ!」


「かわった花のイヤリングだな」


 彼は桜のイヤリングを見ているようだ。


 私は右耳のそれをはずし、彼の手のひらに乗せてあげた。


「サクラ……私の好きな花なの」


「……サクラ。初めて聞くな。お前の国に咲いているのか?」


 コクリと頷く私を見て、彼は自分の右耳で光っていたサファイアのイヤリングを外す。


「エミリ、これと交換しよう」

「え?」


 フェリエスはさっさと自分の右耳に、サクラのイヤリングをつけると、私の身体を抱きしめるようにして、右耳にサファイアのイヤリングをつけてくれた。


 物々交換にしてはあまりにも額が開いているとか考える余裕なく、至近距離で彼の顔を見て、息をするのも怖い。


 離れようとする彼の腕を、私は自然と掴んでいた。


「どうした?」

「……もうちょっと……こうしていて欲しい……」


 フェリエスは、俯いている私の肩に、その形良い顎を乗せ、抱きしめてくれた。


 どうしよう?


 私、この人を好きになったらどうしよう? いや……好きになっていく私はどうしたらいいんだろう?


 彼の声が耳をくすぐる。


「大丈夫だ。お前がちゃんと国に帰る日まで、守ってやるからな」


 私は、自分一人で高まる鼓動と想いに恥ずかしく、喘ぐように口を開き大きく息を吸いこむ。


「どうした?」


 大公殿下の穏やかな問いに、私は答えることができない。


 フェリエス……辛いです。


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[気になる点] 《蜂蜜に満たして甘くした檸檬》 は 《蜂蜜を満たして甘くした檸檬》 と 《蜂蜜に浸して甘くした檸檬》 の,どちらでも完全同等に良いのでお選びいただきたく,誤字報告ではなくコメントでお伝…
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