第十一話 リミナ
強い光を浴び、開けなくなったアクア・リタの目が治るまでの間、アステルは壁に着生している苔をまじまじと観察していた。
苔は、1つ1つが黄緑色に発光している中心部の側面を、細長い葉が縦状に沿って集まる作りをしており、鼻が付くほどの近さまで顔を近づけると若干の土臭さがあった。
「なんか……よく見れば見るほど、禿げたおじさんの頭に見えてきた」
アステルは少し考え、「ふふっ」と薄い笑みを作ると記録書を取り出し、苔の名を『ハゲオヤジゴケ』と書き込み記録する。
そして、アステルがハゲオヤジゴケのイラストを描き終えた頃……、
「うう……、す、すまない。もう大丈夫だ、迷惑を掛けたな」
目が光りに刺激されてから暫くの時間が経ち、ようやく少し瞼が開くようになったアクア・リタは、目を擦りながらぱちくりさせる。
「気にしないで、というよりほぼ100%私のせいなんだけどね」
アステルは申し訳なさそうに言うと、手に持っていたライトを少し眺めてバッグにしまう。
「いや、掛かった方が悪いのだ。……では改めて、この先が俺たちの棲み処『リミナ』だ。既に君が来ることは他の者にも先程伝えておいた。付いてきてくれ」
そう言うとアクア・リタは空洞の奥へと歩き出し、アステルもその後を付いて歩く。
道中、アステルは何か居ないか空洞内を見回しながら歩いていたが、発光するハゲオヤジゴケばかりで特に何も見当たらなかった。
そしてアステルたちは、空洞の突き当たりまで来た。
「さあ、ここの水蓋をくぐれば広場につくぞ」
そう言うアクア・リタの視線をたどるように突き当たりの上部を見上げると、地上で見た突起の内面同様、三角形のスポンジ質の物体が円を作り穴を塞いでいた。
アクア・リタは水蓋の隙間に手を入れると、腕の力で体を持ち上げ頭から水蓋を押し上げ入っていく。
「外の突起と同じ材質なら柔らかいはずだけど、何か内側に掴めるものでもあるのかな? ……まあやってみれば分かるか」
アステルはアクア・リタのように腕を上に伸ばし、隙間に手を入れて掴めそうなものがあるか手探りする。
しかし、これといったものは感じれず、アステルが手を手を引っ込めようとすると――、
「あれ?」
水蓋が開いてこず、手が挟まれて出せなくなってしまった。
アステルは無理に引き抜こうとはせず、取り出せなくなった手を見上げて少し考える。
「……あ、そういうことか」
そう呟いたアステルは、腕の力で体を持ち上げる。
そして、アクア・リタと同じように頭で水蓋を押しげると、背中を反らし、倒立回転をするように水蓋をくぐり足をつく。
アステルは体が水蓋をくぐり終えると、姿勢を戻す際に隙間から手を引き抜く。
「何かを掴んでるわけじゃなくて、片側にしか開かないから、手を挟んで体を持ち上げてただけだったのか」
アステルは閉じた水蓋の隙間に手を入れ、再び開こうとする。しかし、
「あれ?」
アステルの考えに反し、水蓋はびくともしなかった。
「この水蓋を開くときは、開きたい蓋の中心を押すんだ」
と、アステルの後ろからアクア・リタが来ると、アステルが掴んいでいる三角形の水蓋の中心を押す。
すると、水蓋はアクア・リタの押す手に対して何の抵抗もなく、すんなりと下に開く。
「すまない。いつも通りに入ってしまったから伝え忘れていたが、すぐに入れたようで何よりだ。それにしても、やはり君はすごいな、何でもすぐに理解してしまう」
「え? そ、そうかな」
唐突に褒められ、アステルはへなへなして頭をかく。
「何をしている?」
アステルとアクア・リタが話していると、後ろから声が掛けられる。
アステルは、その声には僅かながら聞き覚えがあった。アクア・リタとともに行動していたリトだ。
しかし、アステルは水蓋を気にしており振り返ることはせず、記録書を取り出し水蓋のイラストを描き始める。
「聞こえなかった? 私は今、なぜ入ってきて早々水蓋の話しているのか聞いた。それは“この状況”において必要?」
「待て、先程外で出会った者を連れてくるといっただろう。だから──」
アステルはアクア・リタの焦る声音に違和感を感じ、手を止めて振り返ると──、
