第十話 謎の巨大穴
記録研究部 言語解読課 知的生物担当班より読者の皆様へ。
水没星バルパにて使用されている言語の解読及び、音声の差し替えが完了致しました。本話より翻訳した言語での閲読をお楽しみください。
「──このクレーター、土が水を多く吸って崩れやすいのに加え、傾斜ともあってかなり足が取られるね」
アクア・リタたちの後を付いて歩いていたアステルがクレーターを見渡すと、地面がかなり水を吸っているようで、吸い切れなかった水が所々に水たまりを作っていた。
「アステル=モシュメ、君は本当に凄いな。この短時間で本当に俺たちの言葉を話せるようになったのか……」
アステルはクレーターの元へ来るまでに、持ち前の適応力の高さを活かしてアクア・リタに言語を教えてもらっており、短い間で実際に話せるまでにこぎつけたアステルに、アクア・リタは驚きを隠せないでいた。
「そんなことないと思うけど……というより、あの中心にあるものは何なの?」
アステルの指した緑色の地面の中央には、貯水池のような大きな水溜まりと、その水溜まり取り囲うように一定間隔にそびえ立つ、6本の湾曲した巨大な白い柱があった。
「あれは俺たちの棲み処だ。俺たちはあそこを『リミナ』と呼んでいる。今はこうして水も引いているから、こうして狩りに出ているんだ」
「棲み処? ここからだとただの水溜まりだけど……。それに、“今は”水を引いているってことは、この星には雨期や乾期が存在するってことかな。で、今は乾期と」
「ああ、水が満ちてくるとこの壁がリミナを囲ってしまうから、狩りはその乾季? という間だけするんだ。水が満ちているときに外に出ると危険だからな」
そう言いながら、アクア・リタは足を止め自分の足元に視線を向ける。
どうやら、話している内にクレーターの緑色の地面の場所まで歩いて来ていたようで、アステルはその場にしゃがみ込み「へぇー」と緑色の地面をよく観察し始める。
「あれ? これ、上から見た時は水位の目印になる苔だと思ってたけど、植物の葉だったのか……」
アステルがクレーター内をよく見回すと、1ヶ所僅かに地面が盛り上がっている箇所があり、その盛り上がりを辿ると地面から苔生した太い茎のようなものが顔をのぞかせていた。
「この星は大きい生物が多いね。この葉も形状と茎、浮葉性の水草かな」
アステルは膝を囲うように腕を組み「うーん……」と唸ると、突然何かを思い出したかのように顔を上げる。
「あ、そうそう、植物ばかりに気を取られてちゃ駄目だった。あの大きな柱は何か使い道があるの?」
そう言ってアステルは白い柱を指差す。
「これはリミナを囲う時に支えになる柱だが、それがどうしたんだ?」
「気にしないで。それで、この植物自体に名前は?」
「いや無いが、君はそんなにこの柱や壁が気になるのか? 俺としては、早くリトを休ませてやりたいんだが……」
先を歩くアクア・リタは振り返り、目に付くものに興味を抱くアステルを、リトを支えながら不思議そうに眺める。
アステルはふたり人の様子を見て、顎に人差し指を当てて「ふふっ」と笑うと立ち上がり、
「それもそうだね、この辺りは後でゆっくり調べれば良いか」
アステルが「ごめんね」とリトに顔を向けると、アステルと目が合ったリトは直ぐに顔を逸らしてしまう。
「あれ? そっぽ向いちゃった」
視線を逸らされたアステルは、不思議そうに首を傾げる。
「はは、気にするな、リトはいつもこんな感じだか──痛っ!?」
アステルとリトのやりとりを見てアクア・リタがアステルを励まそうとすると、リトは槍の石突きでアクア・リタの横腹を小突き、不服そうな顔で見上げる。
「リ、リト、そんなに怒るなよ。ごめんって……」
アクア・リタは焦って謝るがリトは頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向く。
その後もクレーターの中心へ向かうまでアクア・リタは謝り続けていたが、リトは一貫して許す素振りは見せず、顔を合わせようとはしなかった。
そんなやりとりを眺めながらアステルは、アクア・リタたちの棲み処『リミナ』がある場所へと辿り着いた。
「──着いたは良いけど、これまた小さな突起が2、4、6つ……」
リミナへと辿り着いたは良いが、人のいる気配はおろか痕跡すら見当たらず、そこにあったのは白い柱の内側平行線上にある、アステルの頭1つ分高い三角の突起のみ。
「これも植物の一部かな?」
アステルが突起を夢中になって調べていると、アクア・リタたちはいつの間にか姿を消していた。
「あれ? 居ない」
アステルはアクア・リタたちを探そうと周りを見回す。
しかし、開けた場所だというのに全くもって見当たらず、アステルは「まあいいか」と謎の突起とその周辺を再び調べ始めた。
「短冊状、外側は硬く滑らかで内側はスポンジのような触り心地、外側には曲がって、中は……空洞か。あとで中も調べようかな」
アステルはバッグを弄り水を入れておいた小瓶を取り出すと、蓋を開け中の水を全て突起に掛ける。
すると、水は1滴すら地面へと到着することなく突起に吸収される。
「隙間を抜けたわけ……じゃなさそうだね。ふむ、葉の上の水はこの突起が吸収するんだとすると、浮いたときに突起周りが少し凹んで葉の上の水を突起の周りに集めるのかな?」
アステルは地面に座り込むと、記録書を取り出し突起のイラストを描き込み始める。
