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誘拐事件

「俺が『最強』だぁ!」


「うお!」

 飛来する仮想の穂先を、すれすれのところで回避する。

 掠ったことを考えれば、回避したと言うよりは、急所を避けたと言うべきかもしれない。

「あっぶねえな、クソ親父! 殺す気か!」

 抗議する藍に対し、その【槍】の一撃を放った男――久我裕信(ひろのぶ)は、鼻で笑って、こう答えた。

「親に黙って片腕捨てて来るような、バカ息子なぞ知らんわ! むしろここで息の根を止めてやる!」


   <身体操作>“移動”


 そうして迫る父親に対して、藍は不満を吐き捨てる。

「クソが!」


   <身体操作>“移動”


 黙って受ける訳にはいかない。藍も同様の魔法を使用して応戦する。

 狙われているのは首、心臓、そして頭蓋。どれも即死に繋がる急所である。


 なぜこのようなところで命を懸けなけなければならないのか? 藍の疑問は尽きない。


「今日はお前をぶちのめせと、俺の中の何かが叫んでるんだ」


 酷い理由である。知りたくなかった。






 およそ30分後のことである。






 一通り暴れて落ち着いたのか、一旦攻撃が止む。

「……ゼェ、ハァ、ゼェ」

 息も絶え絶えな藍に対し、父親は余裕である。

「大体、蒼奈が()()()のところに乗り込むとか、前代未聞どころじゃないんだからな?」

 分かってるのか、と言われてもいまいちピンと来ない。

 どうやら先程の話が再開したらしい。

 ちなみに蒼奈とは藍の母、久賀くが 蒼奈そうなのことである。

「乗り込んだって言っても、別に、戦争しに行った、訳でもないだろう」

「いや、あれは戦争も辞さなかったと思うぞ?」

 もっとも過ぎた話である。それが事実であったかどうかは本人のみぞ知るところ。

 現実の結末は母親が言い負かされただけで、穏便に終了した。

 ちなみに高々二人の()()()()と表現されるのは、親子の共通認識だ。

「そもそも我妻正がづませいの顔を見ただけで全力で逃げ出すのがお前の母親だ。止めなければ世界の裏側どころか異世界に逃げ出す方法すら確立しても驚かない」

「知りたくなかった事実だな」

 あれはかわいかった、などと漏らし始めた父親を冷めた目で見つめる。

 思春期の息子は両親ののろけ話に等一切興味はない。


「ふむ、思い出したらだんだん腹が立ってきたな」

 

 脈絡ないことこの上ない。

 いったい何のことかと首をひねる藍に、裕信は告げる。


「俺の女を泣かした罪は重いぞ? 死に晒せ愚息よ」


 先ほど暴れたばかりとかいろいろと言いたいことはある。

 しかし、とりあえずは冗談だと信じたい。





















「君達、二人だけ?」


 不意に、声を掛けられた。共に出かけていた茉莉と水月の二人である。

「「…………」」

 もっとも、本人達にそんな自覚はなかったが。


「いやいや、無視しないでよ」

 別の男の声。続いた言葉に周囲を軽く見まわして、もしやと思い至る。

「えーっと、私達ですか?」

 こういう時、物怖じしないのは水月である。

「私達ですかって、ここには君達しかいないでしょう……」

 実際、遠くにはそれなりの人がいるが、話ができる距離という意味では他に人はいない。

「たしかにそうですね」

「……まあいいや、君達一緒に遊ばない?」

「お断りします」

「水月ちゃん!?」

 すみませんけどと後から付け足すが遅い。枕詞にするから多少なりとも柔らかくなるのだ。

 こんなにはっきり物を言う子だっただろうか? 茉莉は戸惑う。


「チッ、まあいいや、そっちの君は?」


 対する男達は若い。恐らく二人とそう年齢も変わらない。水月の対応に苛立ちを隠しもしない。


「わ、私も遠慮します」

「そんなこといわないでさぁ」


 男二人の目当ては茉莉だったのだろう。茉莉を口説くために口々に言いだした。曰く、かわいい、もったいない、絶対に楽しませるから、エトセトラ、エトセトラ。

 よくもそんなに誰に対しても使えるような言葉を用意したものだと感心する程だ。

 水月に助けを求めて視線を向けるが、

―――茉莉ちゃん、頑張ってください!

