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「流石に、実際に相対すると無謀だったかと思えるな・・・」
視界全てを覆い尽くす魔物の群れ、光景自体はこれまでの戦いと変わらない。
だが、今回は敵のレベルが桁外れに高い。ESランク百を含む、Sクラスの千を超える大軍。しかも、ゲートからの増援は今も続いている。最終的にどれ程の数が溢れだすか数千に留まるか万を超えるかすら知れないのだ。
その上で、少なくてもESランクの魔物は殲滅しなければ、防衛線の維持すらも出来なくなる。
無理ゲーどころの話じゃないだろうと思うが、やらなければ、俺は兎も角メリアたちや他の皆が殺されるのは確定。助けたければ戦うしかないと、
つくづくこのネーゼリアは優しくない。どこまでも厳しく、残酷な世界だと思う。
魔域がある限り、異界からの魔物の侵攻が止む事はない。
ゲーム転生をして、ゲーム時代に築いた圧倒的な力と、ケーム知識の二つの超絶チートを持った転生者でさえ、カグヤを造り出して魔物の侵攻を押さえ付けるまでしか、完全にゲートを閉じて魔物の侵略を止める事は出来なかった。いや、出来なかったのではなくしなかった。
カグヤによって閉じられようとしたゲートは、レジェンドクラス以上の強大な力を持つ魔物を楔として、自らに取り込む事によって封印に対抗し、完全に閉ざされる事を防いだ。
逆に言えば、ゲートがど指されるのを防ぐ楔であり、要である魔物、エリア・マスターを倒せばその魔域は閉ざされると言う事になる。
ゲートが閉ざされる事はなかったとは言え、カグヤの封印により、狭まったゲートが送り込める魔物の数は激減し、ゲートを開く楔であるエリア・マスターの魔物よりも低位の魔物しか、ゲートを潜り抜け侵攻してくる事は出来なくなった。
これまでとは比較にならない程、世界の脅威は取り払われたのだ。
となれば、当時の世界の戦力ならば、ゲートの楔となるエリア・マスターを倒して回って、魔域を消し去って、異界からの侵攻を完全に止める事も容易かったのに、彼らはそれをしなかった。
社会体制の維持と、戦争の抑止のために魔物の侵攻と言う脅威をあえて残したのだ。
社会体制の維持については言うまでもないだろう。
ネーゼリアの魔道文明は魔石を動力として成り立っている。
魔石の供給が絶たれれば、社会システムを維持できなくなり、文明は崩壊する。
勿論、必ずではない。新たな魔石の供給が出来なくなったとしても、既にある魔石に魔力を込めて利用する事が出来る。これまで魔石の魔力に頼っていた動力を、自分たちの魔力で賄えばいいのだ。
魔物の脅威に対抗するための、戦うための魔力を必要としないのだから、社会システムの全てを支える膨大な魔力であろうとも賄う事は容易い。
だかそれは、魔物の侵攻と言う脅威とは別の形での深刻な問題を形作る。
確かにネーゼリアに住む人々は全て魔力を持つ、だが、社会システムの維持のために必要な量の魔力の供給を支えるとなれば、可能となるのはSクラス以上の膨大な魔力を持つ者だけに限られる。
それがどれ程危険な事になりかねないか、少し考えれば誰でもわかるだろう。
一部の人間が社会システムを完全に掌握している状況。彼ら次第で文明を維持する事も滅ぼす事も思いのまま、そんな事態になると判っていたからこそ、あえて魔域を残したのだろう。
それだけじゃあない。魔域が消え、魔物の脅威がなくなった後に起こる混乱を考えれば、そもそも、魔域をなくすと言う選択肢が初めから無かったのだ。
混乱とは比喩ではない。
それこそ、魔域が無くなり、魔物の脅威がなくなれば、それによってネーゼリアは滅びの危機に瀕する混乱に陥るのは間違いない。
何故か? などと言うまでもないだろう。
暴虐の限りを尽くす魔物と言う脅威。特にSクラス以上の魔物は天災、或いはそんな言葉では表現できない程に絶望的な存在だ。
そして、そんな脅威に真っ向から対抗しうるSクラス以上の圧倒的な力を持つ者達。
彼らは魔物の脅威がある中では、確かに世界を守る守護者であり、希望そのものであった。
だが、魔物と言う脅威がなくなったとしたら?
