第2話:宇宙規格の誤算と、夜の繫華街
潜入開始から一週間。
地球侵略の第一段階――「職場環境の掌握」は、アルタイルの完璧な計算通りに進む……はずだった。
「アルタイル様、本日納品予定の全社データ統合処理、3秒で完了させておいたわ。……べ、別にあなたに褒められたくてやったわけじゃないんだからね! 業務効率化のプロトコルに従っただけよ、勘違いしないで!」
オフィスの一角で、ベガがツインテール気味に巻いた髪を指でくるくると弄びながら、ツンと顔を背けた。
その服装は、なぜかフリルとリボンが過剰にあしらわれたピンクベージュのワンピース。いわゆる地球の「量産型女子」コーデである。手元には謎のキャラクターのキーホルダーが揺れていた。
「す、素晴らしい手際だ、ベガ……! そしてその『ツンデレ』と呼ばれる地球特有の防衛機制、あまりに愛おしすぎて私の心臓回路がオーバーヒートを起こしそうだ……!」
アルタイルは感動に打ち震えながら、デスクの下で大事そうに抱えていた文庫本――『クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした』のページを捲った。すでに彼のデスクの引き出しには、ライトノベルと深夜アニメのアクリルスタンドがびっしりと敷き詰められている。
「おい。貴様ら、何をしている」
背後から、底冷えのするようなドスの効いた声が響いた。
振り返ると、作業着にヘルメットを小脇に抱え、全身にセメントの粉塵を被ったデネブが立っていた。目の下には漆黒のクマが刻まれている。
「……デネブ? 貴様、なぜ帝都物産のスーツではなく、地球の肉体労働用外骨格(作業着)を纏っているのだ?」
アルタイルが眉をひそめると、デネブの太い首筋に青筋が浮き上がった。
「誰のせいだと思っている! 貴様らが毎日毎日、脳内テレパシーで『ベガたん可愛い』『アルタイル様尊い』と電波を垂れ流すからだ! 精神汚染に耐えかねて夜の街へ逃げ出した結果がこれだ!!」
事の発端は三日前の夜だった。
「デネブのような堅物の軍人が、夜な夜な単独行動でどこへ向かっているのか」と不審に思ったアルタイルが尾行した先は、怪しげなピンク色のネオンが明滅する雑居ビル――コンセプトラウンジ『魅惑のサキュバス館・ジパング店』であった。
地球サピエンスの生態調査と称して足を踏み入れたデネブは、露出度の高い悪魔のコスプレをした地球サピエンス女性に「デネブぴょん、シャンパンタワー入れちゃお♡」と甘い声で囁かれ、軍人のプライドから「我が星の技術力を見せてやる」と最高級ボトルを次々と注文。
結果、明け方に提示された請求額は――380万円。
「地球の紙幣など偽造すればよかろう」とアルタイルは助言したが、ベガが「だめよ! 経済の不整合から連合パトロールに潜入がバレるわ! 地球の法に従って耳を揃えて払いなさい!」と妙にコンプライアンスを遵守したため、デネブは自力での返済を余儀なくされたのである。
「日給2万円の夜間道路工事をダブルヘッダーで回しても、利息すら追いつかん……! 店長から『次はマグロ漁船に乗ってもらうからね♡』とSMSが来たぞ!!」
デネブはアルタイルの胸ぐらを掴み、血走った目で激しく揺さぶった。
「いいから早く地球を植民地化しろッ!! 債権回収業者ごとこの星を焼き払って、俺に約束の星を2つ寄越せ!! 今すぐにだ!!」
「ちょ、ちょっと離しなさいよ筋肉ダルマ! アルタイル様に気安く触らないで! ……ふん、でもまあ、マグロ漁船に乗るデネブの生体データには少し興味があるけれどね!」
「ベガ、怒った顔も最高に可愛いぞ……!」
「お前ら、マジでいい加減にしろよ……ッ!!」
冷徹なエリート軍人、天才科学者、歴戦の武官。
天の川銀河が誇る最高戦力による地球侵略作戦は、サブカル、量産型ツンデレ、そして夜の街のぼったくりによって、完全に明後日の方向へと突き進んでいた。
(第3話に続く)