 そう言わんばかりの視線を向けてくる。当てにするだけ無駄だった。

 もっとも声を掛けられているのは茉莉であり、水月は部外者で正しいと言えば正しい。

―――薄情者!


「いいじゃん? ちょっとくらい」

「えぇ……」


 そして何度目かの誘いに辟易したところ、――不意に手を掴まれた。

 

   <飛翔>“加速”


「――!」

「わっ!?」

「なっ!? ま――」

 て、という一音すら置き去りにする圧倒的な“加速”で二人を人気のないところまで連れ去った。




「大谷さん?」


 危なげない着地を経て、自分達を()()()()()人物を確認する。

「ああ、先日ぶりだね」

「誰?」

「君とは初めましてだね。聖条魔法学園1年Aクラス大谷吉彦だ」

「Cクラスの花岡茉莉です」

 それで――

「助けてくれたんですかね?」

「あ、困ってたんだ! ありがとう!」

 どうにもならない訳ではなかったが、それでも面倒だったのに違いはない。

 場合によっては吉彦のように魔法を使用する選択肢もあったが、茉莉では水月を連れてとなると難しい。

 茉莉は素直に礼を言う。

「あはは、別にお礼はいいよ。僕としても用事があったからね」


 はて? 茉莉が初対面で人から話しかけられることなどあっただろうか?


「と言っても用があるのは君じゃない」

 となるとこの場にいるのはもう一人。


「私、ですか」


 水月である。


「正確には君自身というよりも君の『魔法力』だし、用があるというのも僕ではなく()()()だけどね」 


「え?」

 茉莉は未だ状況を把握できていない。

 

「悪いけど、付いてきて貰うよ」


 それが決定的な言葉。











「≪Disaster(■■■■■)≫」


   <障壁>“硬化”












「無駄だよ」

「……えっ!?」

「いや、無意識なのかな? それなら尚更、そんな適当な使い方では、僕には届かない」

「水月ちゃ――きゃっ!?」

  <束縛>

 水月を連れて逃げようとした茉莉に、拘束用の魔法が放たれる。魔力の鎖が、茉莉を縛り上げた。

「無駄だよ。君達じゃどうやったって僕からは逃げられない。まあ、それはそれとしてきちんとした拘束はさせてもらうけど」

 そう言ってポケットから取り出した手枷を茉莉に嵌める。

「何? この手錠……、魔法が……!?」

「『封魔石(ふうませき)』君も聞いたことくらいはあるんじゃないか?」

「そんな! でも、『軍』が管理してて、一般には出回らないんじゃ……!」

「それは誤解だ。そもそも『封魔石』は魔界で採取される。確かに『軍』が買い取ることになっているが、それでも100%管理できる訳ではない。ではその管理を外れた『封魔石』、一体誰が買い取るのかと言えば……」

「まさか、「犯罪組織」の……!」

「その通り。まあ、僕はどこにも属してない、フリーな立場だけど。思ってたより詳しくて助かるよ」

「茉莉ちゃんを、放してください。用があるのが私なら、関係ない筈です」

「悪いがそうはいかない。そのうちバレるのは仕方ないとして、今すぐにことを広められる訳には行かないんだ」

 とはいえ。

「僕も不要な殺人までするほどの悪党ではない。ことが無事に済んだら、彼女のことは無事に解放しよう」

「みつきちゃ――、――っ! ~~~~っ!」

「少し黙っててくれ」

「分かりました。それで問題ありません」

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