天災、絶望そのものである破壊と殺戮の化身、そんなものと対等に戦っていた彼らこそが、今までは自分たちを守る守護者であり、希望であった彼らこそが恐怖の対象へと変わる事になる。
戦争がなくなれば軍隊は必要なくなる。
戦うべき相手も、脅威もなくなれば力は必要ない。
必要がなくなった県や銃は捨ててしまえば良い。
だが、長い時間、血のにじむような努力を繰り返して手に入れた強大な力、膨大な魔力と闘気はそのまま残る。
自分たちとは比べ物にならない力を持った、自分たちを容易く殺す事が出来る存在が隣にいる。
その事実は恐怖となり、やがて彼らによって今まで守られていたと言う事実さえ忘れ去られ、排斥しようと言う動きへと変わっていく。
・・・それがどれだけ愚かで、危険な事かすらも理解しないままに、
やがて対立が起き、その時にはもう全てが終わっている。
後に残るのは文明の痕跡すら消え去った世界と、Sクラス以上のほんの一握りの人間だけ。
そして、彼らも寿命や或いは対立によって死んで行けば、本当に後には何も残らない。
仮に、そんな最悪の事態に陥らなかったとしても、魔物と言う脅威がなくなった人間は、やがて戦争へと向かっていく事は目に見えている。
魔物と言う脅威があったからこそ団結していたものの、互いの利益や思惑、価値観の違いや主義主張の相違、様々な対立がなくなる事はない。
そして、押さえ付けるモノがなくなれば対立は争いに、戦争へと拡大していく事もまた確実だ。
魔物に対抗するために作られた強力な兵器の数々は、人間同士が殺し合う道具へと姿を、役目を変え、全てを破壊し尽す事になる。
それが解っていたからこそ、あえて魔物の脅威を払拭しようとはしなかったのだ。
長い戦いの中で数え切れない程の犠牲者が出る事を理解しながら、世界と人類を存続させるためにあえて魔域を残した。
そして、魔域と魔物の侵攻と言う脅威を、人間同士が戦争をする余裕のない、だが確実に対抗できるレベルになるようにし、それを利用した社会システムを造り出した。
それが十万年前にネーゼリアに転生した彼らの選択。
今のネーゼリアを造り上げた彼らが、その決断に至るまでにどれだけの苦悩と葛藤を乗り越えたか、想像すらできない。
だけど、世界はそうするしかない状況にあり、あまりにも残酷で厳しいこの世界の現実を突きつけられた彼らは、逃げる事も目を背ける事もせずに、自らの意思で世界の在り方を決めた。
まるで誰かの掌の上で踊らされているかの様であっても、絶望に苛まれる自分たちの苦悩を楽しむために与えられた舞台に過ぎないとしても、自分たちの意思で全てを決めて実行した。
恐らく、今の俺は彼らと同じ立場にある。
漠然と、何の確証も無いが、俺たち転生者も、このネーゼリアと言う世界も、何者かの為に、それこそ神と呼ばれる存在の為に用意された劇の役者と舞台に過ぎないのではないかと思う。
本当に何の根拠もない。だけど、この世界の在り方に、今、この状況が漠然とそんな風に感じさせる。
国を出て自由に世界を旅して周ろうとして矢先、はじめに訪れた国で、数百年から数千年に一度の魔域の活性化に巻き込まれる。そんな事が普通ありえるだろうか?
