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ケイ視点です。
ピリピリした空気が辺りを支配している。
私たちとの模擬戦形式の修行が終わって、アベルとミランダさんの模擬戦が始まろうとしている。
あくまで力試しの様なモノ、お互いに全力は出さないのに、二人が向き合っているだけで辺り一帯の空気が悲鳴を上げているように思える。
二人が手合わせをするにあたって、万全を期すために周囲十キロに亘って何重もの結界が張られている。Sクラスの魔物の攻撃にも耐えうる防御障壁が数十層にわたって展開されてある厳重さに、思わずただの手合わせだよね? と突っ込みたくなる。
同時に、これから何が始まるんだろうと怖くなるんだけど・・・。
この戦いは、ただ見ているだけでも私たちに大きくプラスになる。
何時か辿り着くべく目指すべき高み。その領域を実際に感じる経験は、何物にも勝る財産になる。
それは解っているのだけれども、傍らで見守っているだけで意識が遠くなる重圧はどうにかならないのだろうか?
互いに全力で戦う訳じゃないのだから、殺気も何も出していないハズなのに、戦いを前にした緊迫感だけで、辺りの空気が物理的に悲鳴を上げている。
これは気のせいじゃない。さっきからあちこちで静電気がバチバチと走っているし、小さに小石などは誰も何もしていないのにバラバラに砕け散っている。
多分、ほんの少しだけ溢れて、漏れだしている二人の魔力と闘気の余波が原因だと思う。それ以外に考えられないけど、だから二人とも、これは単なる気まぐれの手合わせ。模擬戦だよね?
まだ実際に手合わせも始まっていないのに、二人の規格外さに気が遠くなる。
本気で、手合わせが始まっても気をシッカリ保てるか不安で仕方がないのだけど・・・。
「それじゃあ始めようか。みんな、シッカリ見ている様に」
アベルの気楽な掛け声とともに手合わせが始まる。
まず最初は、数え切れない程の魔法の応酬。一撃一撃が、私たち八人が全力で防いでも何の意味も無く、一瞬で消滅させられる。必殺の魔法が次々と繰り出されては、相手の魔法に相殺されていく。
バリン。何か砕け散る音が聞こえたのは気のせいのハズだけど、繰り出されては相殺されていく魔法の余波だけで、早くも結界が一枚砕け散っている。
チョット待って欲しい。だからこれ、単なる手合わせ、模擬戦だよね?
私たちの安全を守ってもいる結界が容易く砕け散っていく様子に、冷や汗を流しながら繰り広げられる激闘を見詰める。
双方、魔法の応酬から剣を手にしての接近戦に移る。
アベルが手にしている剣は、マリージアの魔域の活性化の中で倒した魔物が持っていた物を、錬金術などで造り替えた物で、元々は五メートル以上の大剣だった物らしいけれども、今ではアベルの伸長とほぼ変わらないくらいの大きさになっている。
対するミランダさんの手にする剣は、一メートルほどの剣身の細身のレイピア。
互いに魔力と闘気で極限まで強化された二振りの剣は、激しく打ち合わされ、その余波で再び結界を砕いている。
互いに私たちには斬撃すら追えない攻防を繰り返しながら、同時な魔法による応酬も止まらない。
その全ては、魔法によって、或いは斬撃によって相殺されているハズなのに、相殺されきれない余波だけでSクラスの魔物にすら対抗できる結界が砕け散っていく。
この想像を絶する異常な戦いの何が私たちの為になるのだろう?
本気で疑問に思わなくもないけれども、その全てを見逃さないように目は逸らさない。
まるで舞踊を舞っているかのような二人の動くは美しくすらある。
二人とも、剣術なんて齧る程度に嗜んでいるだけなのに、その動きには一切の無駄がなく、数十年以上にに渡って剣術だけを極めてきた者ですら到達できない、至上の高見がそこにはあった。
本来、単なる剣術や槍術などの単なる武術を何処まで極めたとしても、そんなモノには何の価値もない。
魔力と闘気を自在に扱う魔闘術を極めなければ、高位の魔物相手には全くの無力だし、対人戦闘でも同じ事。戦いの基本と極意は全て、いかに魔力と闘気を自座にい操るかにあるのだから、
そして、魔闘術を極めた二人の剣戟は、剣術を嗜む程度にしか習得していないにも拘らず、剣の極意、極みの更に上の領域ある。
私も剣にはそれなりの自信があるけれども、そんなモノは何の意味もなさない理不尽な領域を見せられては笑うしかない。
或いは、私たちにもこの領域にまで到達しろというのだろうか?
