エイプリルフールIf~殿下の可能性~
※※※蛇足注意!!※※※
エイプリルフールなのでもしも話です。
余が最期に見たものは、憎しみに燃える瑠璃色の瞳。
「…………余は、リッカに謝る事すら許されないのか」
ルリカを失った喪失感、銃創の絶え間ない激痛、そして黒く塗りつぶされるような絶望に襲われて、余は死んだ……はずだった。
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悪夢から覚めたような気持ちで、目を開ける。吸い込まれるような青い空が眩しくて、余は目元を手で覆った。
呻きながら起き上がった拍子に、白い花びらがハラハラ落ちる。
……余は、リッカの兄に殺された。
なのに何故生きていて、またパピの花畑──“白の花園”にいるのだろうか?
それに、何かが、違う。
違和感の正体を探るため、状況を把握するべく余は視線を巡らせた。天空城の見た目には変化はないが、“白の花園”が後宮ではない、別の建物に繋がっている。地面はどこまでも続いていて、空が高い。天空城が、地上にあるのか?
ザワザワする胸に手を当てて、余はとりあえず天空城の中を探ることにした。城の内装や構造に大きな変化はないが、細々した箇所が違う。
使用人たちの会釈する顔つきが妙に明るく、見知らぬ顔ばかりが大半を占める。
「ここは一体、どこなのだ……?」
天空城が空に浮かんでいないなんて。得体の知れない場所に迷いこんでしまったような不安、焦燥に駆られた余は、無意識によく慣れた場所──玉座の間に向かった。
「これは……誰だ?」
見たこともない男の肖像画が、玉座の後ろの壁に掛けられている。ルークスソーリスの王族の特徴は見受けられるが、余はこんな男を知らぬ。そもそも、ここに肖像画などなかったはずだが……。
「その方は初代皇帝亡き後、ばらばらになりかけた大帝国を知恵でもってまとめ上げ、平和に統治した二代目皇帝のラピス様です。殿下、直系のご先祖様をお忘れとは情けない。頭でも打ちましたか?」
「…………白木蓮?」
余が首を切り落として殺したはずの白木蓮が、教鞭を携え、教育者のような質素な身なりで立っていた。心なしか、頭身も縮んでいないか? ……いや違う、余の背が伸びている。
「はくもくれん? 本当に、今日の殿下はどうされたのですか。わたくしはマグノリア。殿下の幼なじみにして、先祖の代から皇帝一族に仕える教育係、殿下の一番の腹心ではありませんか!」
パチンと頭の中で記憶が弾ける。膨大な情報が映像となって流れ、余は思わず頭を押さえた。……これは、この記憶はなんなのだ?
側室の白木蓮と過ごした過去と同時に、余に教育を……知識だけで無い、正しい道を教え諭すマグノリアとその姉の姿が鮮明に浮かび上がる。
ここは違う世界……別の歴史をたどったパラレルワールドらしい。分岐して重なるはずのない二つの人生がなぜか交差して、別の世界で死んだはずの余の魂が紛れこんだ。馬鹿馬鹿しい仮説だが、そうとしか思えなかった。
────この状況が、神か、はたまた悪魔の所業か分からぬが、なんと残酷なことをしてくれたのか。
記憶どおりなら、今のこの生では皇帝の座を巡る争いはなく、余の両親は健在だ。想像したこともなかった、優しい平和な世界で両親に愛され育った“余”は、戦乱を生き抜き、復讐で殺された余とあまりにも違い過ぎた。
「ちょっ、殿下!? なぜ泣いているのです!?」
対極な人生は、かつての余の歪みを、哀れさを浮き彫りにする。知らなかった……知りたくなかった。余は、リッカはおろか、誰からも愛されていなかったのだと!
「……何でもない、気にするな。それよりマグノリア、ここにランスロットという男はいるか?」
「ランスロット……誰ですか? そのような名の者は、この城にはおりませんよ?」
ランスロットはいないか。だからなのか、かつてないくらい余の頭が冴えている。…………余は、なんと愚かだったのだろう。どんなに罪深いことをしたか、真っ当に育ったこの生の余になって初めて理解出来た。
リッカに、会いたい。会って赦しを乞いたい。
この世界のリッカは、厳密には前のリッカとは違う存在だ。そうと分かっていても、ただ会いたかった。
「……マグノリア。余はパトリに行かなくてはならぬ」
「皇帝夫妻は先日から属国を外遊中です。殿下まで城を空けるのは如何なものかとかと思いますが……」
眉をひそめつつも、余の真剣さにマグノリアは強く出られない様子。あと一押し、と考えていたら、思わぬところから援軍が来た。
「まあまあ、いーじゃないの。滅多にない殿下のワガママだよ?」
ひょっこり顔を出したのは、宮廷魔道士/メイジンだった。……また、二つの記憶が重なる。名前すら覚える気のなかった、余にとって配下の一人にしか過ぎない魔道士は、こちらの余には必要不可欠な存在……心を許せる友なのだ。
「うわぁ、気持ち悪っ! 殿下が泣いてるよ!?」
「メイジン……はっきり言って、今日の殿下はおかしいのです」
口さがないのは、余を信頼している証。口は悪いが二人の顔は心配でならないと物語っている。傲慢で、全てを手に入れられると思っていた哀れな子供だった余には、そんな相手はいなかった……。
「……気にしないでくれ。少し、感傷的になっているようだ」
「ほら-、マグちゃん。殿下は疲れてるんだよ。たまには公務から離れて休ませてあげないとダメだって。殿下、ぼくがお供するからパトリで休息を取ろう? 何もない田舎だけど、心を休めるのにはぴったりさ!」
「パトリは、わたくしの姉の嫁ぎ先です。義兄が入院している病院周辺は自然が豊かで、療養には最適です。姉夫婦には話を通しておきますから、落ち着くまで滞在して構いませんよ?」
「メイジン、ありがとう。マグノリア────すまなかった」
二人に気持ち悪いほど労られながら、余はパトリに向かう事となった。
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戦争がないせいだろうか?
