ep.15『兄者』⑫
凄之の突きとぶつかり合う、ヴォルガーの『頭突き』
これでダメージを相殺、とはいかなかったが、凄之の拳にも相当のダメージを与えた。
この攻防を経ても、二人の追撃は速い。
お互いに拳を繰り出し、それは交差する。
そして、お互いの頬を殴り抜いた。
「「ぐぁ……ッッッ!!」」
気を抜けば両者共に吹き飛ばされかねない程の衝撃。
このまま互いにダメージを蓄積していくのは避けたい。状況を変えたい。
その考えはどちらにもあったが、仕掛けたのは凄之が速かった。
「フンッッ!!!」
凄之の足は石畳を僅かに削った。
理外のスピードで摩擦された石畳は瞬く間に土煙を起こす。
「ッ!!」
他愛ない目潰しだが、一瞬ヴォルガーの気を反らすことには成功してしまった。
その一瞬で、ヴォルガーの首にはロックがかけられる。
凄之の足だ。
目潰しの一瞬で逆立ちになった凄之が、ヴォルガーの首を両足で捕らえたのだ。
逃れる間もなく、ヴォルガーの首は凄之の両足に引っ張られる。前方に倒れるような形で。
「く……っ!!!」
今更言及することでもないが、凄之の膂力は凄まじい。
超重量を誇るヴォルガーの巨体を投げるという行動が、そもそも常人には不可能である。
それを凄之は逆立ちの状態で、脚の筋肉を以て実行してしまう。
気がつけば、ヴォルガーの頭は重力に引っ張られている。
落下するまでの僅かな時間でこのロックから逃れることはできない、とヴォルガーには理解できる。
今出来る最善の対処は、この攻撃によるダメージを最小限に留めることだ。
首はガッチリロックされていても、両腕はフリー。
地上に墜ちるその瞬間に、ヴォルガーは両手を突いて衝撃に抗う。
ただ、ここで下手に力を入れすぎると、腕の方が衝撃に負けて壊れてしまう。
役割はあくまでもクッション、衝撃の分散だ。
ヴォルガーは首が墜落するその前に両掌を地面に突き、受け止める。
凄之の技による墜落は、自然落下とは比べものにならない威力だ。
しかしヴォルガーは間接を柔軟に曲げ、電流のように走るその破壊力を最大限受け流していく。
続いて接地する、脳天。
脳味噌を揺さぶられるような感覚に続いて、首の骨、その神経まで麻痺させてしまうような強いショック。
だが……ヴォルガーは耐えられた。
確かに技の威力は極めて高い。
それでも、ラピアの魔道具によって万全の状態にまで回復したヴォルガーであれば、すぐに体勢を整えられる。
着地と同時にロックから逃れたヴォルガーは立ち上がり、その顔面スレスレを凄之の脚が掠める。
すぐに体勢を整えたのは、技を仕掛けた凄之の側も同じであった。
しかし、技をかけるタイミングがズレた。
自らの攻撃を受けたヴォルガーが立ち上がるまでのラグ。それが凄之の予想を超えて短かったのだ。
蹴りを外し、凄之が片脚立ちの不安定になる僅かな機会。
そこにヴォルガーは、すかさずローキックを食らわせた。
それも、薙払うような蹴りではない。
踏みつけ、膝間接を破壊するような蹴りだ。
「く……っ!!」
この攻撃のダメージは、ヴォルガーの攻撃力と凄之の耐久性の単純な比較ではない。
凄之の脚にはまだ、第一ラウンドでヴォルガーに極められたダメージが残っている。
ヴォルガーの狙いは無論、更なるダメージの蓄積であった。
脚は強力な武器であるが故に、致命的なウィークポイントとなりうる。
この第二ラウンド開始時にあった余力の差……その差を活かし、広げるにはこの作戦がベストであった。
しかし、ヴォルガーの威力の割に凄之の体幹はブレない。
素人が見れば、ヴォルガーの作戦が外れたのだと誤解しそうな程に凄之の体勢は安定している。
安定しているがしかし、その実ここからの反撃は困難であった。
凄之は右脚の攻撃を外し、左脚にダメージを積み、このままではヴォルガーの追撃は免れない。
これを挽回した凄之の行動は、実にアクロバットであった。
右脚の攻撃を外した姿勢のまま、打撃を受けた左膝をバネに……飛び上がった。
「!!??」
そして、返す脚で食らわせる二連撃のソバットは、見事ヴォルガーの頭を捉えた。
無理な姿勢からの攻撃だ。威力は十分とはいえない。
しかし、体制を整え直すという主目的は十分に果たした。
また、ヴォルガーと凄之は真正面からぶつかり合う形となった。
……言うまでもないことだが、いくら体勢をリセットしても何もかもが試合開始と同じになるわけではない。
ヴォルガーは、凄之と拳を交わす度に理解してしまう。
自分が第一ラウンドから与え続けていたダメージが、どれだけ凄之のコンディションに影響を及ぼしているのか。
動き、反射、技のキレ……全てが鈍った状態で、この第二ラウンドは始まった。
ラピアの魔道具によって最高のコンディションを得たヴォルガーには、凄之がどれだけ大きなハンデを背負っているのかが手に取るようにわかった。
凄之の内臓に、筋肉に、骨に、ヴォルガーの与え続けたダメージが残っている。
凄之が魔王軍についた以上、それは人類にとって喜ばしいことに違いない。
頭ではわかっていても、ヴォルガーは素直に受け入れることができなかった。
もしもイーブンの条件であれば、兄者はもっと強いはずなのに、と。
命を賭けた真剣勝負において、ヴォルガーにそのような考えがよぎることは初めてであった。
そして、凄之の側が大きなハンデを背負ったこの戦いにおいて、負傷した脚に更なるダメージを蓄積する……ハンデをより大きく広げる作戦は覿面に効果があった。
脚技だけではない。あらゆる攻撃において、脚こそが軸となる。
凄之の軸に生じたブレは、素人であれば見破るのが困難なほど小さなものかもしれない。
しかし、最高の状態でこのラウンドを始めたヴォルガーの目には、極めて大きな差として映り続けている。