「だからみんな、槍を下ろしてくれ!」
アクア・リタがアステルを守るように背後に立っており、その奥では青いローブのようなものを身に纏った、数十名は居るであろう槍を構えた群衆がいた。
そして、その群衆の前でリトが右腕を横に出して制止していた。
「──そうはいってもなぁ、リタぁ」
お互い動くに動けず硬直状態に入っていると、槍を構える群衆の中から枯れた声がする。 すると、自身より背の高い槍を地面に付く、リトの腰下ほどの小さな老人が群衆の中から出てくる。
「いくらその者がリトをルオロートルから助け出してくれたとはいえ、“アイタを殺した”者ではないとは言い切れぬ。お前ぇたちもあの者がアイタの槍を持っているところを見たのだろう?」
老人が隣にいるリトを見上げると、
「それは……」
とリトは老人の言葉に沈黙する。
老人はリトの様子を見てため息をつくと、再びアステルに視線を戻す。
「なあ、アステルは一体何者だ? アイタを殺したのはお前ぇか?」
老人はアステルの瞳をまっすぐに目を据えて聞く。
「“何者か”という問いに関しては、私は私。それ以上でも以下でもないし、答える必はも感じられない。そして──」
アステルはバッグにしまっていた槍を取り出す。
アステルの取り出した槍を見て、囲っていた者たちはザワつき始た。中にはうずくまって涙を流す者、槍を強く握りしめ、今にも飛びかかってきそうな者もいた。
しかし、アステルは動揺することなく言葉を紡ぐ。
「これはもう少し離れたところで私“たち”──あっ」
「……? なぜ止まる、何かやましいことでも?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただちょっとね」
アステルは初めて見る生物たちに気を取られてすっかり忘れていた。そう、今回の調査には、新人のラナデと一緒に来ていたのだった。
どうしたものかと考えてはみたが、考えた結果今はどうしようもないと判断し、アステルは頭の中にあるラナデを一度取って捨てる。
「若いのが殺気立っておる。何もなければ素直に話せぃ」
「そうだね。槍は、“私が”この辺りに来たとき、この生物に刺さっていたものを抜き取っただけだよ」
そう言ってアステルは記録書を取り出し、マルタヒキガエルを記録したページを開いてみせる。
老人はアステルに近づいて記録書をまじまじと見ると、突然目を見開いた。
「これは……、ゲコか!? しかもオオゲコ、どこにおった?!」
“オオゲコ”という言葉に反応して周囲の者たちは再びザワつき始める。それは、アクア・リタとリトも例外ではなかった。
「え? もしかして名前ある? どうしよ、書き直した方がいいかな」
「その形をしたものを皆ゲコと呼んどるに過ぎん、さっさとどこにおったか答えんかぃ!」
「ここからそう遠くない場所だけど、それがどうかしたの?」
老人はアステルの言葉を聞くと、周囲の者に指示をして散らせる。
「もしオオゲコの群れが居たのなら、次に外が覆われるとき、この辺りにマゴマゴ、最悪の場合“ディコン”が来るぞ。アステル、この知らせに免じて今は信用しよぅ。それと、リトを救ってくれた感謝と、謝罪もだ。」
そこまで言うと、老人はアクア・リタに顔を向ける。
「リタぁ、分かっとるな」
老人は聞き、アクア・リタが頷くと、老人はアステルから槍を受け取り、「任せたぞ」と言い残して慌ただしく動く回っている者たちの元へと歩いて行った。
そしてその場にはアステル、アクア・リタ、リトの3人が残る。
「アステル=モシュメ。来たばかりで悪いが、君がオオゲコを見つけた場所まで案内してくれないか?」
「えぇ、関係上あんまり関わりたくないんだけど……、というよりその前に。私と似たようなの見かけなかった? その子と一緒にここに来たんだけど」
「似たようなの? 君と会ったとき、確かにもうひとり居たような気もするが……。すまない、分からないな」
「そう……」
アステルがラナデのことを気にしていると、リトがアステルの腕を引く。
「それなら私、多分知ってる」
「え? ほんとに?」
