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天界を追放された堕天使は、正体を隠して眠りたい  作者: 葱色信号
第一部三章:シトリウスのこどもたち

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【第三十六話 こねずみちゃん】

 跪いていた騎士たちの言う通り、眼前には豪邸が見えた。

 かつてお邪魔したフランカ家よりも大きい。

 特に、庭がだだっ広かった。


 一般家庭の民家が、十軒はゆうに建つだろう広大な庭が、桃色の花で埋め尽くされていた。

 しかし、遠目からだったが、赤黒いものが見えた。そこに、桃色はない。


 あれは、マルベリーだろうか。

 鈍色の何かが見えるが、よく見えない。


 橙色の太陽が沈み、だんだんと空に夜が混じってきた。

 マチィナの歩みが加速する。

 そんな彼女の後姿は、何かに迫られているように見えた。


 ところどころに、ワナにかかった砕獣の死骸が落ちている。

 胴体が真っ二に切断されたものや、頭部が粉砕された個体が疎らに落ちていた。


「ちょっと、スピード上げるです」


 前を見据えたまま、マチィナはそう言った。

 彼女の足元に、緑色の魔方陣が広がった。

 加速の魔法。それはロニアたちをも巻き込んだ。


「ちょっ、節操がないなあ」


 すでに離れてしまったマチィナを、ロニアたちは追いかけた。


 シトリウス家の門は、厳重という言葉ですら、形容できない様相だ。

 五重の格子。

 訪問者がシトリウスの血縁者か、またはそれに由来する人間かを識別する設置型鑑定魔法があった。


 マチィナは、その魔法の中へと潜り込む。

 すると、門ががしゃがしゃと騒がしく音を立てて開いた。

 

 大きな音を立てて、辺りの獣を威嚇する。


 そういう仕組みか。ロニアは、すぐさま理解した。

 秘匿すべきことが多い者ほど、大きな音を立ててそれをひた隠す。


 かえって、甘い秘密を露呈させることを知っていながら。


「この技術……見たことないよ私」


「俺ん家も、こんなのねぇよ。なんだこれ」


「パパが開発したのです。無駄に厳重で、正直メンドクサイのです」


 わかる。ロニアが言って、この空のように暗く、どこか湿気を帯びて淀んだ空気を乾かした。

 どうにも、レヴィアタンの水圧とは違う重さを覚えていた。


 この正体に、天使だった自分は覚えがあったが、思い出せない。

 【なにかヤバイ】という、鳥肌が立つような感覚だった。


 遠目から見たように、シトリウス家の庭は桃色の花で埋め尽くされていた。

 踏んではいけないように、白い煉瓦の歩道がある。


 甘い花々の匂いが、鼻腔をくすぐった。

 

 そこを歩いていると、やはり先ほど見た赤黒いマルベリーが目についた。

 鈍色のそれは、この華やかな雰囲気とは打って変わって、どこか陰鬱としていた。


「……墓?」


 墓という単語を耳にしたマチィナは、びくっと震えた。

 身内に大きな不幸があって、それがトラウマになっている、と考えるのが自然だろう。


 天使は目が利く。

 数千里までも見渡せるのだ。


 だからこそ、それに刻まれた名前を読み上げてしまった。


「サラ・ラグエル・シトリウス?」


「ママなのです。私が生まれた時に、死んじゃったのです」


「あぁ、そうだったんだ。ゴメンね。掘り返しちゃって」


 過去の事なのです。

 マチィナは、ボソっと呟いてから再び歩き出した。


 声が聞こえた。

 屋敷の三階。窓から体を乗り出す、桃髪の、マチィナにも似た女。


「あ~ら!? ()()()()()()()がお出ましよ? 今更何しに戻ってきたのかしら!」


「……ユーノお姉ちゃん」


「そう、あの人が」


 マチィナの、どこか抜けたポンコツマスコットという印象とは真逆だった。

 厭味ったらしい、ただ不愉快な女。

 ロニアが嫌うタイプの人間だ。


 ユーノが、窓から飛び降りて目の前に着地する。

 足音はなかった。

 

 シトリウス騎士協会の人間だと、その身体能力でなんとなく察することができた。

 カレンと身長は近い。なので、ユーノよりもロニアの方が小さい。


「それに、な~んだかパッとしないわねぇ。赤髪の坊やとも、まだつるんでるわけ?」


「関係ないことなのです」


「あるわよ。あなたがシトリウスの看板を背負ってるんだから。いつまでもブルブル怯えて、意味の解らない話し方をして。お姉ちゃんたちが、どれほど苦労しているかわからないわけ?」


 ユーノが、マチィナを責めたてる。

 家柄がどうのこうのという剣幕だと、ロニアは思えなかった。


 【存在の否定】。

 彼女の感情に最も適しているのは、これだろう。


「私はマチィナなのです。お姉ちゃん達は関係ないのです。生きたいように生きるのです」


「……この化物。あんたのせいで、ママが死んだってのに?!」


 やがて、ユーノはマチィナの胸倉に掴みかかった。

 

 衣服に吊られ、まるで処刑間近のようだ。

 流石に、カレンやリウも止めに入ろうと試みた。


 しかし、睨みつけるユーノの眼光は、人間離れしていると感じるほど鋭く尖っていた。

 余所者は邪魔をするな。もがくマチィナを片手に、彼女はそう言った。


「離してなのです……!」


「あんたが死ねば離してやるわ」


 今回はあまり関わりたくなかった。

 煌王朝では、ガラになく動きすぎたから。


 ならば、目の前で友人が痛めつけられているのを静観しろと言われれば。


 答えはノーだ。

 