それは余りにも無茶が過ぎる。
無謀とすら言えないと思うのだけど・・・。
結界に守られているので、私たちも辺りの環境も無事に済んでいるけど、もし結界がなかったらどうなっているだろうと思うとぞっとする。
まず、間違いなく少なくても数百キロ以上が何もない荒野、ただのクレーターになっていたハズで、当然ながら、私たちなんてカケラも残っていない。
あっ、二人の剣がぶつかり合ったと思った瞬間。衝撃で辺りの景色が歪み、結界が音を立てて砕け散る事で何とか収まる。
そのまま数秒、鍔迫り合いを続けるだけで、ギシギシと空間が悲鳴を上げているけれども、そんなこと気にも留めずに飛び退いたと思ったら、剣を振るい飛斬を放つ。
二つの飛斬がぶつかり合った瞬間、その力に耐えきれずに次元が崩壊して、黒い断層が見えた気がするのは気のせい?
気のせいだと思いたいけれども、多分、気のせいじゃあない。
いったいどれだけの魔力と闘気を剣に込めているのだろう?
アレはもう、凶器どころの話じゃない。
魔力や闘気を込め、纏わせて強化しない剣は、ただの飾りに過ぎない。
どれだけ優れた素材を作られていても、使用者の魔力と闘気で強化されなければ真価を発揮する事は出来ない。
例え、ドラゴンの素材から作られた至上の防具であっても、魔力や闘気が込められていなければ、魔力と闘気が込められたただの剣に切り裂かれる可能性すらある。
十分な魔力と闘気で強化された剣は、目の前で繰り広げられているように、強大な魔法すらも相殺できるし、強大な魔物のブレスも無効化できる。
魔闘術の基本であり極意。剣などを含む身に纏う全てを魔力と闘気で覆い、強化する事によって、その性能を最大以上に引き出す。
勿論、強化するにしても、剣などが込められる魔力と闘気に耐えきれなければ意味はないから、彼らの様に超一流を遥かに超えた人外が使う物はには、伝説級の優れた逸品であることが求められるし、私たちが使う物も超一流の逸品でなければ耐え切れずに砕け散ってしまう。
これは、使用者の腕や熟練でどうにかなる問題ではないので、装備品を揃えるのには誰もが苦労する原因になるのだけど、苦労を乗り越えて自分に合う装備品を揃えられなければ、やっていけないのだから仕方がない。
アベルにしても、魔域の活性化中は装備品を含めて万端には程遠かったから、随分苦労したらしいけど、今は万端みたいね。
素材から自分で錬金術や魔口述を駆使して造り上げているらしいけど、あの年で、あんな常軌を逸した力だけでなく、錬金術の技術まで習得しているなんて、どう考えてもおかしいのだけど、本人は自覚しているのかしら?
まあ良いわ。今はそんな現実逃避をしている場合でもないし・・・。
さっきから結界が次々と破られていて、私たちの命も風前の灯火な気がするのは気のせいじゃないし、
思いっきり楽しんでいるところ悪いんですけど、このままじゃ私たち成す術なく死ぬしかないんですけど判ってます?
声を大にして叫んだところで届くとも思えないけど、とりあえず突っ込まずにはいられない。
いや本当に、冗談抜きでこのまま爆死なんて勘弁して欲しい。
大丈夫のハズだけど、手合わせに熱中し過ぎて私たちのこと忘れたりしてないよね?
音速の百倍以上の速度でぶつかり合う二人の姿を捉えるのはもう不可能に近い。数え切れない程の魔法を放ち合い、互いの剣を交し合っているのは判るけど、私たちに姿が捉えられるのは、互いの剣がぶつかり合うほんの一瞬だけで、それ以外は辛うじて残像が見えるだけで、いったいどんな戦いを繰り広げているのか正確には判らない。
果たして本当にこの戦いは私たちの参考になるのだろうか?
どうしても疑問に思ってしまう。こんな常軌を逸した高みまで私たちは辿り着くのだろうか?
アベルの弟子で、ミランダさんからも教えを乞う以上、辿り着くのが使命だとしても、無理な物は無理としか言いようがないと思うのだけど・・・。
アベルとミランダさんの二人は、ヒューマンにしては珍しいSクラスの、それも頂点に君臨する人物だ。
私もユリィも、立場上Sクラスの知り合いは少なからず居るし、レジェンドクラスの方とも会った事がある。そんな私たちから見ても、アベルは規格外で、余りに理解不能だと思う。
そんな理解不能の人物の弟子に、何時の間にかなってしまっていた自分たちの身の上も哀れだけれども、またとないチャンスだという事も理解している。
理解しているのだけれども、何時の間にかユリィが彼に魅了され始めているのは全くの予想外だった。
私は、どう思っているのか正直判らない。
今が余りにも楽しくて、自分に課せられた使命と義務を忘れてしまいそうになる。
それに、気が付けば国に戻ってノブレス・オブリージュに縛られるのも随分と先の事になっている。
少なくても数年、場合によっては数十年、アベルと共にいるのが確定になっているからで、アベルと一緒に国に戻る事はあっても、国で立場に縛られる事は何時の間にかなくなっていた。
自分の置かれている状況が、気が付かない内に目まぐるしく変わっていた事に呆気に取られる暇も無く、気が付けば今こうして、命の危機に直面しているのだけど・・・。
残りの結界の数に気が気ではなくなってきたところで、それまで目まぐるしく立ち回っていた二人は動きを止める。そして、明らかに今までとはケタ違いの一撃を放とうと力を籠め始める。
はい、その一撃で終わりですね。判りました。でも少しだけ待ってください。そのどれだけの力が込められているか判らない一撃に、残りの結界は耐えられるのでしょうか?
