この学校、よくそれで成り立ってますね
放課後、職員室での話である。
「はぁ……」
「どうした? ため息なんぞついて」
1年Cクラス担任の南条丈は、隣の席に座る1年Aクラス担任の雪村明日香に声を掛ける。
「どうした、じゃありません! 改めて思いましたが、なんで私がAクラスの担任なんですか?」
「そりゃあ、俺が入学試験で受験生に3回も4回も負けまくったからな。力量不足とみなされたんだ」
「それなら南条先生以外にも人はいるでしょうに……」
「バカ言え、そんな面倒なもん、誰が引き受ける。新人に押し付けるに決まってんだろうが」
表向きは丈の力量不足。しかし誰もが知っているのだ。そうではないと。
「……この学校、よくそれで成り立ってますね」
数十年続く伝統である。
「まあ、本当に力不足と思えば他の人間がやんだろうさ。……で、何があった」
もう一度ため息を吐いた明日香を適当にあしらい、丈は話を促す。
「簡単に言えば今年は問題児が多いようで……」
「問題児というかあれだろ。昼休みの食堂の」
その一件の関係者、という部分は省略して伝えられた。
「大体そんな感じですね……。まあ、レイス君はともかく、我妻さんは基本善良なのは助かりました」
「実際、魔導具構えるだけで相手が倒れるなんざ、普通は思わないだろうけどな」
「周りに居るのは全員高等な魔法師な方のようで、環境が悪かったんでしょうね……。私も今日目にしましたが、凄まじいものでした」
「あんなもん向けられて碌に戦闘なんてできやしねえよ」
そもそも普通は本人がそんなもの使えない。
再びため息をつく明日香に、丈が励ましを送る。
「まあ、その、なんだ? そのうちの一人は引き取ってやったんだ。どうにか頑張れ」
「一人って、あの久賀の?」
「ああ、そいつだ」
「でもあの子は──」
「バカ、あの年で<身体操作移動魔法>なんて使いこなす奴がまともな訳あるか」
「またとんでもないものを……」
使うだけなら二人ともできるが、使いこなすとなれば話は別だ。戦闘中の手札としては成り立たない。
故にその異常さがよく分かる。
「しかもそれだけじゃねぇ」
実習で水月が暴走した際に藍が使用した魔法、あれだけ高出力の魔法を使えるとなれば、別にAクラスでも良かった。
にも関わらず、最大魔法力によって魔法防御力を推定する火力測定の試験で、ほとんど魔法力を必要としない錬金術なんてものを使うのだから、本気でAクラスに入る気があったのか疑う。ちょっと調べれば簡単に対策くらい立てられるものなのだ。
その程度の対策もせずに試験を受けているのだから、そもそも本当にこの学校に入る気があったのかすら疑わしい。
他にも藍にはその手のミスが目立つ。特に一般教養の筆記試験。魔法学ではその手の問題も落としていないが、そこだけ対策してきたということもあるまい。
そして極めつけに怪しいのは左腕だ。
使わず、にも関わらずぶら下げたまま、どころかあまつさえ庇いすらする。
そもそも使えない訳がない。手袋に隠れて判断がつかないが、仮に義手でもそれは同じ。
<身体操作>とはそもそも、そういう魔法なのだから。むしろ、失敗のリスクを考慮するなら、義手である方が望ましい。
ならばあれは――
「南条先生?」
思考に没頭した丈を現実へと引き戻したのは、明日香――ではなく別の教師。
「どうしました?」
「今日、第三演習場使ってたの、1年生でしたよね?」
「そうですが……」
嫌な予感がする。
「第三演習場の壁に穴が……、それとその裏にあった備品も破損しているのですが、何か心当たりありません?」
「演習場の<結界>は作用していました。そうそう破られる筈もない筈ですが……」
明日香はそう答えるが、しかし丈には残念ながら心当たりが一つある。
「久賀ぁ!」
とある生徒の一室。
―――あの魔法力は強力だ。
―――一体どうするのか知らないが、おそらくあれでクライアントも満足するだろう。