まるで誰かの掌の上で踊らされているような、舞台の上で与えられた役柄を演じさせられているような、漠然として違和感と不快感を感じる。
俺は何者かを、神を楽しませるために必死に転げ回る道化に過ぎなくて、
こうして多くの命がかかった、生死を賭けた戦いに臨むのも、何者かにそう仕向けられているからでしかない、
そんな不快感が俺の中に確かにあるが、
「だとしても、関係ない」
そう呟いて苦笑する。
本当にどうでもいいことだ。
例え誰かに踊らされていたとしても、今、此処にいるのは俺の意思でしかない。
なら、俺のやる事は変わらない。
「行くぞっ!」
余計な思いを振り払い、魔道砲とアイン・ソフ・オウルのシャワーを撃ち出し、一気に戦闘の数十匹を殲滅する。
それに呼応するように撃ち放たれる攻撃を転移魔法で回避し、同時に一気に距離を詰めて集団のただ中に飛び込む。
下手に距離を開けていても意味はない。むしろ、乱戦に持ち込んで同士討ちを誘った方がはるかに効率的だ。驟雨の様に降り注ぐ攻撃をかいくぐり、抜き放った剣に次元断層を纏わせ、防御障壁ごと三匹を一気に切り裂く。
同時に集中するブレスの嵐を、上空へと駆け上りながら回避し、回避しながらその攻撃が他の魔物に当たるように誘導する。
ただ無闇に回避する事すらできない。何も考えずにただ此方に放たれた攻撃を回避すれば、俺には当たらないが、回避した俺の後ろに攻撃が当たり、瞬間、その一帯は完全に消滅する事になる。
Sクラスの魔物の攻撃は、その一つ一つが戦術級、戦略級兵器に等しい圧倒的な破壊力を秘めている。放たれた攻撃を無闇によれていては、戦場を中心とする広範囲が灰燼に帰してしまう。
だから、避けるのなら周辺に被害が及ばないかを確認し、或いはほかの魔物に当たるように誘導してでなくてはいけない。そのどちらも出来ないのならば障壁で攻撃を受け、膨大なエネルギーを相殺する必要がある。それに、迂闊な攻撃を乱発すれば魔物ではなく此方側が周辺を壊滅してしまう事になる。
或いは、戦場そのものを特殊な決壊で覆い、外部と完全に遮断する事で戦闘の影響を漏らさない様にしてしまえればいいが、封じ込めた相手を倒し切るまで外に干渉できないその手段は、後から後から際限なく溢れ出て来る魔物の相手をし続ける必要があるこの状況では使えない。
どちらにしても、高ランクの魔物との戦いは、ただ戦えばいいと言うだけではない。周囲の被害を抑えるためにも細心の注意を払う必要があり、戦いをより困難なものにしている。
・・・だから、どうしたと言う事もないが、
上昇を止めるとともに、剣を手にしない左手で造り出していた長高重力場を撃ち出す。
圧縮された超高重力の塊は重力崩壊を引き起こし、放たれた先にいたへルポロスの障壁に触れた瞬間、爆縮を始める。そして、触れた物を全て消し去る虚無は百近い魔物を無に帰す。
消費する魔力の桁が違う上、魔石を含む素材の欠片も残さず消し去ってしまうため、普段なら使う事もない魔法。地上でマイクロブラックホールを生み出すなどと言う、本来ならありえない魔法だけに使い勝手も極めて悪い。扱いを間違えれば自分が虚無に飲み込まれてしまいかねない禁呪。
それでも、この絶望的な状況では強力な力になる。
爆縮によって生み出された余剰エネルギーすらもコントロールし、さらに数十匹の魔物を吹き飛ばす。
「ちっ」
舌打ちと共にこちらに転移して来ると同時に剣を振り下ろしてくるES+、デス・グレイムの蝙蝠の様な翼を持つ五メートルを超える魔人と呼ぶべき魔物の一撃を避ける。
地球の漫画などなら、圧倒的な体格差を持つ敵の剣を平然とと受け止める、そんなテンプレシーンかも知れないが、現実はそんな甘いモノでは無い、剣を振るっただけであっても、Sクラスのその一撃は容易く大地を砕き、海を切り裂く。
今の一撃を受け止めるのは、最高速度で走行中の新幹線と正面衝突して止めようとするのと同じようなものだ。いくら魔力と闘気で強化しているとは言え、そんな衝撃をまともに受ければそれだけで致命傷になる。避ければいいだけの攻撃を、あえて正面から受け止めて無駄な力を消費し、下手をすれば致命傷になりかねない負荷を受けるなどどうかしている。
同等の力を持った一撃を持って相殺するのであれば、衝撃や負荷は抑えられるが、攻撃を抑え、弾き飛ばし、反撃で仕留める。無駄な動作を多くしなければならない上、無数の敵と対する戦場で一匹だけに集中してしまうのは、致命的な隙でしかない。
現実に自分の身に起きればありえない事だとハッキリ判る。
更に撃ち出されて来る業火を打ち消し、障壁ごと魔力を込めた剣の一撃で袈裟懸けに切り裂く。
その一撃で砕け散った剣を襲い来るグレイル・イーターへ投げ捨て、周辺に群がるA・Bランクの雑魚を一掃するためにライジングストリーム全力でを放ち、数万を一気に消し去る。
Sクラスには何の効果もない、致命的なスキを見せかねない無駄な一撃だと判っているが、目障りな雑魚共に気を散らされるよりはマシだ。
この戦いをさらに困難にしているのが、数えるのもバカらしい程のA・Bランクの魔物だ。
