小さな手のひらの騎士様
その理由は、他でもない――アイレネさんの描いた肖像画のせいである。
一ヶ月前、アイレネさんのアトリエで数日間にわたってモデルを務めた私だが、完成した私の肖像画『夜明けの乙女』は、アイレネさんの圧倒的なブランド力と天才的な画力によって、瞬く間に王都中の話題をさらった。
現在その絵画は、王都で最も由緒ある『ルーメン大聖堂』の回廊に、王立美術院の特別寄贈品として展示されている。
夜明けの光の中で、前を向いて力強く立つ私の姿を描いたその一枚は、「神聖さと生命力に満ち溢れた最高傑作」として、毎日大勢の参拝客や貴族たちが一目見ようと詰めかけているらしい。
(アイレネさんの影響力、マジで恐るべし……! 私はただ座っていただけなのに、なんで私が『聖女』扱いみたいになってるのよ……!)
有名税というやつかもしれないけれど、おかげでお店に「モデルになったお嬢さんを一目見たい」という客が押し寄せ、結果的にハンドメイド商品やカシウスの家具が飛ぶように売れているのだから、文句は言えない。
そういえば――肖像画が完成した翌日のことも、ふと思い出す。
あの時、アイレネさんの特別な計らいで、私たちは王宮で開催された『ゼリュキア公国×ルーメン王国 国賓晩餐会』に招待されたのだった。
アイレネさんはゼリュキア公国の超VIPであり、その「特別ゲスト」として参加した私とカシウス。
最先端の美容液と洗髪液、魔導剃刀でお肌も髪もツルツルモチモチに覚醒した私は、アイレネさんが仕立ててくれた洗練されたドレスを身に纏い、ビシッと最高級の礼服を着こなした超絶イケメン騎士のカシウスを伴って、王宮の絢爛豪華な大ホールへと入場した。
その時の、会場のどよめきといったらなかった。
会場の隅には、かつて私を「無能な落ちこぼれ」「見た目もヒキガエルで冴えない」と蔑み嘲笑っていた、令息や令嬢、そしてその取り巻き貴族たちが勢揃いしていたのだ。
彼らは、華やかな光を放ちながらゼリュキアの VIPとして入場してきた私を見るなり、
『え……ええええっ!? あ、あの女……ルキア・ヴァレリウス……!?』
『ウソでしょ……!? あんなに肌が白くて美しかったか!? 髪も絹みたいにツヤツヤじゃないか……!?』
『なぜ彼女が、あの巨匠アイレネ様の隣に……!?』
と、全員が揃って開いた口が塞がらない顔で、見事にフリーズしていた。
自分の美容(QOB)の成果と、アイレネさんの超絶バックアップによって、自分を捨てた元婚約者や身勝手な家族たちの鼻をあかしてやったあの瞬間――。
(……ふふふ、思い出すだけでも最高にスカッとしたわね……!)
胸のすくような痛快な思い出に、私は心の中でニヤリと悪い笑みを浮かべた。
まあ、あんな奴らのことなんて、今の私にはどうでもいい過去の産物に過ぎないけれど。
私にとって何よりも大切なのは――今、目の前にある「この穏やかな日常」なのだから。
◈
「ルキア様、そろそろお昼の刻限です。一度、お店を閉めましょうか」
カシウスの声で、私はハッと我に返った。
時計を見れば、ちょうど正午を回ったところだった。
午前中の賑わいも一段落し、通りを行き交う人々も昼食のためにパラパラと減り始めている。
「そうね! カシウス、お昼休憩にしましょう!」
「かしこまりました」
カシウスは手際よく入り口のドアへ向かうと、カロン、ガラガラ……と音を立てて、木製の看板を『OPEN』から『CLOSED(準備中)』へとひっくり返した。
静かになった店内に、エアコンの心地よい送風音だけが響く。
「ふぅ〜、今日も午前中からたくさん来てくださいましたね!」
「ええ。ルキア様のチャームも、私の丸椅子も、順調に売れて何よりです」
カシウスがカウンターへ戻ってきて、エプロンを外しながら爽やかに微笑んだ。
「さて、ルキア様。今日のお昼ご飯はどこへ食べに行きましょうか? 近所のブカティーニのお店にするか、それとも角に新しくできた焼き立てパイの専門店へ行ってみますか? ピザという食べ物のお店もできたようですよ」
カシウスが優しく尋ねてくる。
「うふふ、どれも美味しそうね! ……でもね、カシウス。ご飯に行く前に、ちょっとこれを受け取ってほしいの!」
「え……? 私にですか?」
カシウスが首をかしげた。
私は後ろに隠していた両手を前に出し、そっと小さな「それ」をカシウスの大きな手のひらの上に乗せた。
「はい! いつもお店の準備やお仕事、頑張ってくれてありがとうのプレゼントよ!」
「これは……?」
カシウスが手のひらの上のものを見つめ――次の瞬間、思わず「あ……」と声を漏らし、苦笑いを浮かべた。
彼の大きな手の上にちょこんと乗っていたのは――私が昨日の夜、内緒でちくちく手縫いして作った、小さな手のひらサイズの『ミニデフォルメ・カシウス人形』だった!
