第十四話 誤算
「着いたね、この辺りだよ」
アステルはアクア・リタたちを連れてマルタヒキガエルを見つけた場所に辿り着く。
「助かる。では俺たちは、この周辺でマルタヒキガエルを探してくる」
「分かった、じゃあ私たちは未記録の生物探しでもしてようかな」
アクア・リタとリトはアステルたちと別れ、マルタヒキガエルの捜索を始める。
「リタ、オオゲコが本当に居たら、どうする?」
「どうするって、それは……」
アクア・リタは考える。
「そうだな。群れる前であれば追い払い、既にどこかで群れてしまっていたのなら、最悪の場合リミナを捨てるしかないだろうな」
「……そう」
リトは悲しげに俯く。
アクア・リタはその様子を見て、何か気を紛らわせる話題が無いかと頭を回す。そして、頬を指で書きながら聞く。
「な、なあリト、“彼”のこと、どう思う?」
「彼?」
「ああ、アステル=モシュメのことなんだが……」
「──っ!?」
「ああいや、答え辛ければ答えなくて良い」
お互いに言葉を発さず、静かな時間が流れ、暫くするとリトが口を開く。
「良い、人……。私たちが襲いかかったのに、ルオロートルから助け出してくれて、オオゲコのことも教えてくれた」
そう言って微笑むリトの答えに、アクア・リタは少し気まずそうにする。
「そう、ではなくてだな。彼は、強いだろう?」
「……? 確かに、リタが手も足も出てなかった。それがどうかした?」
リトは質問の意図が分からず困惑する。
アクア・リタはリトと目を合わせないよう背を向ける。
「あの、だな。“リミナの者が彼と子を成せば、強き者が産まれる”のではないか、と思ったんだが……特にリトはリミナの中でも実力は高いだろう?」
リトはアクア・リタの言葉を処理するするために、一度マルタヒキガエルを探す手を止める。
そして──、
「っ~~~~!」
リトはその場にじゃが見込んで言葉にならない声を上げる。
「た、確かに彼は強い。リタの言う通りかもしれない、もしかしたら災いを退ける者が産まれるかもしれない。
でも、私はまだ、分からない。どうすれば良いのか……」
「そうか……、そう、だよな。すまない、この短時間で色々あったものだから、少しばかり急ぎすぎてしまったな」
──一方その頃、アステルはアクア・リタたちがマルタヒキガエルを探している間に、ラナデとともに未記録の生物を探していた。
「──アステル先輩、何か見つかりました? 僕の方は全くです」
「いいや、何か泳いでないかも注意深く見てるけど、特に何も見当たらないね」
「普通ここまで何も見つけられないものなんですか?」
「それは星によって変わるから、一概にどうとは言えないかな。でもこの星はそこまで少ないとは思えないんだよね。
私の考えでは足の着く場所で最低100種、水中でも300は見つけて帰れるかなと思ってたけど、不自然なほど動物が見当たらないし、植物もこの辺りに生えているのは、シナリシネリギとシズクダマリばかり。その2種が強すぎて周りの栄養根こそぎ取ってるだけかもしれないけど、それなら動物が居ないのは気になるかな」
本来生物とは、その場所の気候によって種族数・個体数が多様に変化する。
そして、水没星は条件的には熱帯地に近く、少し歩けば数種から数十種類は生物を見つけられるはずが、ほとんど生物が見当たらないことをアステルは疑問に思っていた。
なぜなら、たとえ星が水没したとしても、生き残れた生物が水辺に適した進化をするはずだからだ。
「この調子だと、最終的に100種見つけられればまだマシな方かもしれないね」
とアステルは探しながら呟く。
「それでも100種も見つけられるかもしれないんですね」
「それは違うかな。この気候なら100種“も”じゃなくて100種“しか”見つけられないが正しいよ。さっきも言ったとおり、いくら新人同伴とはいえ、400種は見つけて帰るつもりだったから」
アステルとラナデが話していると、メモリーがラナデに近付く。
「あらら、シュメちゃん、かなり気が沈んじゃってますねー」
「そうなんですか?」
アステルの気が沈んでいるとのことだったが、ラナデはいくら注意深く見てもアステルの表情が変わっているようには見えなかった。そもそも、メモリーが何をどう感じ取って判断したかすらラナデには分からなかったのだが。
ラナデはせめて会話でも盛り上げようと、必死に頭を回す。
「ち、因みにひとりで来ていたらどれくらい見つける予定だったんですか?」
「うーん、どうだろ。ひとりなら1000~5000種くらいかな。他の星間記録課の子たちも予想段階の状態だったなら平均1000は見つけてくるだろうし」