実際に脅威になるならないではなく、戦場に溢れかえる数が問題になる。ただ居るだけでこちらの動きを邪魔し、必殺の一撃を無駄に消費させられてしまう。目障りとしか言いようがなく、気が散ると言うだけでも十分な脅威になってしまう。
それでも、Cクラス以下の魔物は周辺に充満しているエネルギーの奔流、戦いの余剰エネルギーと俺やSクラスの魔物の魔力や闘気に耐えられず爆散するので、辺りにはいないので、まだ数が抑えられているのは幸いだろう。
これで、今までの戦いと同じように、Cランク以下の魔物まで溢れていたら流石に対処できない。
Sクラスの魔物はそもそも相手にもしていないのか、無数に巻き込みながらこちらへ魔法やブレスを放ってくる。或いは薙ぎ倒して襲い掛かってくるが、それが逆に視界を遮り、一瞬の認識の遅れを生みかねなくなっている。
出来る事なら先に、有象無象の雑魚共を一掃したい気持ちになるが、際限なく溢れ出て来るのでは不可能だし、魔力と闘気の無駄でしかない。
「くうぅぅぅぅぅぅっ」
無数のA・Bランクを消し飛ばして襲い来る奔流に対し、一瞬、認識が遅れたためどう対応するか判断する暇もなく、防御障壁で受け止め、無効化する。しかし、その一瞬のスキに砲火が集中し、避けることも出来ずに全てを障壁で防ぐしかなくなる。数百を超えて続く圧倒的な力の奔流が、展開した防御障壁を凄まじい勢いで砕いて行く。
防戦一方の状況は最悪でしかなく、障壁の再展開が間に合わなくなれば終わる。
本当に一瞬の遅れが、ほんの僅かなミスが命取りになる。極限の集中力と未来予測に等しい状況判断が必要になる。
そんなモノを持ち合わせている覚えはないのだが・・・。
愚痴を言っている余裕すらない、全周囲にデメンションフィールドを展開。次元断裂によって集中砲火から逃れ、転移魔法で即座に俺の攻撃を浴びせていた魔物の包囲網の外に転移。
同時にマイクロブラックホールを放ち、包囲していた全てを虚無に帰す。
更に、転移と同時に放たれてくる攻撃を避け、或いは障壁で無効化し、襲い来る魔物をディメンションカッター、次元断裂の刃で迎撃する。
ほんの少し、息をつく暇すらない。
しかも、アイン・ソフ・オウル等の単体用の強力な魔法は、A・Bランクの雑魚共が邪魔で使いずらい、どうしても殲滅戦用の魔法を多用するしかなくなるが、強力過ぎる一撃は、余波を完全にコントロールしても尚、状況把握を一時的に難しくしてしまう。
戦場の状況を全て把握していなければならない。
敵の位置、数、次の動き、全てを把握して、次にどうして来るか、次にどうするかを判断し続けなければならない状況で、一瞬でも敵を見失うのは致命的。
それが解っていながら、倒すためには危険を承知で殲滅魔法を使い続けるしかない。
命懸け。そんな事は初めから解っているが、何時までも続けなければならないのは・・・。
確実に、いずれその隙が死ぬ原因になる。
判っていても今の俺には他に出来る事が無い。
ならば、出来る限り隙を造らない。
アイテム・ボックスから取り出した剣を両手に持ち右手の剣に魔力を、左手の剣に闘気を込め、巨大で強力な刃を造り出し、放たれて来る無数の攻撃、魔法。ブレス。魔力砲。闘気砲。飛斬。衝撃波。あらゆる攻撃を避け、無効化しながら縦横無尽に振るう。斬撃を飛ばす。
切り裂く。切り裂く。切り裂く。切り裂く。切り裂く。切り裂く。
同時に冷気の礫を無数に生み出し、弾幕の様に、マシンガン、ガトリングガンの様に撃ち続ける。
絶対零度の音速の十倍の速度の弾丸。
撃たれたモノを凍り付かせ、爆散させる冷気の弾幕。
そして、マクスウェルの悪魔によってエネルギー保存の法則から灼熱の業火を生み出し、同様に撃ち続ける。氷と炎の弾幕、或いは乱舞。
Sクラスにはこの程度の冷気や炎が通用するハズもないが、A・Bランクの雑魚共を殲滅するには都合がいい。
それに、俺にへの攻撃の嵐とぶつかり合い、相殺は出来ないまでも数を減らす事は出来ている。
途中でぶつかり合って爆発を引き起こす事でさらに多くの雑魚を掃討出来ている。
「グオォォォォォォウ」
爆発も弾幕もものともせず、俺を噛み砕かんと襲い来るエイビス・ストラスを魔力の刃で切り裂き、返す刃でフレイム・デビルの首を狩る。
視界の先に百を超えるグレーター・デモンが向かってくるのが確認すると、攻撃をかいくぐりそちらに向かい、放火の方向を誘導して同士討ちを仕向けると共に、一気に距離を詰め、戦闘の数匹をまとめて横薙ぎにする。脳天に向けて放たれてきた槍の一突きを、僅かに頭をずらして避け、空気どころか空間を切り裂いては放たれた一撃の余波を防御障壁が無効かしているのを横目に、胸を一突きに貫く。
そのまま引き抜くのではなく振り下ろして斬り裂くと同時に、下からの攻撃を受け止めるのではなく撃ち砕き。仕掛けてきた一匹を真っ二つに斬り裂く。
剣と魔法による攻撃を避け、障壁で防ぎ、両手の剣で斬り裂く。
剣を振るい。突き。乱舞を、剣舞を舞いながら殲滅していく。
・・・一体どれだけの人が、この光景の異常さに気が付いているだろうか?