アステルに聞かれ、リトは目をそらして頷くと「こっち、来て」といって歩き始め、その後ろをアステルとアクア・リタはついて歩く。
入ってすぐに取り囲まれてしまったため、周りを見渡す暇が無かったが、リミナと呼ばれている植物の内部はかなり広く、外の開いた植物の葉程の範囲があった。
そして、リミナ内を照らすように壁一面にハゲオヤジゴケが苔むしており、中心にはハゲオヤジゴケの葉片が浮いている、大きな水たまりがある。
「そうだ、さっきの話について詳しく教えてくれる?」
先程老人が言っていた話が気になり、リトに案内されている間にアステルはアクア・リタに聞く。
「リミナが壁に覆われるとき、オオゲコが群れて現れることがあるんだ。そしてそのオオゲコや、オオゲコが出した黒い玉を食べに来る奴らが居るんだ」
「まあ、よく聞く話だね。繁殖期を狙って捕食者が来るから、数を集めて生存率を増やそうって。それがどうかしたの?」
「ああ、オオゲコや、オオゲコを食いに来るやつらを狙って来るやつがいる。それが“マゴマゴ”だ」
そこまで聞くと、アステルは記録書を取り出した。
「見た目は? いつ? どこに? どんな状況でどういう風に出てくるの? さっきディコンとかいってたのも聞いたんだけど、そのマゴマゴっていうのと関係は?」
「あ、アステル=モシュメ、急にどうしたんだ……」
アステルの怒濤の質問攻めにアクア・リタは戸惑うが、咳払いをしてアステルを止めるとすぐに口を開く。
「マゴマゴというのは、頭から腕が8本生えたやつだ。そいつであれば対処できないこともないが、ディコンが来てしまったら俺たち総出で掛かっても無意味だろう」
「聞く限りマゴマゴは頭足類、中でもタコに近い生物かな。で、そのディコンっていうのはなんなの?」
「これは俺たちがまだ幼い頃に、先々代のアクア、タバ様に聞いた話だが──」
アクア・リタが語ろうとした瞬間、リタが立ち止まって振り返る。
「着いた。そのお話はここで一度終わり。アステルの探している者はきっとあれ」
そう言ってリトが差す指の先を見ると、なにやら壺のようなものから顔を出す半泣きの少年と目が合った。
「あ、ラナデ君、やっぱり捕まってた」
「あ、ア゛ス゛テ゛ル゛せ゛ん゛は゛い゛ー! よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
第十一回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『ハゲオヤジゴケ』について
ハゲオヤジゴケとは、別名“父光沢頭”と呼ばれるケゴケ目・ハゲゴケ科・ヒカリハゲゴケ属に分類される苔植物で、花言葉は『孤独、失って気付くもの、悲しみの輝き』です。名前も花言葉も全てが哀しいですねぇー。
コホン。このハゲオヤジゴケは主に、アクア・リタさんたちの棲むリミナ(これはまたいつか豆知識で紹介しますね)と呼ばれる植物の内部に生息していると考えられており、恒星の光の届かないリミナに棲む方々は、少量の湿気さえあれば発光できるハゲオヤジゴケの明かりを頼りに生活しています。
そしてこのハゲオヤジゴケ、リミナ内に侵食した水の水分を吸収していると考えられ、一体何をどんな吸収の仕方をしたらそうなるのかはまだ判りませんが、なんと! 栄養素にはケラチン、ビタミンA・B・C・D・E、亜鉛、などを含む混合栄養素が多量に含まれており、発毛・育毛効果が期待できるんです! 現在、記録研究部では発毛剤を作っている子たちがいますので、完成した際にはぜひお買い求めを〜。お姉ちゃんは自然に抜けることも生えることも伸びることもないので無縁ですけれど。
ああ因みに、ハゲオヤジゴケをすり潰して頭皮に塗っても、発毛効果は得られませんのでお気を付けてくださいねぇー。
それと、食べるときは泥臭いので3日程真水に浸けて、よく湯がいてから食べてくださいね。食べた子によると、昆布みたいな味だけど噛み応えはなく食べやすいそうですよー。
お姉ちゃんはそもそも昆布の味も分からないので全くもって想像がつきません。




