第九十二話 矢
イレティナから、『部族』というものについて詳しく聞いた。
「あたし達はねー、この山に昔から住んでいたんだ。
平地の方から追いやられて、どこにもいく場所がなかったの。
それでオルゲウスっていう島の人たちから定期的にご飯とかを貰って今も暮らしているんだよ」
オルゲウスの住民から……?どういう人たちなのかは知らないけど、そんな事が……
「それで、代わりに山に入ってくる人たちを追い返して欲しいんだってさ。
私たちもそれで納得して、この山に住んでいるの」
「追い返す……?誰一人帰ってきていないのに……?」
そう、ここが魔境と呼ばれる理由、それは誰も帰ってくる事がなかったから。
だったら、追い返すなんて言葉を使うのもおかしい話だ。
私の質問に、イレティナは両指を合わせ悩むような顔をしていた。
「えっと……最初は追い返すだけだった、って聞いているよ。でもいくら追い返しても何度もやってくるし、次第に仲間も殺されるようになっていったの。だから……」
そう言い、彼女は私との間にそれを置いた。矢だ。
矢尻が金色に光るそれは芸術品のようでありながら、確実な凶暴さを感じる鋭さだった。
例えるなら剣、突き刺されば致命傷は免れないだろう。
「この矢が作られたの。……あたし達の部族は代々長がいて、あたしもその長の娘だった。
長は代表として、その座につくたびに何か一つ、オルゲウスの人たちからもらう事ができたの。
……お父さんが欲しがったのは全てを貫く矢、それを元にして作られた複製品があなた達に使われていたの」
全てを貫く矢……そんな物が本当にあるんだろうか……?
……でも、この矢の強さはさっきの襲撃で痛いほど味わった。
まだ頬も少し痛むけど、弱音は吐いていられない。
サラマンダーとウンディーネを探して、一緒にオルゲウスへ行かなきゃ……!
そこで私はイレティナの風貌を見てふと気がついた。
「そう言えば、イレティナさんはどうして仮面をつけていないのですか?
同じ部族ならつけていてもおかしくないんじゃ……」
私がそう聞くと、イレティナは少し言葉をつまらせ、苦笑をするように顔を下へ向けた。
「殺してまで追い返すって言うのが気に入らなくなっちゃってさ、部族を抜ける時に一緒に割っちゃったんだよ。何処にあるのかは知らないけど……」
「……」
気付けば夕焼けが洞窟に差し込んでいた。
ウンディーネとサラマンダー、……そしてサツキも、この景色をきっと見ている。
だから、皆、待っていてください。




