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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第1章 愚者は絶望と言う名の夢を見るのか?
12/60

【1‐12】 幕はまだ下りない


 4月25日。

 日本のとある場所にて。


「たぁ!」


 人の近寄らない山奥の滝壺の傍の巨大な岩の上に少女がいた。

 外見から判断するに年齢は16・7歳であり、高校の制服を着用しているので職業は高校生であろう。

 上半身はカッターシャツだけ着用しており、ブレザーは傍に捨てられていた。

 髪型は三つ編みでないおさげ。

 茶色い髪が特徴的だ。


「はっ!」


 少女の腰には黒を基調としたゴスロリチックな銀装飾がつけられたベルトが装着されており、とても長いので少女の腰を二周半くらいしている。

 しかもそのベルトにはゴスロリチックな装飾がされている銃のホルスターの出来損ないのようなものが二つ程左腰のベルト部分に繋がっており、そこに長さ一メートル程の刀を仕舞う鞘が差されていた。

 靴も黒色の厚さ2cmくらいの厚底レザーブーツでパンクとゴスロリが入り混じったような装飾がされていた。


「てぁっ!」


 剣道に熱心な少女と捉える事ができるかもしれないが、彼女の服装が剣道とはかけ離れすぎて彼女を剣道少女だと捉えることが出来る人間は少ないだろう。

 むしろ、“殺し屋家業の女剣士”のほうが似合うくらいだ。


「……ふぅ」


 少女は左手と右手に持っていた日本の真剣を鞘に仕舞うと肩からぶら下げていたタオルで顔の汗を拭った。

 時刻は昼間で人がめったに近寄らない山奥。

 刑事ドラマで殺人事件の舞台に使われそうなくらいに立派な滝だ。

 土曜日の昼間に高校生の少女が1人で滝つぼにいるなんていうこと自体が異質すぎるのだが、彼女はそういう他人からの目を一々気にするような性格をしているわけではないのでそのことを異質と感じる者は誰一人としていなかった。


