眠れる記憶
祭壇から噴き出す白い霧は、空気そのものを変質させるような感触を伴っていた。
騎士たちが即座に防御態勢を取り、リリスとエヴァの前に立つ。だが、霧は毒でも炎でもなかった。ただ、記憶をかき乱すような“懐かしさ”を帯びていた。
「これは……見覚えがある……」
リリスが呟くと、神官のような男が声を荒らげる。
「愚か者ども!これは“召喚”だ! 花は呼んでいる、お前の魂を!」
彼の言葉に呼応するように、祭壇の中央の石が微かに浮き上がり、奥底から淡く光る根が蠢きはじめた。
「リリス、下がれ!」
カインの声と同時に、彼はリリスを抱え、後方へ跳んだ。だがその瞬間――
「う……っ!」
リリスの頭に鋭い痛みが走った。
何かが、彼女の意識に入り込んできた。白い霧と共に、過去の断片が次々と押し寄せる。赤い月、祭壇に立つ自分、祈りを捧げる声――そして。
笑う“花の顔”。
『ラフレアが喰らうのは、肉体ではない――魂だ』
それは、誰の声かもわからなかった。ただ、その言葉だけが、はっきりと心に刻まれる。
「リリス!」
カインの声が遠く聞こえた。
霧が彼女の足元を這い、手首に絡みつき、まるで過去へ引き戻そうとしている。
「私……また、生贄にされるの……?」
その瞬間、リリスの瞳が真紅に染まった。
「下がりなさい!」
今度はエヴァの声だった。
彼女は震える手で剣を抜き、神官の前に立ちはだかった。普段は滅多に抜かぬその剣から、淡い青白い光が滲み出す。
「彼女には、触れさせない……あの夜のようには、もうさせないわ」
神官が嘲笑う。
「ならば問おう、エヴァ・アツィルト。貴様はあの夜、何を“代償”にしたのだ? 本当に選ばれたのは誰だった? 彼女か、それとも――お前か?」
エヴァの剣先が微かに揺れる。だが彼女は口を閉ざしたまま、一歩も退かない。
「母上!」
カインの低い声が、霧の中で響いた。
リリスはその声に、意識を引き戻された。白い霧の中に沈みかけていた足元を、カインの声が支えてくれている。
「……ごめん……少し、思い出しかけたの」
リリスがそう呟くと、カインは軽く頷いた。
「大丈夫だ。お前はもう、“一人”じゃない」
その言葉と同時に、リリスの周囲を取り巻いていた霧が、ゆっくりと後退をはじめた。
神官の表情がわずかに歪む。
「ラフレアは……まだ目覚めていない。だが次に目覚めた時――世界は選ばれるぞ。誰を喰らい、誰を赦すかは、あの“花”が決めるのだ」
そして彼は杖を地に打ちつけると、霧のようにその姿を消した。
静寂が戻る。
リリスは息を詰めながら、祭壇跡を見つめた。かつて自分が喰われた場所。けれど“殺されなかった”場所。
カインがふとリリスの方を見た。
「……お前は、生き延びたんじゃない。生かされたんだな」
リリスは、そっと頷いた。
エヴァはそれを見て、視線をそらす。
その瞳の奥には、まだ語られていない何かが潜んでいた。
神官はエヴァの心を揺さぶってます。
(っ*´•ω•`*)っ(((((((´-ω-`)))ユサユサ
言ってることが正しいとは限りません。