俺は確かにES+ランク。Sクラスの最高位の実力を持つ。
だがそれは、本来なら同格であるハズのES+ランクの魔物を複数体相手にしながら、圧倒できる程の力
ではない。一対一で対等以上に戦い、確実に倒す事が出来る力。それが本来のES+ランクの実力だ。複数相手に圧倒するまでに力を上げる事はあっても、
少なくても、千を超える、場合よよっては数千に達するSクラスの魔物を相手に、たった一人で殲滅戦を行えるような異常な力じゃない。
ネーゼリアには数の暴力をはるかに上回る絶対的な力の差が確かにある。
だけどそれは、ランクの違う者に対して、AクラスとSクラスの圧倒的な力の差の様な、隔絶した力の差が存在するから出来るモノでしかない。
同格のSクラスの魔物を千以上、ランクも同じES+の魔物百匹以上を圧倒できるのはどう考えてもおかしい。それではまるで格上の、EXランク、レジェンドクラスの様ではないか?
・・・結局、俺もチート転生をしたと言う事なのだろう。それでも、今の俺の力はレジェンドクラスには遠く及ばない。
それに、圧倒していると言っても、同時に俺も何時死んでもおかしくない猛攻に晒され続けている。
辛うじて命を繋ぎ続けながら、まるでピアノ線の上を綱渡りして渡るようなギリギリの状況を潜り抜け続け、敵を殲滅しているに過ぎない。
極限を超えた等と言う言葉では生温い、何をしているのかを知れば、誰もが常軌を逸していると断言するレベルの戦闘を自ら挑んでいるから、辛うじて戦線を維持できているに過ぎない。
自分の命を平然と差し出せる時点で、やはり俺は異常。譲許逸しているのだろう。
何かが壊れていると、狂っていると言ってもいい。
前世の俺が元々壊れていたのか、転生して二度目の人生を歩んでいる影響か、或いは転生時に何らかの変質が俺の心に、精神にあったのか、いずれにしても、俺の転生チートは間違いなくこの異常性だろう。
剣舞によってすべてグレーター・デモンを殲滅した俺は、剣戟に耐えきれずに砕けた剣を捨て、次の行動に移ろうとした瞬間・・・。
轟音が鳴り響き、閃光に一面が包まれる。音速を超える暴虐な衝撃波の嵐が吹き荒れて、状況の把握を一時的に不可能にする。
思わず舌打ちをすると同時に高度二千メートル上空に転移する。
何が起きたのかは判っている。Sクラス同士の同士討ちの余波。強大な魔法とブレスがぶつかり合い爆発し、炸裂したエネルギーが全てを飲み込んだのだ。
一歩間違えれば命取りになりかねなかった、だが最高の好機。
場揮発の余波で転移して上空から見渡し、状況を把握していく俺を一瞬見失った。
その隙に数え切れない魔法の雨を降らせ、眼下を埋め尽くす魔物を確実に仕留めていく。
Sクラスを相手に、安全に確実に攻撃を仕掛け、その全てを撃破していける好機。ほんのわずかな、それこそ数秒に過ぎなくても、戦況を一変させるには十分すぎる時間。
アイン・ソフ・オウルが、ライトニング・フレイムが、ダーク・インフェルノが、確実に狙った魔物を殲滅していく。
時間にしてはほんの数秒に過ぎない、その間に千に達する魔法を放ち、尽く殲滅する事に成功する。
僅かに、戦場が静寂に包まれる。全ての音が消え去ったような沈黙は、鳴り響く爆億と方向によって打ち破られ、空気が悲鳴を上げ、次の瞬間には互いに交える砲火が重なり合う。
再び剣を取り出し今度は左手に構える。この剣も長くは持たない事は判っている。
A+ランクの魔物の素材に、付与魔法などで極限まで強化した剣は、超一流の名剣だ。それでも、Sクラスの攻防には耐えきれない。判っていても他に剣が無い。俺と同格の魔物の激突、その過剰エネルギーに耐えきるには、最低でもES+のワイパーン・オブ・インフェルノの角を基に、最大限強化して造り上げた剣が必要になる。
だけど、そんな剣は手元にない。素材は手に入れてあるが、造り出す余裕など一切なかった。
なら、多少は持つ剣を一回ごとに使い捨てにしていくしかない。
装備の不足は最悪の事態の一つだが、どうしようもない事を嘆いても仕方がない。
魔力を込めた飛斬の連撃を放ち、消耗した魔力を魔晶石から回復する。