 カレンも。セスも。リウも。

 みんなが悲しむ。


 悲しみというのはあまりにも痛く突き刺さるのだ。

 

 ロニアの脚を阻む鎖が、また現れた。

 自分らしくないことをするたびに現れるこいつらの正体を、やっと理解した。


 天使だったころの、トラウマだ。

 何があったかは覚えていない。


 ただ、『何もするな』という呪いだけが残っている。

 だから、これは試練だ。

 喉元のチョーカー、試練の鍵も応えるように発光している。


「あの。客人を放っておくのがシトリウスなんですか?」


「はあ? 何よこのガキ」


「ボクから見たら、アナタの方がよっぽどガキですけど。みっともないことをしないでください。だから――」


 【その子を離せ】。

 

 重々しく響く声。草花を揺らし、いくらかは散った。

 いくら傲岸不遜に振る舞っていようと、ユーノはこの恐怖に抗えなかった。


 圧倒的上位者。逆らってはいけない捕食者。

 彼女にとって、ロニアはそう映った。


 震える手から、マチィナは解放され落ちていく。

 幸い、カレンとリウにより受け止められた。


「何よ、あんたは……。何もんなの?」


「誰だって構いませんよ。けど、アナタは仮にも貴族だというのに礼節を知らないんですね。マチィナの方が、よっぽど優れていますよ」


「ほざけ……!」


 佩いていた騎士剣に、手をかけるユーノ。

 きらりと輝く蒼魔石が、その剣が杖の代わりでもあると語っていた。


「ふぅん、手厚い歓迎だね。マチィナ。先に行ってな。ウェルカムドリンクを受け取んないとね」


 指を鳴らし、背後に微小ながら赤魔方陣を展開する。

 もちろん、無詠唱。


 多少、力の誇示をした方が良い。

 そうでなければ、こう言った人間はどこまでもつけあがる。


「……ロニアくん。手荒なことはしないでね」


「任せて。マチィナも、それは望んでいないでしょ?」


「はいなのです。腐っても錆びても、あいつはお姉ちゃんの一人なのです」


 空間がねじ曲がるほどの圧。

 このユーノとかいう人間は、かつてレヴィアタンに飲み込まれた教師クロウルと並ぶほど嫌悪感がある。


 マチィナたちが無事に帰宅を済ませたのを確認すると、ロニアは一層圧を強めた。


 「さて、一体何を振る舞ってくれるのかな? 斜めに斬りかかるか。それとも、斬撃に見せかけた風魔法か」


 「なんで……私の思考を……!」


 「単純なんです。アナタたちみたいな人種は。ただ一方的で、面白みがない。お客様を退屈させる気ですか?」


 ユーノが抜刀。ロニアは、薄ら笑いを浮かべている。


 「マチィナに対して謝罪してくれたら、今すぐにでもボクはこいつを収めますよ。どちらにせよ、死にはしません」


 「くっ……!」


 レンガを蹴り、ユーノは間合いを詰めた。

 なんと、生身の人間に向けての斬撃。


 騎士ではあり得ぬ行動。

 けれど、それもロニアの前でこそ、大目に見られるのだ。


 確かに、ユーノは斬撃を与えたはずだ。

 しかし、蜂蜜の荒波に押し返されているような抵抗感。


 刀身が動かない。白い膜に阻まれていた。


「どうしましたか? ウェルカムドリンクにしては、随分薄味ですね。あっ、わかった」


 これからメインディッシュなんですね?


 あえて、プライドを逆撫でするようなことを言ってみる。

 やはり思った通りだ。

 

 彼女は激昂し、もはや剣とは呼べないような作法で、ロニアに斬りかかった。


 けれど、やはり無意味。


「じゃ、次はボクの番かな」


 言って、魔方陣を拡大する。

 赤い魔方陣が、次第に白く染まっていった。


「ウソ、白魔法……!? なんであんたが!」


「誰でもいいでしょ。けど大丈夫です。死にはしませんし、痛くないです」


 放て。そう念じたとたん。


「いい加減になさいユーノ! そこのあなたも、乱暴ごとは他所でやりなさいな!」


 身体的特徴から見て、マチィナたちの姉。話に聞く、騎士協会団長。

 アレサだった。騎士鎧に、蒼いマントを羽織っていた。


「失礼。マチィナの友人、ロニア・ロンドっていいます。彼女があまりにも度が過ぎていたので、口論になってしまいました」


「そう。ねずみちゃんの。代わりに怒ってくれたのね。ありがとう。でも、白魔法はおやめなさいな」


 肝に銘じます。ロニアはわざとらしく頭を掻いた。

 アレサは眉間に皺をよせ、ユーノの方へ視線を注いだ。


「ユーノ。あなたには失望していました。ねずみちゃんだけに飽き足らず、客人にも危害を加えようとしていたのね」


「違う、私は」


「言い訳無用。この子が見ていたから」


 鳥型砕獣が、アレサの肩に止まった。

 その眼は、ぎゅるぎゅると回転し、光の壁として一部始終を映し出した。

 ユーノは沈黙し、目を伏せる。


「しばらく謹慎。いいわね?」


 無言で頷いたユーノ。

 さて、とロニアに振り向いたアレサ。


「見苦しいところを見せたわね。ごめんなさい。私は、ただアレサと呼んで。夜も近づいてきたし、入りましょうか」


 ようこそ。シトリウス家へ。

 彼女がそう言って、屋敷の重い扉を開いた。

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