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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第二部一章:スーノス地区編

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【第九十話 狂信はいずこへ】

 道すがら、ロニアたちは数体の砕獣に遭遇した。

 ひとりでは危険だろうと、ロムレスの肩から飛び降りようとするロニア。

 だが、彼のゴツゴツとした右手がロニアの頭を抑えた。


「ここはいっぺん、俺に任しとき。すぐに終わらせるからよ」


 ロムレスが背負っていたクロスボウを抜いた。

 それは弓というよりも、ミカエルの使う銃に近い。

 無骨な鈍色の銃身にロムレスが触れ、スライドさせた。


 カシャンと軽快な、しかし乾いた音が響く。

 短く、斧にも似た銃身が槍のように伸びた。

 ロムレスが懐をまさぐる。


「あった」と声を漏らし、指を弾く。

 宙に踊る黒いそれ。おそらく魔弾と呼ばれるものだろう。


 落下の勢いに任せ、弾丸を装填。

 キビキビと忙しなく動いていたロムレスが、引き金を引いた。



 パスンッ。

 風船から空気が抜けるような、どこか間の抜けた音。

 

 円柱の被せられた銃身から火花が散る。


 ロニアの視界に映る黒点。

 それが、砕獣の群れを一点に貫いた。

 弾丸が砕獣の硬鎧と摩擦を生み、弾痕は赤熱している。


 ロムレスが一息つくと、銃身を左方向にスライドする。

 細長かったものが、斧のように纏まった。

 くすんだ陽光を受け、刃先がギラリと光る。


「おお……。一網打尽だね」


「だろ。まあ慣れっこよ、砕獣ぐらいはな」


 ロムレスが、まるで食材を切り分けるように砕獣の残骸を両断した。

 都合三回ほど、それを行った。


 籠に放り投げ、雪に覆われた獣道を進む。

 暖かいはずの木漏れ日が、今のロニアにとっては肌寒かった。

 ゆるやかに流れる冷風が、皮膚を引き締める。


 耳たぶがチクチクと痛んでもきた。


 ロニアは片手で耳を揉むように温める。


 ふと、疑問に思った。

 ロムレスは、ロンド家での失敗作である。

 しかし、彼の戦闘力は並のニンゲンを遥かに上回っている。


「おじさん。おじさんってさ、魔法が使えないのになんでそんなに強いの?」


「鍛えたんだよ。死ぬほど。食事も、なにもかもを忘れてな。まあそのせいで、ラティファと喧嘩別れしちまったんだが」


 何でもないように笑うロムレスだったが、終わりにため息が聞こえた。


「魔法が使えなくて、やっぱり虐められたりした?」


 この世界は、やはり魔法至上主義なのだろう。

 十二神徒という、魔法使いの集団。

 世界を統べる、エーテルと魔力という物質。


 ヒトが初めて狩りを始めたように、適応できなければ淘汰される。

 きっと、それは今も。もしかしたら未来でも、同じなのだろう。


「――ああ。そらもう、お前らのオヤジにな」


「えっ、お父様?」


 きっと、ロニアの思う()()()とは少し違う。

 こちらは神のことで、ロムレスが示しているのはロニア・ロンドという肉体の父親。

 

 だが、神がニンゲンだったころに、やはり虐げられていたと語っていたのを思い出す。


 「ああ。ローレンス・ロンド。どうしようもねぇ頑固オヤジだったよ。俺の兄でもあった」


 ロムレスの足取りが重くなった。だが、止まらない。


「お前たちの肉体が生まれてすぐに、赤子ともども消えたんだよ。今もどこにいるかわからねぇ。生き写しが生まれて、せっかくのチャンスだっていうのに」


「でも、帰ってきたんだよね。ボクたち」


「ははっ、そうだな。とりあえず、お帰りとでも言っておこうかぁ?」


 ロムレスがロニアの頭頂部に手を伸ばした。


「あれ、でも母親は?」


「知らねぇ。里帰りでもしたんじゃねぇか? 確か、アーランヤ出身だったらしいな。耳が尖ってたし」


「えぇ!? 長命種だったの!?」


 レサルエ大陸の南部は、熱帯のアーランヤと呼ばれる樹海である。

 主に長命種が住んでいるということだけしかわかっていない。

 