さっきの殲滅で、一面を埋め尽くしていた魔物に大きな穴が出来ていたので、その隙間を利用して魔物の動きをコントロールしていく。
そして、若干の距離を置いて俺を包囲する陣形に誘導すると共に、反物質の弾丸を三百六十度、全方位に撃ちだす。
先頭の魔物を貫くと同時に炸裂し、膨大なエネルギーの爆発を生む。
だが、その力の奔流は俺の元には来ない。
魔法が兵器よりもはるかに優れ、使い易い最大の理由。それはその効果が及ぶ範囲や方向までも自在に操る事が出来るからでもある。
今、放った反物質弾は魔工学と錬金術によって兵器として造り出す事も確かに可能だ。
だが、その強力に破壊エネルギーを完全に支配する事は出来ない。
だが魔法で放たれた物は違う。
例えば、今の反物質弾の爆発の衝撃、エネルギーの全てを一キロ四方内なら一キロ四方内に、一メートル四方以内になら一メートル四方以内に全て留める事も、爆発によって全周囲に開放されるエネルギーを特定の方向だけに向かわせる事も可能。
魔法は、それによって引き起こされた事象の全てをコントロールする事すら可能なのだ。
例えば、都市一つを消し去る威力の核兵器の爆発が、十メートル四方以内に全て集中したらどうなるか、その内側で荒れ狂ったエネルギーの破壊力は、通常の爆発時の比ではない。そして、当然放射能などの汚染もすべてが十メートル四方内に留められている。
そんな物理学も世界の法則すらも無視した事すらも可能なのが魔法。
当然、そこまでの制御を行うには膨大な魔力と繊細な操作が必要になる。
そこまで自在に魔法を完璧に使いこなせる者は少ないとは言え、魔法の圧倒的な優位性は想像を絶する。
今の反物質弾も、爆発のエネルギーの放出方向を操る事で、俺には何の影響もなかった。
爆発が収まるよりも早く、俺の元に殺到する砲火を届く前に転移で避け、転移するとともに目前のへルポロスの首を次元断裂の刃で切り落とす。
転移した先に砲火が殺到するよりも早く、更に転移し、ブレスを放とうとするワイパーン・ロードの眼前に躍り出ると、荷電粒子を撃ち込み、放たれる前のブレストともに爆砕させ、ワイパーン・ロードと周辺の魔物を消し飛ばす。
荷電粒子を撃ち込むと共に更に転移した俺は、弾丸のように海に飛び込み、深海一千メートルまで潜ると共に、展開した魔力の槍でカオス・サーベントを貫く。
貫くと共に三百メートル先のレゼリクスへと向きを変え、刹那に距離を詰めて百メートルを超える巨体の首を切り取る。
次の敵に向かおうと動くよりも早く、強力な水属性魔法によって周辺の海水が支配され、俺の動きを封じようと、或いは俺を貫き切り裂こうと襲い来るのを転移して避けると共に、水を支配するアクア・ゾディアラークにアイン・ソフ・オウルを叩き込む。
魔法が消え、支配から解放されて元に戻ろうとする海を今度は俺が支配し、周辺の持魔のへと趙高圧縮した数え切れない水の刃を放ち、障壁を砕き、アイン・ソフ・オウルで殲滅する。
深海から外へ侵攻していたSクラスを殲滅したのを確認すると、再び転移魔法で高度二千メートルの上空へと上がり、探知魔法のレーダーに映るエリア・マスターの隔絶して魔力を確認しながらも、転移と共に巨大な剣を振り下ろしてくるデス・グレイムを、精神魔法ディスノヴァで魂を砕き、殺すと共に振り下ろされて来る剣を奪い、体の倍近い大きさの剣を構えるとともに魔力を込める。
ES+ランクのデス・グレイムが持っていた剣は、俺の魔力を纏い更に強大な力へと変換させていく。
流石と言うべきか、やはりと言うべきか、趙高レベルの魔剣だ。これならば、セーブする必要もなく全力で魔力を込め、思う存分に振るう事が出来る。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
咆哮と共に魔力の十メートルを超える刃を成した魔力剣を振るう。
体ごと回転するように横薙ぎに、空間ごと断ち切るように振り下ろし、音速の何倍もの速さのままに撫で斬りにし、全てを突き破る弾丸のように貫き、音速の何十倍と言う速度で振るわれる剣が生み出す真空の刃とソニックブーム魔力を乗せ、飛斬として、衝撃波として放ち。
