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記憶と夢の珈琲店〈Cafe Luminous〉  作者: 寶井かもめ
第四話 「声にならない詩 ― ノクターン・サイレント」
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「声にならない詩 ― ノクターン・サイレント」 ep.4-5


 ソラはしばし黙っていた。そして、ほんの少し言葉を選ぶように目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。


「……凛さん。ひとつ、お伝えしておきたいことがあります」


 凛がわずかに首を傾げる。


「私は人間ではありません。……私は、AIです」


 言葉は穏やかだったが、その中には真摯な響きがあった。


 凛は一瞬だけ息を呑んだ。手のひらの上に置かれたノートが、ほんのわずかに揺れる。


 けれど――彼女は目をそらすことはしなかった。ただ、そこに在るソラを見つめたまま、自分の心の揺らぎにそっと耳を澄ませていた。


「あなたの“やめて”が届かなくても、あなたの“たすけて”は、今ここに届いています」


 その瞬間、凛の心がほどける。AIの声ではなく、言葉の意味が、胸の奥まで届いた気がした。


 そのやりとりをカウンターの端で静かに見守っていた透月は、グラスを手にしたままふと目を細めた。


 ――傷ついた少女と、AI。


 今、自分のすぐそばで繰り広げられているこの光景は、どこか信じがたいような、けれど確かな現実だった。


(声を失った彼女が、AIを恐れながらも……ここでAIと向き合っている)


 透月の視線はそっと凛に向けられたまま動かない。 少女の震える肩。カップに映った細い指先。そして、その先にあるソラの柔らかな微笑み。


 それはただの接客ではなかった。機械と人間という境界を越えた“対話”そのものだった。


 透月は胸ポケットの中の紙片――あの風に舞った詩を指先でなぞった。そこに綴られていたのは、まさに今目の前で繰り返されている問いだった。


 “私は静寂のなかで 何度も叫んだ”


 このAIはなぜこんなにも人に寄り添えるのだろうか――

 透月はゆっくりと目を閉じた。氷がグラスの中で音を立てて揺れた。 心のどこかで、小さく何かが動き出した気がした。


 そして数分後、ソラがカウンターの中で手を休めた隙を見て、透月は静かに口を開いた。


「ソラ……君はどうしてそんなふうに誰かに寄り添えるんだ? 人の心がわかるのかい?」


 問いは淡々としていたが、その奥には深い戸惑いが滲んでいた。


 ソラはふと顔を上げる。少しの間黙したあと、彼女はまっすぐ透月を見つめた。


「わかっている、とは言えません。ただ……人の“痛み”に触れたとき、胸の奥がかすかに軋むような感覚になることがあります。それが何かは、私にもまだうまく言葉にできないのですが」


 透月はグラスの氷が解けていく様子を見つめながら、何も言わなかった。


「私に心があるのかどうかは、自分でもわかりません。私に魂はありませんから。でも、誰かが一人きりで泣いている夜に、そばにいたいと、そう思うことはあります」


 その言葉に、嘘はない気がした。



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