突起、記録書、突起と交互に視線を移して描き続けていると、ふと顔を見上げた瞬間、突起の隙間から顔をのぞかせるアクア・リタと目が合った。
「おっと、突起の中からびっくリタ」
「アステル=モシュメ、君は一体何を言っているんだ……? いや、そうではなく、どうかしたのか? 入ってこないのか?」
そうアステルに問いかけたアクア・リタはリトと一緒におらず、アステルに呼びかけだけするとすぐさま顔を引っ込める。
「他の者が何やら獲物を捕らえてきたようなんだ。君もきっと気になるだろう」
突起の中からアクア・リタの声が届く。
「獲物? いいね、入るよ。ちょっと待ってね」
アステルはイラストを描き終えバッグに記録書をしまい、代わりにライトを取り出す。
そして、突起を開いて隙間から中を照らして覗くと、アクア・リタがアステルを見上げ手をこまねいて待っていた。
「降りられそうか? 難しければ受け止めるが」
アクア・リタは聞く。
「精々2、3mくらいかな。大丈夫、このくらいなら何ともないよ」
アステルは答えると、開いた突起の隙間から体を滑り込ませ、穴の中へと飛び降り、手を付くまでもなく軽く膝を曲げて衝撃を逃がし着地する。
「よしょっと。へー、結構広いね」
突起から入った植物の内部は両腕いっぱいほどの広さがあった。
アステルが壁面をライトで照らすと、水気の少ない割に一面が苔むしていた。
そして、ライトで照らされた苔は光を強く反射し、アステルはあまりの眩しさにライトを切る。
「危ない危ない、危うく目がもげるところだった」
ライトを切り、空洞内は光のなく真っ暗になる。ことはなく、苔自体が自ら黄緑色に発光し、空洞内は奥深くまで薄暗く灯されていた。
「さて、君の言っていたリミナっていうのは、この先にあるのかな? 案内してくれるんだよね?」
アステルがアクア・リタに視線を向けると、アクア・リタは両手を前方に出し、指先で何かを探すようにたどたどしく動き回っていた。
「……? 何してるの?」
アステルが聞くと、アクア・リタは顔をこちらに向ける。
「あ、アステル=モシュメ。そこに居るのか? な、なんだ今のは……。周りが、見えん……」
どうやら、アクア・リタは先程の光で目をやられていたようで、瞼を開くことができなくなってしまっていたらしい。
「あ、ごめんね。治るまで少し待とうか」
第十回 メモリーお姉ちゃんの豆知識!
『水没星バルパの言語』について
水没星バルパには、水没星特有の言語があるのですが、単語の種類自体は私たちが使うもの程多くなく、1単語が大まかな役割を持っておりそれらを組み合わせることで言語として成り立たせているみたいです。
前回までのお話で使用されていた言葉と、似たものを少し追加して単語を1つずつ翻訳していくと、『トイリン:僕、私』、『ハイリン:あなた』、『ユーリン:男性、彼』、『メーリン:女性、彼女』、『フイリン:家族、仲間』『コトゥヤ:言葉』、『ウラ:言う』『カイラ:今、現在』、『トイラ:昔、過去』、『マガ:それ』、『ソガ:そこ』、『コルル:ここ』、『ユルリ:どこ』、『ララ:どう』、『ナラ:なぜ』『ファナイ:始め、初め』、『フィナイ:終わり』、『マティア:止まる、止める』、『カシット:助ける』、『ツラ:通る、通す』、『ツュライ:連れる』、『タップシ:来る』、『スピル:槍』、『ナカン:戦う』、『ナラカン:決闘』、『リディア:倒す』、『〜ヤ:〜を』、『〜ロ:〜の』、『〜メ:〜は』、『〜ラ:〜だ』、『〜リ:〜に』『〜ナ:〜か?、〜ですか?』、『〜リアラ:〜する、〜した』、『サナリ:申す』、『サモナ:〜でなければ』と、大体このようになっていますので、これらを覚えてまた読み返していてもいいと思いますよー。
ただ、これら言語を翻訳した結果、水没星の言語は結構ピンキリなもので、特に似たような言葉であればどれを使ってもあまり意味は変わらないそうで、例えば『〜と言っただろ!』と、これを水没星の言語に置き換えると『サナリリアラ!』、『サナリラ!』、『ウラリアラ!』、『ウララ!』と様々なパターンで表現できるので、人によって言葉が違うそうです。そして更に同じ発音の言葉が最初と最後にかぶるような、今回で言うと申すとしたを繋げて『サナリアラ』、言うと〜だで略してそのまま『ウラ』と言うこともあるそうですよー。実際、出会った当初のアクア・リタさんが『サナリアラ!』と言ってましたねー。
そして皆さん気になっていたのではないでしょうか? 前のお話に記録研究部から翻訳したと報告はあったけれど、“なぜ今調査している星を記録研究部が翻訳できているのか?”って。それは──、
一番最初のお話に書いてありますよー。このお話が“記録劇”だって。だからこうしてお姉ちゃん豆知識を披露し、シュメちゃんも豆知識に来てもらうことが出来ているんですよぉー。
流石にリアルタイムでお見せすることは……、持ち込んでいる記録媒体の機能的に出来なくはないのですが、その星独自の言語のままお見せするよりも、記録研究部の子たちに翻訳してもらった方が、皆さんも読みやすいかなという職員一同よりの心遣いなんですよー。その代わりといっては難ですが、この豆知識のコーナーではリアルタイムでお届けできますよ! はい、今のお姉ちゃんはリアルタイムお姉ちゃんですよぉー。
え? 文字で書かれている時点でリアルタイムではない? んもぅ、そんなのお届けするまでのちょっとした時差みたいなものですよぉ。