斬り裂き。切り裂き、貫き。打ち砕き。暴風の様に殲滅していく。
斬れ、切れ、斬れ、切れ、斬れ。貫け、砕け、貫け、砕け、貫け。
振るえ、放て、魔物を、死をもたらす魔法を、全てを消し去るブレスを、斬り裂き、貫き、砕く事で、殺し、撃ち破り、消し去り、無効化しろ。
戦いそのものに飲まれたように、殺戮に染められたように、俺は魔剣を振るい、魔法を放ち、転移魔法で転移し、飛行魔法で縦横無尽に駆け巡り、魔物を殲滅していく。
それでも、決して狂気に飲まれはしない。破壊と殺戮に酔いはしない。
そんな事になれば、その瞬間に死んでいる。
常に戦場の全てを把握し理解し続ける集中力と洞察力、一瞬の迷いもなく常に最善の行動を選び続ける判断力。どちらが欠けとも魔物の攻撃を凌ぎきれず、次の瞬間には欠片のも残さず消えている。
気が付けば、戦い始めて既に五時間が経っている。
昨日までならばもう戦線を離脱する時間。
昨日までとは比べ物にならない程の激戦、消耗も今までの比ではない。
既に魔力の回復は、昨日までの倍近く行っている。無理やり回復させられ続けられている事に、体が悲鳴を上げているのがハッキリと解る。
残りの魔晶石はあと二つ。戦える時間は良くて後一時間。実際には三十分が限度だろう。
それまでに後どれだけ倒せる?
既にどれだけの数を倒してきたか、殺したかなど判りもしない。
数えられる数ではなく、数えている余裕などがあるハズもない。
終わる気配の無い戦いに、思わず魔域を閉ざして本当に、侵攻を止めさせるかとほんの一瞬過る。
実際にするつもりは無い。出来ないと言うのもあるが、そんな事をしたら本当に終わる。
・・・五万年前、一度だけ魔域の討伐が行われた事がある。
恐らくは転生者によって引き起こされた、人類史上最大の惨事は、一つの魔域を閉ざす事には確かに成功している。
だが、その為の犠牲は余りにも多すぎた。
もし、エリア・マスターを倒し、魔域を閉ざす事で引き起こされる事態をはじめから知っていたなら、こんな無謀なマネが実行される事はなかっただろう。
当時の世界中の総力を挙げて実行された魔域の討伐。死闘の果てにエリア・マスターが倒され、魔域が閉じようとしたその瞬間、今まで繋がっていた二つの異なる世界の扉であるゲートが閉じようとする反動、反発が一時敵にカグヤの封印を無効化し、完全に閉じるまでのほんの一瞬に、数え切れない程の魔物をネーゼリアに送り込んだ。
ありえない、考えられない、誰も想像もつかない事態。
溢れ出た魔物は、活性化時の数百倍にも及び、エリア・マスターと同格のレジェンドクラスの魔物すら複数存在した。
それは、カグヤが出来る前を思わせる光景だった。
そして、カグヤが造り出されてからもう五万年、当時の絶対的な力を持つチート転生者はもう居ない。当時の圧倒的な軍事技術も兵器も既に途絶えている。
五万年前なら容易く殲滅出来た魔物の軍勢は、恐怖と絶望の象徴でしかなかった。
既に毎期の討伐で死力の限りを尽くし、消耗した状況で太刀打ちできるハズもなく。全軍が瓦解し、魔物たちは世界中へ散らばり、破壊と殺戮が支配する地獄が生まれた。
・・・この時、世界が、人類が滅びなかったのは奇跡でしかない。三十億を超える犠牲者を出しながら、辛うじて殲滅に成功し、社会を立て直せたのは二度と起きない奇跡。偶然の産物に過ぎない。
歴史を知る者は誰もがそう言う。そして、もう二度と魔域の討伐などと言う暴挙がなされないよう、世界中の国で協定が結ばれ、エリア・マスターに手を出す者がいないように監視体制が整えられた。
この惨劇の傷跡はは本当に深く、深刻なもので、完全に回復するまでに一万年近くを要したと言う。
つまりは、もしこの状況でエリア・マスターに手を出すなどと言う暴挙に出れば、その瞬間に全てが終わると言う事。何が起きたとしても不思議はない、ネーゼリアの最大の禁忌。禁断の扉を開けば、そこには絶望と破滅しかない事は判りきっている。
だが、このままではもたない。
俺が引いた後、残りの戦力でいつまで戦線を維持できる?