「……」


 少女はブレザーを持ち上げると埃や砂を払って左手の人差し指と中指にかけて背中に垂らした。

 そして二メートルも下の地上へと軽く跳躍して降り立つ。

 厚底ブーツじゃ只では済まないような地形なのだが、少女は怪我もせずに麓へと向かって歩き始める。


「……」


 少女は右手でベルトについていた携帯電話専用のホルスターから携帯電話を取り出す。

 そして片手で携帯電話を操作し、とあるインターネットのページを開く。


「……」


 そこは、インターネットの辺境の地。

 誰も見向きもしないくらいに寂れた場所にひっそりと存在する場所。

 この世全ての超能力者の動向が書き記されている場所。



『第17位、異常なし』



「相変わらず、何処から視えてるんだか……」


 少女は忌々しそうに文面を眺める。

 しばらく文面を眺めていたが急に画面が切り替わり、音楽が携帯電話から流れてくる。

 着信だ。


「……」


 少女は少しの間だけ出るべきか悩んだが、やがて小さな溜息をついて電話に出た。


「もしもし」

『御機嫌よう。体調はいかがですかね?』

「セクハラなら他所の女に言って貰いたいんだけど」

『失礼な。社交辞令ですよ』

「黙れ。私達の世界に社交辞令なんてものがあるとでも?」


 少女はイライラしながら電話の相手と話す。


『まぁ社交辞令なんてございませんけどね』

「……用件をさっさと話せ。一体何?」


 ──内容はわかってるくせに、と少女の心に誰かが囁く。


『……わかってるでしょう?』

「うっさい。私はアンタたちのお遊戯(けんりょくあらそい)の駒として働くほど暇じゃないし、駒になるなんてイヤよ」


 少女の口調が徐々に苛立ってくる。


『全く……仮にも貴女の上司なんですけどね、私って』

「だったら上司らしくしろ。あと、用件だけを話せ。アンタと話してるとイライラしてしょうがない」

『やれやれ。まぁ私も忙しいですし要件だけ言ってしまいましょうか』

「……」

『アナタに上から緊急任務が届いています』

「知るか。なんで私が上の為に血塗れにならないといけないのよ」


 少女の歩く速度が少しだけ速まる。

 小石をジャリジャリ踏み鳴らして進んでいく。


『いくら我々とて駒として十分に機能しない玩具を雇い続けるのは不可能なのですが』

「……」

『アナタの正体が世間に露見せず、アナタの世界が保たれ続けているのは我々のおかげでしょう?』

「私の世界なんてとっくに壊れてるわよ。5年前に」

『まぁ、貴女は立っているだけでも十分にパワーバランスを我々にとって良い方に傾けさせてくれる要因なので他の下っ端よりは使い物になるんですがね』

「だったらそれでいいじゃない」

『ダメですよ。たまには動いているところを見せなければいけませんし』


 つまり、デモンストレーションだ。


「……イヤよ。やる気出ない」

『相変わらずですね。自分に関係の無いことには一切の興味も関心も持たないそのスタイル』

「知るか。他人の目に構うなんてこと、もう疲れただけだっての」


 少女は電話の相手のお願いを一方的に断り続ける。

 しかし、電話の相手の機嫌が悪くなることは一切なかった。


『では、やる気が出るような情報を教えいたしましょうか』

「はぁ?」


 少女は怪訝な声で聞き返す。



『貴女の“世界”とやらに残る最後の希望の命が狙われているようですよ』



 少女は歩みを止める。


『貴女がこの世界に足を踏み入れた理由は“あなたの世界を構成する要素の大半が壊されてしまったから”でしたね』

「……」

『復讐の為にこの世界に入った貴女が“残った自分の世界”を大事にしているのはよく理解しています』


 少女の携帯電話を持つ手に力が入る。


『“貴女が貴女でいられる最後の希望”。その者の命を狙っている輩がいるのです』

「…………………………誰?」

『それを知りたいのなら任務、受けてくれますね?』

「言え」

『……受けてくれますね?』

「…………チッ!」


 少女は殺意を込めた舌打ちをする。

 誰に向けたものかは彼女だけが知っていた。


『……ありがとうございます。知恵のリンゴによれば作戦決行日は5月5日だそうです。それまでは足取りが不明確で掴めません』

「……」

『ですので、作戦決行日に襲撃地点に貴女が赴いて直接保護するという形に──』


 バキッ、と音が少女の手元から聞こえた。


「(……餌にするってコト?)」


 少女は怒りに任せて握り潰した携帯電話を重要なチップだけ抜いてその場に捨てる。

 そして少女は再び歩き出す。


「(私に怨みを持つ奴等の計画?それにしては知恵のリンゴに作戦が筒抜けにされているコトを考慮できていない。私を狙った犯行なら上の奴等が私を寄越さずに勝手に対処しやがるハズ)」


 少女は山道に到着する。

 ここからは登山者の通行が多いので人がよく通る場所だ。


「(つまり、私を狙った犯行というよりは“あの人”を狙った犯行?)」


 彼女の記憶の底に眠るあの人は、自分の大切な親友だ。

 自分とは違ってこのような世界に足を踏み入れるようなバカではなかったはずだ、と彼女は考える。


「(あの人に“何らかの価値がある”からあの人の命を狙うということになる。…価値?何の?)」


 少女はバス停の前に立つ。

 人は他に誰もいない。


「(……調べてみる必要はありそうね)」


 少女の決意は誰にも知られること無く少女の底に沈んでいった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ふむ」

「どうしたの?」


 夜、啓介はテレビを見ながら唸った。

 隣で黄色のパジャマに着替えているアリエルは尋ねる。


「いやぁー俺ってホントに変わったんだな、と」


 テレビでは宇宙人やらUMAやらの特番がやっていた。

 こういった特番から超能力という言葉が消えて世界はもう随分と経過した。


「超能力者かぁ」

「……その、御免ね」

「謝らなくていいっての。俺が決めたことなんだし」


 啓介はアリエルを見ずにテレビを見ながら答えた。


「ただ、どうやって生きていくべきなのか迷ってただけだよ」

「……」

「超能力者は世界に少ないっていうことはわかってる」



「そんなことないよ。この世界に超能力者ってザコ含めて1000万はいるし」



「……えっ?」


 今更暴かれた衝撃の真実。


「だからこそ、己の保身や世界征服みたいな野望のために巨大な組織が出来たりしているんだよ?」

「……そういえばそうだな」


 啓介は溜息をついてソファの背にもたれる。

 何かショックだったらしい。


「とは言っても、世界中に数十億もいるうちのたった2千万。異端であることには変わりないと思うけど」

「……だろうな」


 アリエルは微笑む。


「啓介は、異端になってどう思った?」

「別に。ただ、“自称・性格思考以外普通の高校生”っていう看板は降ろさないとなと思っていただけだ」

「これからはどう名乗るの?」

「“他の奴に比べて比較的普通でありたい高校生”でどうよ?」

「ネーミングセンスがないね」


 アリエルは残念そうな目で啓介を見る。


「うるせぇ!」


 啓介はふて腐れて頭をソファの背もたれに置いて視線を天井へと移した。


「まぁ、私はそんな啓介が大好きだからいいんだけどね」


 アリエルの言葉が隣から聞こえてきた。



「……あっそ」



「顔真っ赤だよ」

「やかましぃ!」


 人間を辞めても、目の前に化け物が現われても、命を狙われても。

 日常はそんな簡単には変わらないものなのだ、と啓介は改めて実感したのだった。


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