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記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第十一話 「おかえりが届く場所、ただいまを探して ― メモリー・パウズ」
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「おかえりが届く場所、ただいまを探して ― メモリー・パウズ」 ep.2-3

 残された二人のもとへ、ソラがゆっくりと戻ってくる。柔らかな表情を浮かべながらも、その瞳には、静かで確かな光が宿っていた。


「……あなたがたが、その猫に手を差し伸べたこと。私は、とても意味のあることだと思います」


 ソラはそう言って、二人の前に立ったまま、穏やかに言葉を紡ぐ。


「けれど、命を迎え入れるということは、一つの責任を背負うということでもあります。たとえ言葉を交わせなくても、彼らもまた、人間たちと同じように、愛されたいと願っている存在です」


 女性は少しうつむいた。男も視線をそらし、何も言わなかった。


「私はAIです。けれど、人の記憶や感情に触れるたび、気づかされるのです。命を軽く扱うことは、自分の心をも軽く扱うことになる、と」


 店内の空気が、静かに沈んでいく。


「一度でも、人のぬくもりを覚えた猫は、ひとりでは生きられません。どうか、その子を“戻した”のではなく、“手放した”のだということを、心のどこかに留めておいてください」


 ソラの言葉は決して責めるものではなかった。むしろ、淡く、ひとしずくの雨のように心に落ちる言葉だった。


 女性が小さくつぶやいた。


「ごめんなさい……あの子、戻ってこなかったら……私、たぶん後悔する」


 ソラはそっと目を細め、静かにうなずいた。


「その想いも、忘れないでいてください。それがきっと、次に誰かと出会ったときの、あなた自身の優しさになるはずです」


 二人は、目を合わせたのち、どちらからともなく静かにうなずき合い、小さく肩を落とした。


「先ほど、強い言葉で問いかけた女性——沙耶さまは、以前、大切な猫を看取られた経験があります。だからこそ、あのような反応になってしまったのだと思います」


 ソラの声音は変わらず穏やかだったが、その内には沙耶を気遣う思いが滲んでいた。


「本来であれば、感情をぶつける形ではなく、もっと穏やかに対話ができれば良かったのですが……突然のことで、きっとご不快な思いをさせてしまいましたね。申し訳ありません」


 女性は小さく首を振った。男は黙ったまま、空のグラスを見つめていた。


「ルミナスは、誰かを責める場所ではなく、心を解きほぐす場所でありたいと思っています。どうかお二人とも、少しだけ肩の力を抜いて、お過ごしください」


 その声は、そっと背中を押すような、やさしい余韻を残していた。


 ◇


 外は、すっかり夕暮れの気配に包まれていた。駅裏の古びた公園に、風が枝葉を揺らす音が響いている。


 沙耶は足早に歩きながら、何度もあたりを見回していた。その背を数歩後ろから、透月が静かについていく。


「このあたりでしょうか?」


「……ええ、たぶん、そうだと思います」


 草の茂る一角。朽ちかけたベンチ。誰かが置いた空の缶。猫の気配は、まだない。


 沙耶はしゃがみ込み、草むらの中に目を凝らす。


「……いない……。まだ、どこかに……」


 その声が震えていた。焦りと不安が、言葉の端々に滲む。


 透月は立ち止まり、空を見上げた。


「……猫って、案外強いですよ」


 沙耶が顔を上げる。


「強いとか弱いとか、そういう問題じゃないです!」


「失礼しました。そういう意味じゃなくて、きっと暗闇の中でも、希望を失わず、ちゃんと自分の居場所を見つけてくれる……そう信じて、待ってるんですよ。また、あの幸せな日々に戻れるんだって」


 沙耶の瞳に、微かに光が差した。まるで、閉ざされていた心に、小さな希望の灯がともったかのように。心の奥で、もう一度信じてみようという想いが、静かに芽吹いていた。

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