この世界の移動手段は発達が遅れているため、パトリまでの旅路はほぼ陸路、馬車で移動になった。天空城に住んでいた頃は遠出に飛行艇を使用していたので、陸上を旅するのは新鮮だ。
「あ、殿下だ!」
「ご公務で出張中なのですね。良き旅を」
ここでは人との距離が近い。犯罪が無いわけではないが、心に余裕のある人間が多いのだ。……以前はどうでもいいと切り捨てていたのに、今は守るべき民だと認識している者達。見え方が変わると、こうも違うのか。
天空城から見下していては、わからなかった。余は馬車の窓から流れていく地面を見つめる。
初代皇帝の孫に当たるラピスは、余の知る歴史では天空城を空に浮かべた張本人である。だが、こちらのラピスは天空に城を浮かべず、皇帝の座から逃げなかった。……きっと、それが分岐点となって歴史が変わったのだろう。
「ほら殿下、パトリに到着しましたよ。あそこに見えるのが、かの有名な病院でって、ちょっと!?」
居ても立ってもいられず、メイジンの制止を振り切って、余は駆けだしていた。
かつて通った木々を抜け、一目散に向かうのはリッカと出会ったパピの花畑。……パピの花は雑草なんかではなかった。
思い上がっていた余にはそれが分からず、リッカを、白木蓮を、罪のない者達を踏みにじり、戦火を撒き散らした。赦されるはずがない。
後悔が次から次へと押し寄せて来る。余は皇帝になることの重責も義務も理解していなかった。帝王学を学んだこちらの余が当たり前にわかることが、余にはわからなかった。
白木蓮や宮廷魔道士はかつての余の傍にもいた。なのに、何故こうも違う?
可能性はあったのだ。こちらの余のように、誰からも愛される可能性が。やり直せるだろうか? もう一度、リッカと出会う所から。
────今度こそ、リッカに愛されたい!
がむしゃらに森を走り抜けると、待ち望んでいた光景が視界に飛びこんで来た。
……涙が溢れそうだ。胸が一杯になって、思わず立ち止まる。
一面のパピの花畑、陽だまりの中にリッカを見つけた。
ふわりと微笑みながら、一輪一輪花を摘む懐かしい横顔。リッカが、パピの花で花束ではなく可愛いらしい花冠を作っている。
余は焦がれるままに呼びかけようとするが、他ならぬリッカによって阻まれる事となる。
「シーリウス!」
リッカが、転移で現れた男の胸に飛びついて、男も嬉しそうにリッカを抱きしめた。
…………何故、こいつがここにいる!!??
闇に染まったかのような黒髪と褐色の肌は、闇の精霊の力を受けた証。リッカを殺した憎きダークエルフが、何故リッカと一緒にいるのだ? リッカは、幸せそうに頬を染めている。
「待たせたな、リッカ。なんかすげぇ機嫌が良いな?」
「うん! ……実は、安定するまでまだ内緒なんだけどね、義姉さんに子どもが出来たのよ!」
……なんで余に見せたことのない、蕩けるような笑顔を浮かべている?
殺し、殺された関係だった二人が、歴史が変わっただけで仲睦まじくなるなんて……寄り添う姿はまるで恋人同士ではないか!
「あんなに悲観的だったのに、義姉さんと出会ってプロポーズされてから、リクは前向きになったわ。病気の治療も諦めないで続けるって言ってるの」
だからシーリウス、とリッカは作っていた花冠をダークエルフの頭に乗せる。
「待たせてごめんなさい。リクには、兄さんには義姉さんがいるから大丈夫。まだ間に合うかしら? わたし、貴方と結婚したい」
「……! ありがとう、リッカ。愛してるぞ!」
「わたしも愛してるわ」
何が起きているのかわからない。固まった余など眼中になく、二人はひしと抱きあっている。
────どんな世界でも、余とリッカは結ばれない運命だというのか?
「そんなこと……認めぬ!!」
贖罪の気持ちなど吹き飛んでしまった。欲望と、醜い嫉妬心があふれ出す。……リッカは、余の物だ!!!!
突き動かされるまま、異能を顕現してダークエルフを焼き払おうとした瞬間、強い力に引っ張られる。
余の時間は終わりだとでも言うように、仮初めの体から魂がひき剥がされた。深い底なし沼に沈んで行くような無力感に襲われて、意識が闇の中に引きずり込まれる……余はこのまま消えてしまうのか?
嫌だ。まだリッカと言葉を交わしていない。謝ってもいないのに。
遠くなるリッカに届かぬ手を伸ばす。何かに気付いたのか、ダークエルフの腕の中にいるリッカがこちらを向いた。
この平和な世界では、リッカは瞳の色を隠す必要がないのだな……。
────余が最期に見たものは、歓喜に煌めく瑠璃色の瞳だった。