021
『アイン合金……なるほど、かなり軽いな』
『おい、そろそろ返してくれ。こんな風のないところでマントがヒラヒラしてるの見られたくないんだよ』
『ふむ、それもそうか。しかしこれでかなりの戦力となったのは間違いあるまい』
確かにサクセスの言う通りだ。昨日のスパルタ大作戦によってランクはブロンズになった。
身体に筋肉痛こそ残ってはいるが、冒険者カードの更新によって身体が軽くなったようにも感じる。
成長を実感出来るってのは中々嬉しく、そして楽しいものだな。
そういった意味では、サクセスに感謝しなくちゃいけないんだが、礼を言うと更なる試練が起きそうで怖いからやめておこう。
『そちらも馬子にも衣裳というやつだな』
『うるせぇ。サクセスが守れない範囲を補強しただけだろ』
そう、俺は剣の他に脛当てを新調した。これも勿論アイン合金製だ。
サクセスのマントが万能でも、守れる部分はやはりマントの範囲のみだ。
動き、マントから露出する箇所。つまり下半身には重点的な防具が必要だろう。これにはサクセスも同意してくれた。
会計は、剣が金貨十四枚、レガースが金貨十枚だ。残り六枚の金貨は大事にとってある。
『まぁ我が意識すれば足下の攻撃すら防げるのだがな』
『え、そんな事出来るの?』
『本来は出来ぬ。しかしディルア。お主の魔力を拝借すれば造作もない』
『俺の魔力を使って防ぐって事? 自慢じゃないがブロンズになったからといってそんなに魔力がある訳じゃないぞ?』
『当然だ。お主のランクはまだまだ低い。ならばこそ、成長を怠るでない。案ずるな。あくまで緊急時の一つの手だと思え』
そういう事か。つまりこのレガースも間違いじゃないって事か。
じゃなければ、サクセスも同意なんかしなかったはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『さて、ラウドの町の南側まで出てみたが、街道どころか人が通りそうな道すらないぞ?』
『人里から離れていると説明したはずだぞ?』
『それは確かに聞いたけど、サクセスすら知らないやつが味方になってくれるとは思えないんだが?』
『ふん、そんなものは魔王の威厳でどうにでもなるものだ』
マントの分際でよく言えたなコイツ……お?
『見えたな、川だぞ』
『ではこれより西を目指せ。しばらくすると深い森に着くはずだ』
まったく、地理に関しては本当に詳しいのに、何で当てってやつの情報はほとんどないんだ?
いや、待てよ? サクセスの事だ。もしかして何か隠してるんじゃないか?
よく考えてみれば“当て”なのに“知らない”が両立するのは何故だ?
そこら辺から攻めてみるか。
『サクセス。何で今から会いに行く相手が当てだとわかっていたんだ?』
『それは、その…………その、魔王の英知というやつだな』
『それじゃあその英知ってやつによると、あと何分でその相手の棲家に着くんですかねぇ?』
『も、もうすぐだっ』
『そもそも、そこに行くにしても誰に会うにしても、お前が知らないのに誰をその“当て”だと特定すればいいんだよっ』
『そ、それは…………』
珍しくサクセスから魔王の威厳が感じられない。やはり何か隠してるな。
というかさっきから怪しすぎだ。……ん?
『む?』
目の前に見えた深い森。確かラウドの町で情報を聞いた気がする。
ここがおそらく「嘆きの森」というところだろう。是非俺の嘆きも聞いて欲しいところだが、この名前が意味するところを考えるとそう冗談も言ってられないな。
「は、入るぞ……!」
思わず口に出てしまった決意の言葉。
俺もまだまだ新人っぽさが抜けないものだ。
『うむ、魔物の気配はそれなりにあるようだが、今のディルアならばそう困る事もあるまい』
『俺の実力で大丈夫だとしても、魔物がそれなりにいたら怖いものは怖いんだよ』
『なに、近づけば知らせる。いつも通りだ』
まったく、そのいつも通りは最近始まったばかりなんだからな? それをコイツはわかっているのだろうか?
