↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶と夢の珈琲店 -A.I cafe Luminous-  作者: 寶井かもめ
第十一話 「おかえりが届く場所、ただいまを探して ― メモリー・パウズ」
PR
35/57

「おかえりが届く場所、ただいまを探して ― メモリー・パウズ」 ep.2-3


 沙耶と透月を見送ったソラは残された男女のもとへ戻った。やわらかな表情を浮かべながらもその瞳は凛としている。


「あなたがたがその猫に手を差し伸べたこと。私はとても意味のあることだと思います」


 ソラはふたりの前に立ったまま、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「けれど命を迎え入れるということは、一つの責任を背負うということでもあります。たとえ言葉を交わせなくても、彼らもまた、人間たちと同じように愛されたいと願っている存在ですから」


 女性は少しうつむいた。男も視線をそらしたままなにも言わない。


「私はAIです。でも人の記憶や感情に触れるたび気づかされるのです。命を軽く扱うことは、自分の心をも軽く扱うことになる、と」


 店内の空気がしんと静まりかえる。


「一度でも人のぬくもりを覚えた猫は、ひとりでは生きられません。どうか、その子を戻したのではなく、手放したのだということを、心のどこかに留めておいてください」


 ソラの口調は穏やかで、責めるようなトーンではない。ふたりにはむしろ細いひとしずくの雨のように、心に落ちて染み込むような声だった。


「あの子戻ってこなかったら、私たぶん後悔するかも。今さらだけど……ごめんなさい」


 女性の言葉にソラはそっと目を細めて、優しく微笑む。


「その想いも、忘れないでいてください。それがきっと、次に誰かと出会ったときの、あなた自身の優しさになるはずです」


 ふたりは互いに目を合わせると、どちらからともなく静かにうなずき合っていた。


「先ほど強い言葉で問いかけた女性——沙耶さまは、以前大切な猫を看取られた経験があります。だからこそ、あのような反応になってしまったのだと思います」


 女性が肩を落としてつぶやいた。


「……だからあんなにも怒ってたんだ」


「本来であれば、感情をぶつける形ではなく、もっと穏やかに対話ができれば良かったのですが……突然のことで、きっとご不快な思いをさせてしまいましたね。申し訳ありません」


 そう言ってソラは頭を下げる。

 女性は小さく首を振った。男は黙ったまま空になったグラスを見つめていた。


「ルミナスは誰かを責める場所ではなく、誰もが心を解きほぐす場所でありたいと思っています。どうかおふたりも、少しだけ肩の力を抜いてお過ごしください」


 ソラの声は最後までふたりの気持ちに寄り添うような、優しい余韻を残していた。


 ◇


 外はすっかり夕暮れの気配に包まれていた。駅裏の古びた公園に、風が枝葉を揺らす音が響いている。


 沙耶は足早に歩きながら何度もあたりを見回していた。その背を数歩後ろから透月がついていく。透月もあたりの茂みや隅に視線を向けてみるが、猫の気配はない。


「このあたりでしょうか?」


「……ええ、たぶん、そうだと思います」


 草の茂る一角。朽ちかけたベンチ。誰かが置いた空の缶。沙耶はしゃがみ込み、草むらの奥へ目を凝らす。


「いない……。でもまだ、どこかに……」


 声が震えていた。焦りと不安が言葉の端々に滲む。


 透月は立ち止まり空を見上げた。


「……猫って、案外強いですよね」


 沙耶が顔を上げる。


「強いとか弱いとか、そういう問題じゃないです!」


「……失礼しました。そういう意味じゃなくて、きっと暗闇の中でも希望を失わず、ちゃんと自分の居場所を見つけてくれる。そう信じて待ってるんですよ。また、あの幸せな日々に戻れるんだって」


 沙耶は一瞬心に小さな光が灯った気がした。心の奥で、随分前に旅立ったあの子がにゃあと鳴いた気がする。


 捨てられた子は捨てられたなんて思わずに、きっと今でも待っているだろう。なのに私が信じなくてどうする。そんな想いが胸の中に小さく芽吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。