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 エルフの国ユグドラシルへの道のりは極めて順調。

 かの国は俺たちヒューマンの国々が乱立するこの大陸とは別の、太平洋の十倍の広さがある大海の向こうにある。その大陸の役四分の一エルフの国ユグドラシルの国土になる。

 その大陸、ミズガルズには他にドワーフの国レイザラムと魔人の国グローランスがあり、ユグドラシルと同じ国土を誇っている。

 大陸の残りの四分の一が魔域になっていて、一国でヒューマンの国全てと同等以上の力を持つ三国は、大陸と海に位置する魔域からの侵攻を蹴散らしながら、魔域の活性化すらも平然と退け、穏やかで平穏な営みを二万年以上にわたって過ごしている。

 まったく、同じ世界にあるとは思えない程にヒューマンの国々との落差が激しい。

 まあ、それは前世の地球でも同じだったけど。先進国と呼ばれる日本を含む国々と、後進国と呼ばれる国々との落差は想像を絶する程だったからな。

 

 とは言え、常に侵略者の脅威に贖い続けなければならない世界で、ここまで平穏で穏やかな営みを続ける国が存在し得ていた事に驚かずにはいられない。

 勿論、それも全て国を統べる統治者たちの不断の努力の結晶なのも判っている。

 どれだけ平穏に見えても、異界からの侵攻は続いているのだから、それに命懸けで立ち向かっている者がいるのはヒューマンの国と何ら変わらないのだし、統治者が腐敗して堕落すれば国も乱れるのも変わらない。

 ユグドラシルが平和で穏やかなのは、命を賭けて国と人々を守り戦い、見事な種案で国を統治する支配者に、王家に恵まれているからだ。

 

「実際にその目で見てみるのが楽しみだよ。と言うか、ここまで違う呆れるを通り越してしまうね」

「ありがと。でも最近は長く続く過ぎた平和にぼけて堕落した貴族なんかも少なくないから、その意味ではヒューマンの国とそんなに変わらないよ」


 少しはヒューマンの国の統治者たちにも見習わせたいところだと言うと、ユリィは苦笑しながら内情を話してくれる。

 フム。流石にその辺りはヒューマンもエルフも変わらないと・・・。

 長すぎる平和に慣れてしまって、その大切さが理解できなくなってしまう者。富や権力を求めて腐敗する者は種族が変わっても変わらないというか、どうやってもいなくなる事はないと、

 

 まあ、世の中に腐敗しないものはないというし、全てのものは生まれ落ちる、やがて滅びる定めにある。

 釈迦が悟りを求めるキッカケとなった生老病死はあまねく世界の不変の法則なのだから、生まれた者はやがて死に逝く、成熟したものは時と共に腐敗する。若者もいずれは老人となる。全てが世界の理である様に、どれだけ優れた社会を造り出そうとも、それを維持する人間の心がやがて腐敗していくのも避けられない事実だ。

 むしろ、二万年もの間、内側から腐敗しゆく自らの国を支え続けた不断の努力こそ賞賛すべきだ。


「そん事はないさ。誰かが要っていたけど腐敗しないものなんて逆に信用できない。どれだけ滑れたものでも継承する者が堕落すればそれはやがて腐敗する。二万年もの間、国を護るために不断の努力を続けて来たエルフの王族のたゆまぬ思いこそ、称賛に値するよ」

「えっ・・・、と、その、ありがとう・・・」


 俺の心からの称賛に、ユリィは真っ赤になってしどろもどろに応える。

 その様子がとても可愛らしくて、思わず端末で撮って残したくなってしまうのを何とか思いとどまる。

 そうそう、この世界の携帯端末は言ってしまえば地球のスマートフォンとタブレットを合わせたような物で、当然通信以外にも色々な機能が搭載されている。

 で、実は俺の端末の中には、ユリィたちのベストショットが収められていたりするのだけど、気付かれると確実に削除を求められるので秘密だ。

 まあ、この辺りの事情は世界が変わっても変わらないという事だ。


 因みに、既に大会を超えてミズガルズ大陸をエルフの国ユグドラシルの王都ミスティルテインに向けて飛行中である。

 広大な大陸の四分の一に及ぶユグドラシルの国土は、当然ながら全域が深い森の中などと言う訳も無く、王都も広大な平原の中にあるらしい。

 後、エルフの国ユグドラシルとドワーフの国レイザラムには大陸をまたがる広大な大河ウルズが流れており、その川幅は最大で百キロを超える。

 王都ミスティルティンもそのウルズ大河の流れに沿って築かれている。また、世界樹とも呼ばれ、国名の由来ともなっている巨木のお膝元でもある。

 人口は五百万人にのぼる大都市で、自然と共和した、ウルズの大河と神樹ユグドラシルと共にある都市である。

 

「私としては、早く神樹ユグドラシルをこの目で視たいわ。そのためにワザワザ自動操縦で向かっているんだし」

「確かに、私も楽しみです」


 ミランダが待ちきれないとばかりに興奮気味に漏らすと、メリアたちも興奮気味に同意する。

 まあ、気持ちは判るし、実は俺もさっきから楽しみで仕方がない。

 エルフの国の象徴である神樹ユグドラシル。少なくても建国の時には既に聳えていたと云われるので、樹齢は最低でも十万年を遥かに超える。その頂は一万メートルを遥かに超え、雲の遥か彼方にまで続いている。