 ただ。ケリドリヒにも長命種がいたのを覚えている。

 ニンゲンにも人種があるのと同じように、長命種にも違いがあるのだろうか。


「今考えると、そういう外部からのエッセンスが必要だったんだなあ。――っと、見えてきたぜ」


 薄暗い森を抜け、陽光が暗所に慣れた瞳をグングンと押し込んだ。

 手のひらで相貌を隠しながら、指の間から景色をのぞき込む。


 ホーラドゥナが街とすれば、あれは村だろう。

 赤レンガの建造物はまばらに見られた。

 特に大きいため、要人の邸宅だろうか。


 「あれは、ヴォルコフ。住人がちったあ癖ありだが、それ以外はいいとこだぜ」


 ロムレスがそう言った途端、狼の遠吠えのような音が聞こえた。

 その方角は、もちろんヴォルコフの方角だった。


「ねえ、本当に大丈夫なの?」


「じきに慣れる。大丈夫だって、俺に任しときな」


 ロムレスが、顎髭を撫でながら哄笑を上げた。


  ─────────◇─────────


 「それで、話ってなんです」


 そう不機嫌そうに呟くローラの眉間には、いつもより皺が寄っていた。

 触れれば今にも、サタンとしての黒炎が焼き尽くしてしまいそうだった。

 

 この部屋は、外の明かりが一切入らず、仄暗いランタンの明かりだけが灯っていた。

 古びた木材の甘い香りが漂うくせに、埃が舞っていた。

 

 照らされている薄カーキ色のテーブルに、白衣がチラついている。

 ヴァレンティノスが、肘を突いていたのだった。


「ええ。よく来ましたね、サタン」


「なるほど。ロンド家ではなく大罪として話がしたいと」


「ええ。さすが、地獄の管理者です」


 赤く光る()()()の双眸。

 呼応するように、()()()()()の黒い目が眼鏡と共に黒く輝いた。


 周囲に、コキュートスを思わせるような冷気が漂う。

 スーノス地区の寒さとは違う。魂の芯から凍えさせるような絶対零度だ。

 

「先輩として、意向が固まりましたよ。私から話せることはただひとつです」


 ヴァニタスが眼鏡を正した。


「――静観せよ」


「……は? 静観って、何をいまさら! お兄様(ルシフェル)もベルフェゴールもいないまま、どうしろと!?」


 サタンが口角を痙攣させ、ヴァニタスに掴みかかる。

 ドレスから黒炎が吹き上がった。


「おやめなさい、サタン。服が伸びます」


「そんなことを気にしていられますか! 地獄の均衡が崩れれば、魂への罰は誰が行うのです! まさか、天界に任せるつもりではありませんよね!?」


 地獄は、悪しき魂を禊ぐ役割を持つ。

 また、サタンは汚れ仕事を受け持っているせいか悪というイメージを付けられていた。

 しかし、それも全て三界の均衡のため。


 必要悪として存在することを受け入れているのだ。


「落ち着きなさい。心配せずとも、大罪の悪魔である限りは必ず帰ってきます。アスモディウスが冷脈期に入ったのと同じです」


「知っていたのですか……!?」


「ええ。本当に、死ななくてよかったです。同僚として」


 大罪は死なない。ニンゲンがいる限り、誘惑を囁く悪しき存在として永久を彷徨うのだ。

 だが、眼前の男は違う。


「……それは、アナタがニンゲンになったから言えるのですか?」


「ははっ、どうでしょうか。憂鬱が亡くなりましたし、そのせいか敏感になっているのでしょうね」


 七つの大罪として語り継がれる遥か昔。

 枢要罪というものがあった。

 ヴァニタスは、そのひとりだったのだ。


 レヴィアタンが生まれ、数字が【八】となったとき。

 地獄の均衡が崩れた。


「ニンゲンになるのも楽ではないですよ。まあ、私は今こうしてエンジョイしていますが」


「アナタにとって、ニンゲンとは何なのですか」


 サタンが、俯きながら言った。

 声色はわずかに震えている。


「ん~? そうですねえ。思ったよりも謙虚でした。もっと自身をアピールしてもいいのに」


「【虚飾】の大罪らしい考えですね」


「かもしれませんが、私思うのですよ。人間はあまりにも勿体ないことをしています」


 ヴァニタスが、眼鏡を外した。

 その瞳は、ランタンのせいか明るく輝いている。


「待っているだけでは、何も始まりません。自身を見せなければ、誰も気づきません。少しぐらい見栄を張ってもいいんですよ」


「……それは、誘惑のおつもりで?」


「まさか。数万年を生きた先輩人間からの、アドバイスです」


「ニンゲンとしては後輩でしょうに」


 サタン。いや、()()()が、皮肉気に笑顔を見せた。

 眉を上げ、ギザギザとした牙のような歯を見せた笑顔だった。


 ふと、隙間風が入り込む。

 ひゅうと囁きながら、冷風がテーブルに置いてあった紙束を吹き飛ばした。


 それに書かれてあったモノを目にしたローラ。

 彼女は、そのルビーのような瞳を大きく見開く。


「なっ……なんですかこれ」


「あっ、やっべ~」


 手のひらを覆う程度の、小さなクロスボウだった。

 だが、それだけではなかった――。

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