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【第二話 静けさにさよならを】

 しくじった。


 あの時、調子に乗って天使形態になんてならなければ良かった。相手もロニアも、同じクリスタリア魔術学院の生徒であるため、きっと、捜索活動が始まっているだろう。


 ゴシップというのは、人間が好むことだから。


 ロニアの苦手とすること。それは、静けさを乱されることだ。だからこそ、正体がバレるのは避けたい。だが白魔法をあの時使っていた。白いからよく目立つ。特に、あの暗いダンジョンであれば猶更だ。


「どうしたんだロニア。今日は一段と怠慢に見えるな」


 セスだ。相変わらず毒舌である。


「……ダンジョン攻略を押し付けたのは誰ですか」


「おっと、そうだな。だが、砕獣のサンプルが届いていないぞ」


 ロニアにしては珍しく、声を上げた。忘れていた。

 顔は割れていないにせよ、体系や髪色で絞り込むことはできるだろうが、できるだけ早く自身の足跡を消したかった。

 白髪や、小柄な生徒はこの学院にごまんといる。それでも、不安感はぬぐえなかった。


「なんだよびっくりするなぁ。忘れていただと? ロニアらしくないな」


「ボクだって、うっかりすることもありますし、それに……」


「それに?」


「……人型の砕獣がいました」


「やはりな。私が遭遇したのと、同個体だろう。交戦したのだろうが、よく逃げ帰ったな」


「いや倒しましたけど」


「そうだな。いくら君と言えど、戦うのは……って倒した!?」


 思わず、持っていたカップを落としてしまったセス。

 耐久性に優れているのか、それは割れずに中の液体をぶちまけた。


「こう、魔法で作った剣でずばぁっと」


「今しがた、あの人型砕獣が如何に脅威であるかを説明しようとしたのに。まるで道化じゃないか私。というか、倒したのならどうして尚更サンプルを寄越さない?」


 セスは訝しんでいる。あまりにも不自然だからだ。

 人型砕獣を倒したのなら、サンプルの回収も容易なはずである。忘れるということなど、あるはずがないと。


「うちの生徒が、襲われてたんです。助けはしましたが、なにぶん人付き合いが苦手なもので。つい、逃げ帰っちゃって……」


「……そうか。君が我が校に来てもうすぐ二ヶ月経つが、友達はまだできていないんだな」


「必要ありませんから」


 目を逸らし言ったロニア。

 その表情は、どこか寂しげにも見えた。


 ドンドンと、力強くドアを叩かれる音がした。

 セスが応対すると席を立ち上がる。

 脚の容態は、問題ないようだ。


「あ、あの! 砕獣学のセス・アダマンティア先生ですよね!?」


 セスがドアノブに触れる前に、勢いよく開いて顔面に直撃した。鼻血が垂れている。茶髪の、三つ編みの少女が現れた。丸メガネが似合うので、優等生に見えた。


「そうだが。次に君が受講する時は覚悟するんだな」


「わわぁっ! ごめんなさいっ!」


 ロニアは硬直する。なぜなら、この声に聞き覚えがあったからだ。

 それも、昨日という最近というにはあまりにもすぐに。

 あの時の声だ。


 冷や汗が滲む。まさか、こんなにも早く再会してしまうとは思わなかった。彼女が、こちらに気づくことの無いよう、ただ願う。天使が願うというのも変な話だと、ロニアは自嘲した。


「して、何の用だ?」


「えっと、ダンジョンで私、奇妙なものを見たんです。砕獣に詳しい先生なら、きっと何か知ってると思って」


「人型砕獣だろう。私も、そいつに出会った。厄介なものだ、私としたことが、敗走を強いられたのだからな」


「ですが、誰かに助けられたんです。うちの制服でしたけど。翼? みたいなのも生えてました」


 ロニアが僅かに震えた。どこまで見られたか、検討が付かない。顔は見せていないから、そう考えることで平静を装うことにした。


「翼ねぇ。この学校は、人族しか受け入れてないからなぁ。幻覚じゃないか?」


「でも、私確かに見たんです! 背丈は───」


 言って、彼女はロニアに視線を注いだ。

 錆び付いた絡繰のように、ゆっくりと目を逸らす。


「そう、この人みたいに。ねぇ君、名前は?」


 万事休す。変に誤魔化せば、セスに天使だということが露呈する。却って正直に言ってしまえば、今度は彼女に付きまとわれるかもしれない。


 (クソっ、どうすれば!)