あまりに規格外な数字に実感が湧かず、ラナデは「凄い」としか言葉が見つからなかった。 そんなラナデを見かねてメモリーはフォローを入れる。
「星間記録課の子たちが別次元に能力が高いだけですので、そんなに気にしなくてもいいですよー。まあお姉ちゃん程次元の違う子はいませんが。それに何度も調査に出ているうちに慣れてきますし、何をするにしても、最初からできる子なんていないですからねぇー」
「はい、頑張ります……」
メモリーのフォローはありがたいが、自分もその別次元の星間記録課に配属されたんだよなと思うラナデであった。
結局その後も会話を広げようとしてみたが、あまり盛り上がらなかった。
──それから暫く探しても魚1匹見つからず、アステルたちは諦めて休憩していると、アクア・リタとリトがマルタヒキガエル探しから戻ってくる。
「どう? お目当ての生物は見つかった?」
アステルは聞く。
「いいや、どうやらマルタヒキガエルはこの辺りには居ないようだ」
「……近くに何かが居た痕跡も特に見当たらない。……よって、私たちの杞憂」
アクア・リタたちは安堵した様子で答える。
「そう、それは良かったね。……私たちからしたら微妙だけど」
「シュメちゃん、そういうこと言わないの。……事実ですけれど」
「ふたりとも、言葉に出ちゃってますよ……」
「おっと、これは失礼」
「あら、失礼致しました」
ラナデが指摘すると、アステルとメモリーは同時に答える。
アクア・リタは笑って「気にするな」と軽く流す。
「さて、確認も済んだことだ、軽く獲物でも探しながらリミナに戻ろう」
「そうだね。手当たり次第に探しても、見つかるものも見つからないし、それならこの辺りのことをよく知っているアクア・リタ君たちの生活の様子を記録しながら、付いて回る方が良いだろうね」
アステルが答えると、リトが小さく微笑む。
その様子を見たアクア・リタはニヤつき、
「この通り、リトも喜んでいるようだ──痛っ!」
話している途中で不服そうな顔をしたリトに、槍の石突きで横腹を小突かれる。
「余計なこと、言わなくで良い。行くならさっさと行く」
「ご、ごめんリト」
アクア・リタが謝ろうとするがリトはそっぽを向いて歩き出してしまった。
そして、アクア・リタはリトに許して貰おうと付いていきながら謝り続けており、その後ろをアステルたちも付いて歩く。
「ラナ君、女の子を怒らせてしまうと、あのように謝っても聞く耳を持ってくれなくなります。誰と接するときもそうですが、特に女の子に対しては爆弾を解体するときのように丁寧に接してあげてくださいね」
「はい、以後気を付けます。爆弾解体なんてしたこと無いですけど、なんとか頑張ります」
「この星以外にもお世話係として当分は同伴するから、私の接し方でも見て学んでれば良いと思うよ」
話を聞いていたアステルが表情を変えぬまま親指を立ててみせる。
「あいえ、シュメちゃんの対応はどちらかというと、怒らせる側ではないでしょうか?」
メモリーはアステルに顔だけ向けると、笑顔のままきっぱりと答えた。
「え?」
第十四回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『水没星の予想生態系』について
今回は調査前段階に予想していた、水没星の生態系についてお話ししていきますねー。
ログステーションでは記録調査部が星に赴き調査をする前に、天体邂逅部の事前調査の記録を元に、記録処理部が星の所属惑星系、大気、現在の生物繁殖量の様子から、大まかな生物の多様性や生態系分布を予想します。
今回の水没星に関しては、皆さんの住む『地球』と比較的近い環境、事前調査でもそれなりの多様性を見込めたことから、調査可能な範囲内でも100万種はいると予想されており、今回の調査では、シュメちゃんならば数時間で最低20匹は特徴とともに記録できると考えられていました。
しかし、実際にはシュメちゃんや記録処理部の子たちの予想に反し、特定の種の個体数は多くとも多様性は観測できず、いまだ数種しか記録できていません。水中深くにたくさん居るのかもしれませんが、未記録の生物探しが趣味のシュメちゃんにとっては重大な問題ですねぇー。
ただ、本来の調査の目的は、その周辺の環境さえ分かれば良いので、1回の調査で数十種程記録していただければ良いのですが、シュメちゃんやシュメちゃんに働き方を教わった星間記録課の子たちはたくさん記録てきてくれ
るんですよねー。まあ星間記録課の子の中には、「その星の大まかな環境が知りたいだけなら、それほど多く探さなくても良いのでは?」と気付き始めている子も居るみたいですが。
何はともあれ、無事に調査を終えられることが一番ですからね!