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「あの、ナギさん。こんなに的が大きくても外すんですね。びっくりです」
ドラゴンは小型とは言え、私たちの二倍以上ある。その大きさの的を相手に、弾を外す方が難しいと思う。
「あのドラゴン、弾に当たらない魔法がかかってるの?」
「そんな魔法があれば、私が自分に使いたいです」
私は、ナギさんに弾を外す魔法がかかっているんじゃないですか、と言いたかったが、その台詞はごくりと飲み込む。代わりに、弾をドラゴンに当てる方法を伝授した。
「ナギさん、盾さんを狙って撃ってください」
ドラゴンは盾さんよりも大きいから、彼女を狙えば弾がどこに逸れてもドラゴンに当たるはずだ。
「ぴーちゃん狙っていいの?」
「一刻も早く狙ってください」
「……それ、本気なの?」
ドラゴンに斬りかかっていた盾さんが、顔だけをこちらに向けて情けない声を出した。けれど、ナギさんは情け容赦なく銃口を盾さんの背中に向ける。
「わかった。ぴーちゃん狙うね」
「ナギ、ちょっと! 待って!」
ドラゴンの爪を盾で受け、地面に転がった盾さんがナギさんの言葉に持ち場を放棄しようとする。
「ぴーちゃん、動かないで」
「動かない方がおかしいでしょ! だって死ぬ。絶対に死ぬわ。それで撃たれたら、確実に死ぬでしょ。前からドラゴンの攻撃、後ろから味方の攻撃なんて卑怯よ!」
「卑怯じゃないです。勝つためです。狙われてください」
私は氷刃をドラゴンにぶつけつつ、盾さんを説得する。でも、盾さんは往生際が悪かった。ナギさんに撃たれまいと、ドラゴンに叩きのめされつつ動き回っている。
「嫌よ! 絶対に」
「盾さん、よけないでくださいって。よけたら弾が当たりますよ」
「意味がわからないんだけど」
そう言いながら、盾さんが職場を放棄して私の隣にやってくる。
「うわっ、障壁っ!」
盾さんが私の隣に来たと同時に、ナギさんが発砲したものだから慌てて魔法を唱えることになった。詠唱とほぼ同時に、盾さんを狙ったはずの弾が透明な壁にぶち当たる。
「なんで逃げ回るんですか。危ないじゃないですか」
「なに言ってるのよ。逃げなきゃ危ないでしょ。弾が当たって死ぬでしょ。間違いなく死ぬでしょ」
「逃げた方が死ぬんですって」
そう言っても盾さんは逃げ回り、ドラゴンがそれを追いかけ回し、ナギさんが破壊した洞窟の天井や壁から削れた岩の破片のようなものが落ちてくる。おかげでドラゴンを攻撃するよりも、身を守る方を優先することになった。
私は魔法で破片を防いだり、盾さんやナギさんの上に落ちてくる岩を破壊していく。そうこうしているうちに、盾さんがまた私のところにやってきて、それを追いかけてきたドラゴンが私に向かってがおーと口を開けた。
「ああ、もう! 敵を殴り倒すスティック!」
適当な呪文を唱えて杖をえいやっと思い切りよく振れば、ドラゴンのお腹に魔法と言う名の物理攻撃がヒットして、ドラゴンがよろめいた。
「え、そんなざっくりした呪文ありなの?」
ナギさんから、詠唱に対するクレームのようなものが飛んでくる。
「絶対ナギさんを抹殺するスティックの方が良かったですか?」
「あ、敵を殴り倒すスティックでいいかな」
「意見が一致しましたね」
でも、意見の一致を喜ぶのは後だ。
このままドラゴンと戯れていても、埒が明かない。
「盾さん、もう銃で狙ったりしないのでドラゴンを何とかしてください」
「本当ね?」
「本当です。ナギさんには、私を狙ってもらいます」
気は進まないが、盾さんが的にならないなら私が的になるしかない。私はナギさんのノーコンを信じて弾を誘導する覚悟を決め、ドラゴンに近づいた。でも、ナギさんが難色を示す。
「レナちゃんは狙わないよ」
あっさり言い放って、ナギさんが銃をドラゴンに向けた。
私は嫌な予感を蹴飛ばしつつ、ナギさんにもう一度告げる。
「ナギさん、待ってください。狙うのはドラゴンじゃなく、私です」
「やだもん」
駄々をこねる子どものようにナギさんが言い、私はご褒美を餌に自分を狙わせることにする。でも、私が口を開く前に盾さんが嬉しそうな声を出した。
「私のことは躊躇いなく狙ったのに、レナは撃てないなんて……。これは愛ねっ! ラブだわ! ラブショットだわ」
「盾さん、お願いだから黙ってください。そして、ナギさん。後からご褒美をあげますから、私を狙ってください」
銃を構えたナギさんが私を見た。
けれど、銃身を向けたのはドラゴンだった。
