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レイル王子視点です。

「何が起こっている・・・」

 自分の立場を考えれば、常に毅然としていなければならない事は判っている。それでも、目の前の異常事態に呆然と呟くのを止められなかった。


 約一か月前、わが国で魔域の活性化が起き始めていると報告を受けた時には耳を疑った。

 そして、調査の結果それが事実だと判明した時の絶望は想像を絶した。

 この世界で最悪の天災。国を亡ぼす悪夢に対して、私は自分が無力だと知っていた。国を治める王族として生を受け、これまで懸命に努力を重ねてきた。それは、王家に生まれた瞬間に定められた宿命。だからこそ、物心つく頃から帝王学をはじめ、王家の者として相応して知識に礼儀作法、学術や芸術を収めてきた。

 そして、国と民を守る者として己を磨き、Cランクまで力をつけ、いずれはB-へ竜騎士の一人となるだろうと言われる武人となり、戦術や戦略を懸命に学び、指揮官としての実績も積んできた。

 王族として後ろ指を指されるような事は一切せず。国の模範として歩み続けてきた自負はある。

 王族とは言え、三男である私が王位を継ぐことは余程の事が無ければありえないし、私自身、そのつもりは無い。将来は全軍指揮を執る司令官として国を守る立場になる事も判っていた。

 国防の為には騎士、正確には竜騎士が必要不可欠、貴族制度そのものが、必要なだけの竜騎士を確保し続けるために存続していると言っても過言ではない。正しく国防の要。

 そんな竜騎士となり、また全具を指揮する指揮官として国を守る。国を統べる王家の者がその地位に就く事がどれだけ重要であるか、理解できない程、無能ではない。

 だからこそ、確実にその地位に上り詰めるためにたゆまぬ努力を続け、着実に成果を上げてきた。

 だが、自分が天才だと思い上がってもいない。実際、私は精々平凡な王族に過ぎないだろう。

 溢れんばかりの才能がある訳ではなく、単に努力をひたすらに積み重ねて今の実力を得たに過ぎない。

 

 そんな私にとって、魔域の活性化等と言う災厄は荷が重すぎる。それでも逃げ出す事も、放り出す事も出来ない。

 どうか誤報であってくれ、そんな一部の望みを託した調査は、無情にも魔域の活性化が確かに起き始めていると言う絶望的な現実を突き付けてきた。

 このまま我が国は滅亡してしまうのか?

 不安は尽きなかったが、同時に救いもあった。魔域の活性化の報を齎したアベル・ユーリア・レイベリスなどはその最たる例だろう。

 面倒事になるのが判りきっていたが故に、今まで隠し続けていた本当の実力。Sクラスでも最高峰たるES+ランク。

 正直、それ程の実力者がこの時期に我が国にいた事は、天の助けとも言うべき幸運だった。

 実際。彼の存在が無ければ、想定よりもはるかに激しい、異常との呼べる魔域の活性化の脅威にここまで対抗し続ける事すらも難しかっただろう。

 

 何かがおかしい。今回の魔域の活性化は異常だ。

 そんな不安が募っていく。

 国の、人類の存亡に係わる最悪の天災。それが魔域の活性化。故に、過去に起こった全ての活性化について、その詳細に至るまで全てが記録され、膨大なデータは隅々まで研究されまとめられ、データベースとして保存されている。

 その資料の中にも、今回のようなケースは見当たらない。膨大な過去のデータが、過去のどのケースよりも、今回は激しく、厳しく、過酷なものだと証明していた。

 それでも昨日まではまだ辛うじて対応できていた。

 溢れ出る魔物を殲滅し続け、相応の被害を出しながらも戦線を維持し続ける事に成功し、都市への侵入を許さず、一般人に犠牲者を出さないまま乗り切る事が出来ていた。

 それも、今日になって一変する。


 魔域の中心たるゲートから無尽蔵に溢れ出るSクラスの魔物。ESランクの魔物だけで百を超えるその光景は、絶望そのものとしか表しようのない非情なものだった。

 全てが終わった。最早、私たちに出来る事は何一つない。この事態に立ち向かえるのはレジェンドクラスの方々のみ、あの方々が駆け付けてくれなければこの国は終わる。

 或いは、例え駆け付けてくれたとしても、いったいどれだけの被害が出てしまうだろう?