嘆きの森の中を歩く事数分。未だ近くから川のせせらぎが聞こえる中、魔物の遠吠えが耳に残る。
意識を森に向けていればいい分、少しは楽――――
『まだまだ経験が浅いとしか言えぬな、ディルア?』
『な、なんだよ?』
『川を背にした時、“川からは脅威がない”と思い込んでいるのではないか?』
『え…………?』
『来るぞっ!』
サクセスがそう言った瞬間、川の方から魔物が跳び出して来た。
……なるほど、こいつ等ならそれは可能か。
ランクDの魔物――モスフロッグ。背中にコケを生やし、水中で擬態して獲物を狙う蛙の魔物。
勿論それは水中の場合。陸地で餌を探すのならば、弱そうな人間を狙った方が都合がいいという訳か。
俺がこいつ等に弱く見られたのは警戒心の無さ故だろうな。
きっとまたサクセスに小言を――――
『説教は後だ。自らの力でモスフロッグをなんとかしてみろ』
今回はお説教だそうだ。まったく、困ったやつだな。サクセスも、勿論俺も。
さて、どうする? 数は五匹。蛙系の魔物は長い舌が厄介だしな、距離はとった方がいいだろう。
「……ボエッ!」
くっ、何か吐いた? これはかわさないと……やばいっ!
「っと! このつんとする臭い。なるほど、酸を吐くのか。まぁ、もう吐けないけどな」
「……ッ」
『上手いな。転がり避けつつスリングショットを放ったか』
「サクセスに散々扱かれたから……なっ!」
よし、二匹目!
モスフロッグの動きが威嚇、攻撃から警戒に変わった感じがする。ここからは好きに動かせてはくれないかもな。だから――
「ゲコッ!」
初撃のようにモスフロッグの攻撃に合わせて反撃しつつ回避。
「ゴッ?」
よし、これで三匹! これなら!
俺は買ったばかりのアイン合金の剣を引き抜き、モスフロッグの背後に回り込んだ。
……っ! 凄いな。やっぱり冒険者ランクがブロンズになった事によって相当な速度になっている。
四匹目のモスフロッグの頭を刈り取った後、俺は最後のモスフロッグの方へ向き直った。
しかしその瞬間、モスフロッグは俺の眼前まで跳びかかってきていたのだ。
死という名の恐怖が脳裏に過ったが、すぐにそれが杞憂だったと安堵する事になった。
何が起こったかはわからなかったが、モスフロッグの身体は眼前から右の方へ吹き飛んでいったのだ。
「な……?」
足下に落ちたモスフロッグの体液と視界の右側に広がる血液が、当面の危機は去った事を知らせた。
「これは……オールか?」
モスフロッグの上半身と下半身は大地に分かれて落ち、その先の樹木にはモスフロッグの血液が付着したオールが突き刺さっていた。
周囲に人の気配はない。
誰かがこれを投げて俺を助けてくれた? 一体誰が?
『オール……櫂の事か?』
『まぁ船を漕ぐ時に使う道具だな。確かにサクセスみたいな言い方もある。……っていうか、今の最後の攻撃、お前なら避けられたんじゃないか?』
『無論だ。しかし、自らの力でなんとかしろと言ったはずだぞ。ディルア?』
『ぐっ……た、確かにその通りだが……』
『ふん、まぁ本当に危うければ手は出していたが、あの武器の接近に気付いたからな。無用な手出しは避けただけの事だ』
そうか、やっぱりサクセスは気付いてたか。
現状はマントだけの状態なのに、俺が自分の目で捉え切れないオールの接近を把握する事が出来るなんて、やっぱり初代魔王の称号は伊達じゃないって事か。
『だが、一体誰なんだ? 俺を助けてくれたのは?』
『聞いてみればよかろう』
え、いるの?
『ディルアの気配察知能力ではまだ及ばぬかもしれぬが、我のソレはモノが違う』
……ったく、ハッキリ言ってくれるものだな。
『その奥の木の陰にふてぶてしい魔力を持った者が一人……』
「…………あの、助けてくれてありがとうございます。よろしければお顔を見せて頂きたいのですが……」
『……おい、何だその口調は? 何故我と話す時にはその口調にならんのだ……!』
姑みたいなディルアの小言をよそに、俺はディルアが示した木の近くへ一歩近付いた。
瞬間、木の陰にいる存在の魔力が揺らめいた。
今…………後方に跳んだ?
「あ、あのっ!」
走り去っていく背中。
『ふむ、あの者…………』
辛うじて捉えた森の奥へ去って行く姿は人間のようだった。
しかし、そいつが光に包まれた後は特徴的なシルエットを俺の目に映した。
あれは……狼?
「もしかして、アレって…………」
『ウェアウルフ……人狼と呼ばれる存在だな』