銀色の真鍮風の布で作った小さな甲冑を身に纏い、つむじにはぴょこんと跳ねた髪の毛。
くりっくりした青い刺繍糸の大きな目と、きりっと結ばれた小さな口元。
頭が大きくて体が小さい、完璧な二頭身の「ゆるふわカシウス」である。
「こ、これは……私ですか……?」
カシウスが自分のミニ人形を指でつつきながら、なんとも言えない複雑で、でも愛おしそうな顔をしている。
「そうよ! 私の自慢の専属騎士であり、お店の最高の共同経営者であるカシウスのミニ人形!」
私は腕を組んで、胸を張って言った。
「カシウスはいつも私のお守りになってくれているでしょ? だから今度は、このミニカシウスがカシウス自身のお守りになってくれればいいなと思って作ったの! 剣の柄か、お財布にでもぶら下げておいてよ!」
「……」
カシウスは言葉を失ったように、小さな人形を見つめていた。
指先で、丁寧に縫い合わされたフェルトの温もりと、私の小さな手縫いの刺繍の跡をそっと撫でる。
彼の耳の先が、ぽっと赤い赤朱色に染まっていくのが分かった。
「……ありがとうございます、ルキア様」
カシウスは、思わず漏れ出たような愛おしい笑みを浮かべると、手のひらの上のミニ人形を、まるで壊れものや宝物を扱うように、両手でそっと胸元に抱きしめた。
「最高のお守りです。……生涯、片刻たりとも手放さず、大切に持ち歩かせていただきます」
その青い瞳には、溢れんばかりの純粋な喜びと感謝、そして私に対する深い愛おしさが宿っていた。
(あ〜……もう、やっぱりこの顔には勝てないわ……!)
胸の奥がキュンと甘く頻脈を起こし、私は顔が熱くなるのを隠すように「さ、さあ! お昼ご飯に行きましょ!」と慌てて立ち上がった。
カシウスが嬉しそうにドアの鍵を開け、私を先に行かせるように優しくエスコートしてくれる。
眩しい昼下がりの太陽が、石畳のカロン通りを温かく照らしていた。
怪物から始まった私の異世界セカンドライフ。
だけど今、私には最高の美容(QOB)と、大好きなハンドメイドの仕事と、快適な古代ドワーフの家電製品、そして何よりも――どこまでも誠実で愛おしい、大切な騎士様が隣にいる。
きっとこれからも、トラブルや予想外の出来事はたくさん起こるだろう。
だけど、この人と一緒なら、どんな毎日だって最高に楽しくて、平和で、幸せなものに変えていける。
「あのお店に行きましょう、カシウス!」
「はい、どこまでもお供いたします、ルキア様!」
いたずらっぽく腕を組む私と、驚いて照れる騎士。笑顔で歩き出す私たちの未来には、どこまでも穏やかで温かな光が満ちあふれていたのだった。