 最早、数千万を超える犠牲は避けられない。 

 絶望にくれる我らに、アベル殿は淡々と対抗すると言う。

 それは余りに無謀。不可能と言ってもいい。自殺行為、死にに行くだけとすら言える。

 事ここに至っては、既にアベル殿がなお手を貸してくれる理由はない。既に状況はレジェンドクラスの方々でしか対応する術もないレベルへと至っている。ここで撤退した所で、離脱した所でアベル殿が責められる事はない。

 既に戦況は、いかに最小限の被害で国を捨て、出来るだけ多くの人々を撤退させられるか、そこまでに悪化している。既にマリージアの滅亡は確定したのだ。

 後はこの国を統治してきた者が、己の最後の使命を全うするだけ。

 これから先、更に力を付け、いずれはレジェンドクラスの方々の頂にまで上り詰める可能性すら秘めたアベル殿は、間違っても此処で死んではならない。だからこそ、撤退を、早急にこの国から立ち去るように告げようとして我らに、アベル殿は平然と立ち向かう事を告げた。

 そして、呆然とする私たちを置いて戦場へと向かった。


 映し出される光景は想像を絶する。言葉を失うしかなかった。

 昨日までですら、アベル殿の戦いは凄惨を極めていた。死と隣り合わせの、綱渡りに等しいギリギリの戦い。辛うじて、幸運にも命を繋ぎ止めて、勝利を掴み取っている。そんな薄氷の戦いであった。

 だが、今の戦いはそれどころではない。なんと言葉にしていいのかすらも判らない。命を、魂を燃やし尽くすかのような戦い。

 今ならばハッキリと解る。これは決してES+ランクだからと言って、可能なレベルの戦いではない。

 これまでの戦いにしても、アベル殿は極限を超えて戦い続けていたのだ。

 無理をしていたなどと言うレベルではない。

 命を懸けてなお足りない戦いを続けていたのだ。

 だが、そんな戦いに圧倒されている時間はない。

 アベル殿が命を懸けて作ってくれた時間、無駄にできるハズもない。

 アベル殿の指示に従い戦線を展開し、少しでも時間を稼げるように体制を整えていく。

 そして、非常事態宣言を発令。直ちに国外への脱出を勧告し、転移魔法の使い手や飛空艇など、民の脱出の為の手段を手配し、配備する。

 今、この瞬間にもレジェンドクラスの方々が駆け付けてくれる。そんな都合の良い希望に縋りながらも、成すべき事を成していく。

 五時間が過ぎ、国民の脱出も順調に進み、このままいけば想定された被害を出さずに済む、最低でも数千万の被害を出すことなく、本当に最低限の犠牲だけで撤退戦を終わらせる事も出来るかも知れない。

 後は戦略級兵器の驟雨によって、この国諸共できる限りの魔物を殲滅し、周辺諸国の総力を挙げた連合部隊で残りの魔物を掃討する。

 その上で、続く魔域の活性化によって溢れ出し続ける魔物は、レジェンドクラスの方々にお任せすればいい。

 そうなれば、後はアベル殿さえ無事に生き延びてくれさえすれば、国を失っても十分な戦果と言える。

 アベル殿はここで死んではいけない人物だ。どうか無事に戻ってきてほしい。


 だが、願いを嘲笑うかのように更に事態は急変する。映し出される魔域の異常。


「状況は? アベル殿たちはどうした!?」

「だめです。通信も偵察も一切不能。魔域内部と完全に遮断されています」

「データベースにも、該当する事態は確認できません。完全に未知の事態です」

 

 詳細を知ろうにも今まで映し出されていた魔域内部の映像も計測データも全て消え、魔域の外からのものしか映像も計測データも得られなくなっている。


「外部からのデータだけでいい。出来る限り詳細を調べ上げろ。それと・・・、五万年前の事態との関連性も調べよ」


 考え得る上で最も最悪な事態。エリア・マスター討伐による開放。

 ありえない事は判っている。完全に途切れる前まで、エリア・マスターとゲートの双方に異常が無かったことは確認できている。以上の原因でない事は判っているが、それでも、確かめずにいる訳にはいかない。


「駄目です。外部からも一切測定不能。全く情報を集められません」

「該当データなし。今回の出来事は、五万年前のモノとも全く関係ないものと推定されます」


 あげられる情報に司令部のあちこちから悲鳴が上がる。

 無理もないだろう。私とて、許されるのなら絶叫して取り乱している。或いは我先に逃げ出している。

 何も判らず、何もできない時間が過ぎていく。

 勿論、更に状況が動いた時には、最悪の場合には即座に撤退できるように指示を出し、準備も進めているが、それすらも無意味な可能性も高い。

 逃げ出した所でどうなる?

 既に事態は、この国ごと魔物を殲滅してどうにかなるような生易しいレベルにはない。

 本当に人類の、世界の存亡に係わる事態が起きているとしか考えられない。


「イヤ・・・、いやあぁぁぁぁっ」

「もうやだよ。誰か助けてよ・・・」

「終わった・・・、もうどうしようもない・・・」


 司令部のいたるところから、そんな悲鳴や悲嘆の声が上がる。

 無理もない。いや、当然だろう。私自身、


「うろたえるな、状況を見極めよ」


 などと指示を出したが、状況を見極め、最善の判断と行動をしたとしても、最早何の意味もないだろうと感じている。


 そして、己の無力を噛みしめるだけの永遠にも思える時間は、唐突に終わりを告げる。


「っ!?、状況は? 直ちに確認できるだけでも確認せよ」

「魔域内部の異常消失。通信も回復しています」

「竜騎士隊の生存を確認。状況説明と撤退を求めてきています」

「っ!? エリア・マスターとゲートを確認。ケートは沈黙。魔物の排出を止めています」


 報告に思わず耳を疑う。ケートからの魔物の侵攻が止まった?