 心の中で悪態をつく。

 やっぱり、面倒な事をしなければよかった。

 だが、閃いた。セスは、ロニアが人付き合いが苦手なことを知っている。それを利用すればいいのだ。


 (頼む、気づいてくれ! )


 横目で視線を送る。彼女が気づいたのか、微笑した。


「彼はロニア・ロンド。人付き合いが苦手でな。私が面倒を見ているぐらいで、他に縁のある人はいない」


 ロニアは何も言わずにただ頷いた。そうだ、これでいい。

 発声しなくてもいいし、説明はセスがしてくれる。


「ロニアくんね。よろしく。私はカレン・フランカ・クリスティーナ。カレンって呼んで」


 言って、カレンは手を差し出した。

 だが、ロニアはその意図を掴めてはいないようだった。

 ただ、その手をぼうっと見つめている。


「もしかして、握手を知らんのか?」


「あくしゅ……ああ、病原菌を交換し合う、あれ」


「ひどい言い草だな……。いいか、友好関係を結ぶ時は、こうやって握手するんだ」


 セスが、代わりにカレンの手を握った。


「これは、縁の始まり。時に、生涯の友と出会うかもしれない。この儀式を、怠るなよ」


 またしても、無言で頷く。

 改めてよろしくと、カレンは微笑みながら手を差し伸べてきた。ロニアは、先程見たようにその手を握る。心が、春の花園のような暖かさで満たされた。


「ロニア君の手、柔らかくて温かいね」


「う、うん」


 か細く、小さな声ではあったが、初めてカレンの前で声を出した。なんだか面映ゆくて、彼女の顔を見ることが出来ない。|()()()()()だろうか、セスは何かを察して、ふてぶてしく笑っている。


「そういえば、要件はもうひとつあるんです」


「ほう?」


「セス先生に、砕獣研究クラブの顧問になって頂きたいなと」


 話を聞くに、一週間に一度ダンジョンへと潜り、砕獣を狩猟して生態を研究するクラブだそうだ。聞こえは面白そうだが、一年の終わりに調査レポートの発表があると聞いて、ロニアは興味を失った。どうも、レポートというのに強い抵抗感がある。


「ふむ、興味深いが、条件があるな」


「なんでしょう?」


「新メンバーとして、ロニアを加入させる。そうでなければ、私は固辞する」


「はあっ!?」


 天界にいた頃も含めて、最も大きい声量だった。喉が痛む。

 ロニアは、セスの思考が理解できずにいた。人付き合いが苦手だと知っているのに、いきなりどうしてこんな胡散臭いクラブに参加させようというのだ。セスだけが、ロニアが交友できる唯一の人間だったが、今それが揺らぎそうだった。


「ロニア。君は、もっとたくさんの人と関わるべきだ。私だけじゃない。同年代の子と縁を持ち、助け合える仲間を作るんだ。どちらにせよ、私は君たちよりも先に死ぬからな」


「そんな滅茶苦茶な──っ!!」

 

「ん、この声……?」


 カレンが眼鏡の奥で目を細め、ロニアをじっと見つめる。 背丈、雰囲気。そして今発した声色。 カレンは探偵のようにロニアの顔を覗き込んだ。


「ねえ、ロニアくん。昨日の放課後、どこにいた?」


「……寝てたよ。ずっと」


 ああ、やっぱり苦手だ。平坦な毎日でよかったのに。


「ふうん」


「何さ」


「別にっ。気のせいだったかも」


 カレンは確信を持ったように、だが証拠はないといった顔で相槌を打った。

 そして、セスに向き直った。


「先生、条件飲みます。ロニアくんも入部決定です」


「なっ、ボクは入るなんて一言も……!」


「入るの。だって私、君のこともっと知りたいから」


「ボクを?どうして。面白くないよ」


「なんだか、私たち似てる感じがするから」


 似てる。どこが。心の中で叫んだ。詮索もされているし、いよいよ平穏が崩れていく。

 カンベンしてよ。ロニアがそうつぶやいたが、聞こえているだろうか。

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