耐えられると判断しての最後の一撃だと思いたいのですが、どうしようもなく不安なんですけど・・・。
何の意味もないと思うけど、私たちも全力で防御しておいた方が良いだろうか?
周りを見渡すと、みんな同意見なのはすぐに判ったから、全員で全力で防御結界を張るけれども、実際には何の役にも立たないのは判りきっている。
それでも、気休め程度にはなるから、二人の最後の一撃を見守りながら、私たちは自分たちを守る結界の維持に全力を尽くす。
瞬間、二人は同時に強大な一撃を放つ。
空間を歪ませ、悲鳴を上げさせながら突き進んだ閃光は、やがて正面からぶつかり合い。爆裂する。
全てを覆い尽くす閃光と轟音が辺りを支配する。私たちを守り、包む結界が次々と砕け散っていくだけが解る。今の一撃にいったいどれだけの力が込められていたのか想像もつかない。
ただ、確実に私たちに死の足音が近付いて来るのだけが感じられる。
ああ、もう駄目だと全身から力が抜けてしまうのを止められない。
思わず崩れ落ちた私は、そのまま固く目を閉じたまま終わりが訪れるのを待つけれども、全てを一瞬で消し去る破壊の奔流はいつまで経っても私に襲い掛からない。
助かったの・・・?
固く閉ざした瞳をやっとの思いで開くと、最後の一枚だけ残った、私たちを守る結界が残されている。
どうやら、本当に全て織り込み済みだったみたいだ。最後の一撃も、展開してある結界で防ぎきれるギリギリの威力に留めてあったらしい。
その上で、多分、私たちが恐怖に耐えきれずに全力で身を守ろうとするのまで、全て計算済みだったのだろう。本当に意地が悪い。
「みんな随分とお疲れみたいだね」
判っていて楽しそうに言ってくるのだから、本当に意地が悪い。
「流石に少し刺激が強過ぎたみたいね」
私たちの様子に苦笑しているミランダさんの方が、アベルよりもまともに、普通に思えてしまうのだから始末に悪い。
「このくらいの事には、慣れてもらわないとね。これからもっと激しい修行もあるんだから」
出来れば聞き間違いだと思いたいのだけど、今なにか、凄く絶望的な宣言がされた気がする。
今体験した、絶望的に荒行よりもはるかに厳しい地獄がこれから先に待っている?
気が遠くなるどころではなくて、本当に気を失ってしまいたい。
そんな常軌を逸した、一握りの天才しか出来ない修行について行けないから!!
声を大にして叫びたいのだけど・・・。
「大丈夫。キミたちなら出来るから」
どれだけ声を揃えて訴えても、聞き入れてもらえそうに無いのは気のせいじゃないよね・・・。
「あの、アベルさんは私たちを何処に連れて行こうとしているんですか?」
アレッサが思わず尋ねた疑問はもっともだと思う。彼は私たちを何処まで連れて行くつもりなのだろう。
いや、判っていはいる。Sクラスの高みにまで引き上げようとしている事は、だけど、本当にそれだけ?
どうも、彼はさらに先を見ている気がして仕方ないのだけども、
「勿論。キミたちが辿り着ける限りの高みにだよ」
それはあれですか? レジェンドクラスも目指せるなら目指してみようという事ですか?
どうも本気でそう思っている気がして仕方ないんですけど、何か、ミランダさんまでが、若干引いているんですけど、
絶対に無理ですから!!
実際に会った事があるから判りますけど、アレは、アベルの様な本当に規格外の怪物でなければなれませんから!!
そんな無茶を言われても困ります。
私たちは心の底から訴えるけど
「まあ、何事も経験だから。これからの為に無駄にはならないから頑張ってみよう」
穏やかに、だけど有無も言わせずに返されて、私たちは言葉を失う。
この日、早くも私たちは彼の弟子になったのを心の底から後悔した。
だけど、本当の地獄が始まるのはこれから・・・。