 まさか、魔域の活性化が終わったとでも?

 そんな都合のいい事が起きたとでも?

 だが、観測されるデータは、集められる情報の全てが終わりが真実だと告げている。


「魔域内の全部隊を撤退命令。撤退後ただちに報告を上げるように通達。後進の部隊は直ちに出撃。残存する魔物を殲滅せよ。アベル殿はどうした?」


 ならば、成すべき事は決まっている。直ちに指示を出し、アベル殿の無事を確認する。


「アベル殿の帰還を確認。ただし、消耗が激しく、期間後すぐに気を失ったとの事で、こちらへの報告は不可能です」


 無事が確認された事に安堵する。

 気を失ったと言うのは心配ではあるが、むしろ当然であろう。魔晶石からの魔力の回復だけでも、既に体が悲鳴を上げていたのは間違いなく、そのような状況で極限を超え戦いを続けられていた事の方が不思議なのだ。


「それは仕方あるまい。アベル殿が気が付かれたら直ちに連絡を、こちらから伺い状況の説明を行う」


 昏睡状態のまま、しばらくは目を覚まさない可能性が高い。

 アベル殿から報告を受けると言うよりも、事後の状況説明を行う事になるだろう。


「状況はいまだに不明のままだ。魔域の活性化が終わったと言う保証もない。各員、気を抜かず状況の確認と警戒を続けよ」


 緊張から解放されて力が抜けている司令部に活を入れる。

 実際に終わった保障などどこにもない。

 気を抜いてしまえば、次の瞬間には更なる異常事態が発生した場合に対応すらできない。

 もっとも、気を張り詰めていた所で何が出来るかは不明ではあるが・・・。

 それ程に、今回の魔域の活性化は異常であった。

 何かがおかしいどころではなく、全てがおかしい。

 

 それでも、本当にこれで終わったのであれば、人類にとって最悪の天災に対して、これ以上ない結果を出せたと言えるだろう。

 最終的な死者が数十万人を超える事は確実とは言え、一般人に被害を出さず、国を捨てることなく終わりを迎える事が出来たのだ。これ以上の成果はない。

 

 無事に帰還した竜騎士から報告があげられ、多くの情報を得る事は出来たが、それでも今回の事態の共鳴は不可能であった。

 魔域の活性化。魔域そのものに、天敵たる魔物の事すらも私たちは何も知らない。

 今回の出来事で痛感させられた。

 結局、そのまま魔域の活性化は終わりを迎え、私たちは無事、祖国を守り切る事に成功したが、自分たちが戦う相手について何一つ知り得ないと言う事実を痛感させられる事となった。

 後にアベル殿より、此方ではなく向こうの世界、魔物を送り込み侵略を続けて来る世界で何か異常があったのではないかとの指摘を受け、今回の出来事の結論とされる事となる。

 考えてみれば当たり前の事ではある。

 戦争はどちらか一方だけの都合で行われるものではない。

 向こう側の世界で何か異常が起きれば、当然こちら側への侵攻にも影響が出る。 

 

 そもそも、何時始まったとも知れない侵略が今も続いている事すら、本来ならばおかしいのだ。

 例えばゴブリンなど、軍の新人研修を含めた掃討戦でいったいどれだけの数が殲滅されている?

 毎年数億匹が討伐され続けているのだ。むしろ、侵略して来る向こう側の世界で絶滅の危機に瀕しない方がおかしいだろう。

 今の状況が、魔物との戦い続ける事が当たり前になってしまっていたが故に、そんな当然の事すらも疑問に思えずにいた。

 魔域とは、魔物とはいったい何なのか?

 侵略を繰り返す向こう側の世界とはいったい?

 何の目的で、何の理由があって侵略を続けているのか?

 私たちは何一つ知らずにいる。何一つ知る術がないと言うのも正しい。

 私たちの世界は、一方的に侵略を受けており、此方から向こうに渡った事などただの一度たりとてないのだから、

 だが、それで良い訳がない。戦い続けるのなら、侵略に屈しないのならば敵の情報は必要不可欠だ。

 何一つ知らないままでは、いずれ致命的な危機を迎えるのは必然。これまで戦い続ける事が出来ていた事の方が不思議なくらいなのだ。

 だか、何か情報を得ようにもその手段がない事も事実。

 例えば、ゲートを抜けて逆に向こう側の世界に辿り着く事が出来たとしても、こちら側に戻れる保証は一切ない。

 いや・・・、情報が無い以上、恐らくはこれまでに幾度となく行われ、全て失敗に終わったのだろう。

 自分たちの置かれている状況を知るための手がかりすら見つからない・・・。

 どうしようもない不安と絶望を残しながら、少なくても今回の脅威は終わりを迎えたのだった・・・。

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