既に初めにいたES+ランクの魔物は全て殲滅した。だが、この戦場には未だ数十匹のES+ランクがいる。後から溢れ出てきた魔物。その数はこれから更に増えていく。
そして、ES+ランクには俺しか勝つ事が、倒す事が出来ない。
つまり、今のままでは俺が退けば戦線が瓦解すると決まっている。
俺が引くのと同時に、レジェンドクラスが駆け付けてくれる、そんな都合のいいことが起きない限り、いったいどれだけの犠牲が出るか想像もつかない。
俺一人でどうにか出来るハズが無いのは判っていた。それでも、此処まで無力か?
戦線の破綻を五時間遅らせる事しかできなかった。
後は本当に、俺が引くのと同時にレジェンドクラスが駆け付けてくれる事を祈るしかない。
絶望に墜ちてしまいそうな心を奮い立たせ、少しでも長く戦い続けるために最善の選択を選び出す。
逃げ回っていたのでは意味がない。成すべきはただ魔物を倒す事。構えた剣に再びまりを苦を纏わせ、魔物のただ中へ突き進む。
遣事は何も変わらない。だが、俺のやる事はESランクの魔物を少しでも多く倒す事。他の戦力で倒す事が出来る魔物には目もくれず、ただESランクのの魔物のみを狩りとっていく。
一匹、二匹、三匹、四匹、
確実に仕留める。有象無象が邪魔をするのを出来る限り最小の消費で殺し、無視する。
何時からか魔域から鳴動するような音が鳴り響いているが、意識を割いている余裕はない。
最低限のの魔力で最大限の効果を上げ続ける。今までよりもさらに難易度が跳ね上がり、危険度が臨界点を遥かに超えている。死なないのがおかしい。生きている訳がない。そんな事は判っている。判っていて止まるつもりは無い。少しでも長く、少しでも多くの敵を、既に周辺への被害を考える余裕などない。障壁で防ぎ無効化すれば、それだけで多くの魔力を消費する。受け止めと無効化する余裕はない。全ての攻撃を避け、避けながらESランクの魔物を殲滅していく。
鳴動するように鳴り響く音が増していく、魔域そのものが闇の光を放って輝きだす。何かが起き始めていたとしても、それに意識を向ける余裕はない。
今やるべきは確実に魔物を殺す事だけ。ESランクの魔物を一匹残らず殺しつくすまでは若他に目をくれている暇はない。
殺せ。狩れ、消し去れ。力尽きるまで殲滅しろ。
大剣を振るい、放火の尽くを回避し、同士討ちを誘い。僅かな隙間を縫って駆け抜ける。
撤退の為の余裕など残している余裕はない。マリーレイラに転移できる魔力が残っていればいい。それ以外の魔力も闘気も全て使い尽くす。
魔域の異変は更に続く。地震のように空間そのものが大きく振動し、常に感知し続けてきたエリア・マスターとゲートの魔力が極端に小さくなっていく。鳴動するように鳴り響いていた音は何時の間にか消え、それどころか俺たちの戦いが生み出しているハズの音すらもなくなっている。全ての音が消え去り、痛いほどの静寂が支配する。
何かが起きている。だが、今の俺には関係ない。俺はただ殺すだけ、守るためには、都合のいい奇跡が起きる可能性を少し高めるためには、ただ、一秒でも長くたかい続けるしかできる事はない。
そして、それもこれで終わり。
最後の闘気を集中して、確認できる範囲では最後のES+ランクの魔物、インフィニティ・スレイブの胸を貫き、心臓と魔石を砕く。
これでもう何もできる事はない。俺は転移魔法で戦線を離脱する。
・・・そして、俺が転移魔法でマリーレイラに戻るのと同時に、魔域に起きていた異変も終わりを告げた。




