チャプター4.動揺と悲鳴
ラウンジでリリアとしばらく会話をした後、従業員が『お部屋のご用意が出来ました』と迎えに来た。
案内された個室はさっきまでいたラウンジと比べるとこざっぱりした物で、急拵えなのがおらでもわかった。
だけど、今はそんなことは気にもならねえ。
ラウンジで別れたあの無害そうな少女が"犯人役"であるってのを飲み込み切れていないからだ。
「シアウさん。勘違いじゃないデース?」
壁掛けの簡素な寝床に腰をかけていたフーディが、まず最初に口を開いた。
「まぁ……そう思いたくなるわよね。
私も初めてこの作品を見たときはそんなリアクションだったもん」
衝撃を受けすぎぬようにと気遣ってくれているのか、言葉を選び、ぎこちなく笑うシアウ。
フーディはそれを見て、また項垂れて黙ってしまう。
それを横目に、無理もねえ。と思った。
別れ際に『またお話してくださいね!』と笑っていたリリアの姿が、おらの頭にちらついたからだ。
……でも、それで止まってるわけにもいかねえよな。
「……」
「……」
「そういう配役ってことだべ? 罪を憎んで人を憎まずだ。
誰が悪いってわけじゃねえよ」
二人がまた次の言葉を探している中でおらは口を開いた。
「"ビネガーにリリアが殺されねえようにする"、が最優先ってことでええんだよな」
今は "なんで?" より "どうすべきか" だろうと割り切って。
二人は豆鉄砲でも食らったような顔でおらを見た。
「……う、うん。
この映画が壊されないように、彼女には犯人としての役割をまっとうさせる必要があるわ」
「なら、おらが守りにいったほうが良さそうだな。
表だって引っ付いちまうと、筋書きどおりの事件も起こせねえから……隠れて、だな」
シアウはこくりと頷き。
フーディは「仕事だ、目を背けるな」と、呟いてゆっくりと息を吐く。
そして、少し遅れて快活に笑った。
「確かに、ボクはBIGで目立ちますから。
こっそりボディーガードするならミオさんのほうが適任デスネ!」
「お、調子戻ったか」
「……ハイ、それなりには!」
「……そっか、ならえかったべ。
んで、他に共有しときてえことはあるんかシアウ?」
ビネガーが潜み、いつ来るかもわからない状態。
後手に回らぬように、早く護衛に向かうべきかと思いながらも、シアウに問いかける。
「出来れば全体のプロットを共有したいけど、それは後でもいいかな。
美桜が見張りをしている間にフーディには先に伝えとくから、タイミングを見て美桜にも伝えるわ。
ひとまずは優先するべきは "犯人の保護" ね」
「なんだこれ、パンフレット?」
「誰が何処に泊まってるか、それが載ってるから持ってきたの。
場所わかったほうが動きやすいでしょ」
「天才か?」
シアウは外から持ってきた、この映画のパンフレットを手渡してくる。
中には簡単なあらすじと、列車の見取り図が書いてあった。
───────────────
[先頭側]
↓
① 機関室・運転区画(動力・立入禁止)
② 乗降デッキ(ホームと接続・出入り口)
③ ラウンジ車両(バー・ピアノ・共有空間)
④ 食堂車両(食事・全体交流)
⑤ 客室車両(一般寝台・通路型)
⑥ 上級個室車両(広い寝台・鍵付き区画)
⑦ スタッフ・サービス区画(車掌・裏方・管理)
↓
[後尾側]
───────────────
⑥の上級客室の欄には、誰がどの部屋に泊まってるかまで書いてある。
リリアの部屋は一番⑤寄りらしい。
向かうべき場所を確認していた、おらは違和感に気づく。
「あれ? おら達、七番のとこに部屋ねえか。これ」
「うん、元々は満室の設定だったからね。
私達の部屋をつくるために、従業員の寝室を開けたんだと思う」
「なるほどなぁ。……手間かけてたのか、わりいことしちまったな」
そういや忙しなく廊下を歩く音も聞こえるな。と思いながら、おらは椅子から立ち上がる。
「んじゃ、おらはリリアのとこに行ってくるべ」
「うん。お願いね、美桜。そのあいだに私達もすべきことをしておくわ」
「プロットの把握デスネ!」
「ううん。それもそうなんだけど、まずはプロットを把握させておきたい、"もう一人"と、先に合流しておきたくて」
「WHY? 合流って何方と?」
おらとフーディは同時に首を傾げた。
「この映画の主人公。探偵の──」
それに応えようとしたシアウの声は途中で止まった。……耳に届いたからだ。
従業員が歩き回る音も、列車が揺れる音も、全ての音を切り裂いて。
『──きゃあああああああああぁぁぁーーーーッ!!!!』
空気を凍りつかせる、甲高い悲鳴が。
おらもシアウも一瞬、動きが固まる。
唯一動いていたのは本能に従ったフーディだった。
気づいた時には、もう個室に姿はなく、表のほうから叫び声が聞こえてくる。
「──I’m needed!」
おらは飛び出す前に、個室の入口で一度立ち止まる。
──あの悲鳴はリリアだ。
──ビネガーに襲われちまったのか? 早くいかねえと手遅れに…!
──でも、戦えねえシアウを一人にするわけにも…!
ぐるりと頭を回して、シアウの方を見る。
目線があうと固まっていたシアウは、ハッとして口を開いた。
「私は大丈夫! お願い!」
その一言に、おらはこくりと頷き、個室から勢いよく飛び出した。
通路では『なんだ今の声は!? 何処からだ!』と慌てた従業員の声が、前後から聞こえてくる。
風で加速する訳にもいかなそうだ。と思って通路を駆け抜ける。
「んだぁ!?」
⑦から⑥車両に繋がる扉は、既に開いていた……と言うより壊れていた。
大きな力で吹き飛ばされたであろう鉄の扉が、上級客室の通路に転がっていた。
じ、時間惜しさにフーディがやったな、これ……?
『全く、人が気持ちよく一服としている時に……一体なんの騒ぎだ?』
目と鼻の先、上級客室に入ってすぐの部屋から、客が一人飛び出してくる。
「ちょいとごめんよ! 通らしてもらうべ!」
『うん?』
紫色の髪が目立つ、その客の横をするりと抜けて、おらは先へと進む。
犯人役の少女の、無邪気に笑った顔を思い出しながら、おらは祈るように呟いた。
「間に合ってくれよっ……!!」
『ふむ。……中々、"良い色"じゃないか』