 また、周辺を霊域とする程の絶対的な力を宿していて、当然ながら、世界樹の葉や枝はケームでお馴染みな程のチートアイテムで、それらから作り出された霊薬や装備などはユグドラシルの財政をそれだけで支えられるのではないかと言う程の一大産業になっている。


 当然、そんな超貴重品の世界樹の葉や枝はそのまま素材として市場に出回る事はほとんどなく、特に関係が断絶しているヒューマンの国に入って来る事はありえない。

 全ての魔工学者と錬金術師が喉から手が出るほどに欲しい貴重な素材なので、俺にしてもミランダにしても今回の訪問でなんととしても手に入れたいと思っている。


 まあ、そんな打算的な事は置いておいても、ウルズの大河と神樹ユグドラシルと共に時を刻み続ける王都ミスティルティンは、天人の都と並び称されるほどに荘厳で美しい都だと言われている。

 その絶景は見る者全ての心に深くしみわたり、魂を揺さぶる感動を与えると言われている。

 だからこそ、その景色を直接見るために操縦を自動に切り替えて、ブリッジではなく甲板に集まっているのだ、今は深い霧に覆われて見えないが、この霧を抜けた先に世界樹と王都ミスティルティンがある。

 当然、ユリィ、それにとケイとシャクティたちはこれまでに何度も訪れて見慣れた光景だろうけど、俺たちにとっては生まれて初めての光景だ。当然、その全てを心に焼き付けたいと思っている。

 

 今俺たちは霧の樹海と呼ばれるケルビィム大森林を航行している。

 ここは一年を通じて深い霧に覆われた地で、ヒューマンの住む大陸からミスティルティンに行くには必ずここを通る事になる。

 この深い霧が邪魔で、俺たちはまだ世界樹の威容を見る事が出来ていない。だからこそ、ケルビィム大森林を抜けた後に広がる光景を楽しみにしているのだ。


「ふふ、もうすぐ霧を抜けるから楽しみにしてね」


 俺たちの様子にユリィは嬉しそうにもうすぐだと告げる。

 やっぱり自分の生まれ故郷に興味を持ってもらえるのはエルフでも変わらずに嬉しいものなのだなと思っている間に視界が開ける。

 そして、飛び込んできた光景に言葉を失う。

 魂そのものが揺さぶられると言ったらいいのだろうか、一体どれだけの間、ただ無言でその光景に見入っていたのか判らない。


「本当に凄いよね。初めて見た時は誰でも必ずそうなるし」


 自分が初めて見た時の事を思い出しているのだろう、心の底からしみじみと呟くケイにシャクティたちも同意している。

 それでようやく動き出す事が出来るようになった。

 あまりにも圧倒的な光景に言葉を失い、身動きすら取れないまま立ち尽くしていた事にようやく気が付く。本当に、一体どれだけの時間見入って、イヤ、魅入っていたのだろう?


「あれが世界樹ユグドラシル・・・」


 他に言葉が出てこない。

 その圧倒的な威容と肌で感じる程の絶対的な力強さ。霊域を生み出す世界樹の力がここまで届いてくる。

 一体どれだけの大きさを誇るのだろう。その幹は、明らかに五百万の人口を誇るミスティルティンを丸々飲み込んでも余りあるほどに太い。

 そのみなぎる生命力はその裾野に暮らす全ての者に分け隔てなく降り注いでいる。

 そして、世界樹の威容と共に見えて来る洗練されたミスティルティンの街並みの美しさ、透き通った美しい水が激しく流れをつくるウルズ大河の雄大さ。その全てが合わさって完成する光景の神秘的なまでの調和と美しさ。それは、どんな芸術でも決して辿り着けない頂だと確信させられる。

 俺自身、美しい物を見て感動するようなタイプだとはカケラも思っていなかったのだけども、この光景はそんなのを超越している。本当に、どんな人間でも見た瞬間に感動に打ち震えると確信せざるおえない。


 気が付けばヒュペリオンが空港の誘導を受けて着陸態勢に入ってる。

 飛行速度と距離から計算すると、確実に十分は身動きも取れずに見入っていた事になる。

 もう少し早く正気に戻してくれればよかったのにとも思うが、ひょっとしたらそれまでいくら話しかけても反応しなかっただけの可能性もある。

 ちらりと見てみると、俺とミランダ以外の皆は、メリアたちはまだ言葉を失ったままだ。流石に着陸すればその時の振動で正気に戻ると思うけど、

 まあ、気持ちは判る。こんな感動がこの世界にあるのだと生まれて初めて知った。

 Sクラスの最高の食材で作り上げた至高の料理を初めて食べた時の感動すらかすんでしまう程だ。


「ようこそ、エルフの国ユグドラシルの首都ミスティルティンへ。二万年ぶりのお客様を心から歓迎するよアベル」


 ユリィににこやかに歓迎されて、俺はヒューマンとして二万年ぶりにユグドラシルへと降り立った。



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