ナギさんがドラゴンを狙ってレバーを引く。弾は私には当たらなかったが、洞窟がえぐれる。天井の一部が崩れ落ち、ドラゴンに岩が直撃し、そして響き渡る咆哮。
「ぎゃおおおおおっ!」
真っ赤なドラゴンがさらに真っ赤になり、こちらに向かってくる。
「だあああっ、壁!」
短縮しないと死ぬ。
命が危ない。
私は適当な呪文で障壁を張って、ドラゴンの攻撃を防いだ。
そう、ここまでは良かった。私の対応は完璧で、死を回避できた。それなのに、背後からナギさんの「撃つよ」という声が聞こえてきた。
またドラゴン狙ってるよね。絶対に。
私は障壁を張ったまま、振り返る。
目に映ったのは、ナギさんが銃のレバーを引こうとする姿。
これ、ナギさんを成敗した方がいいかもしれない。
「殴るスティック!」
私は障壁を解除して、杖に魔力を込める。でも、成敗するよりも先にナギさんがレバーを引いてまう。私は咄嗟に杖を構え、飛んできた弾を打ち返す。その結果、洞窟にナギさんが銃を撃ったときよりも大きな穴が空いた。
それを見て、私の頭の中に豆電球がぴかーんと光る。
ナギさんが使っている弾は、私の魔法を弾き返していた。ということは、魔力を込めた道具で弾を打つことで、弾を加速させることが出来るのかもしれない。
「盾さん、ドラゴンの前に行けますか?」
「まかせて」
「じゃあ、ナギさんは盾さんの後ろに移動してください」
「わかった」
「盾さん、ナギさんのこと任せます」
「命に替えても、ナギのことは守るわ」
そう広くない洞窟の中、ドラゴンの攻撃を避けつつ、持ち場につく。
上手くいくかはわからないけれど、やるしかない。
私は、杖に魔力を込めていく。
「ナギさん」
呼びかければ、盾さんの真後ろに移動したナギさんがこちらを向いた。
「あの穴に向かって弾を撃ってください」
私は自分の斜め後ろ、良い具合に崩れて目印になりそうな壁を指さした。
「いいけど、どうして?」
「見ていればわかります」
ナギさんのノーコンっぷりが私の予想した方向に発揮されれば、弾が杖で打ちやすい位置に飛んでくるはずだ。もし、予想が外れても、もう一度やればいい。――魔力が残っているかはわからないけれど。
「ナギさん、いつでもどうぞ」
「わかった。撃つね」
向かい合ったナギさんと私。
壁の穴を狙って、ナギさんがレバーを引く。
私はありったけの魔力を杖に注ぎ込み、最後の仕上げとして呪文を唱えた。
「必殺ホームランスティック!」
飛んできた弾を打ち返せば、それは盾さんの頭を越えてドラゴンの眉間に命中する。そして、ドラゴンの体が崩れ落ち、真っ赤な宝石へと変わった。
「勝ったわね!」
「そうですね」
泥だらけの顔で誇らしげに叫ぶ盾さんに同意すると、ナギさんが駆け寄ってくる。
「レナちゃん、やったよー!」
「障壁!」
一言で言うなら、無意識。
条件反射のように、私は残っていないはずの魔力を振り絞り、障壁を張った。ナギさんがいつも通りそれにぶち当たり、おでこを撫でさする。
「ちょっと、なんでっ!」
「つい癖で」
私は、障壁を維持したまま答える。
「レナは癖になるほど、ナギと愛の抱擁を交わしているのね」
「交わしていないし、交わしたくないから障壁を張ってるんですけど」
「いいえ。これは愛の障壁。ラブウォールよ!」
「高らかに宣言しないでください。ついでに、何にでもラブつけるのやめてください」
よろよろとしながらも、不穏なことを楽しげに口にする盾さんに私は脱力し、維持していた障壁が消える。
当然、ナギさんがその隙を逃すわけがなかった。
「レナちゃーん、ご褒美!」
ハートマークが十個ほど付きそうな浮かれた声とともに、ナギさんが抱きついてくる。私は子どもに抱かれた人形よろしく、むぎゅうと抱きすくめられて情けない声を上げた。
「ちょ、ちょっと、盾さん助けてください」
「愛を交わし合う二人を邪魔するほど、私は野暮ではないわ。ただ、あなたたちを観察させてちょうだい。私は見ているだけでいいの。さあ、存分に抱き合って」
「いや、あの、観察とかいいので、早く助けてください」
「私のことは、洞窟の壁かなにかだと思ってくれていいわ」
「話、私の話を聞いてくださいって」
「いいの。二人の間に私はいらない。だから、私には何も聞こえないわ」
結局、私はそれからしばらくナギさんに撫で回され、盾さんに観察され、ギルドに戻ったときには綺麗な月が空に浮かんでいた。
すったもんだの冒険が終わって翌日。
パーティーが解散されることはなく、私は性懲りもなくナギさんと盾さんと冒険に出かける。
障壁を張る日々は、まだまだ続きそうだった。




