面談1 ナレック・バルザック
いつもありがとうございます。読んでいただける方がいるんだなあ、と、日々うれしくPCに向かっております。
中等部校舎に授業終了の鐘が鳴る。
アオイとイーゼは、相談室でコーヒーを飲んでいた。
「助かりました・・・。飲みたかったんですよコーヒー。でも、この世界紅茶文化だから・・・」
「南方からの輸入品ですからねえ。まだまだめずらしいんですよ。」
貴女の世界は豊かなんですねえー。
チェシャ猫は、やはり猫舌なのか、砂糖3杯をぶっこんだカップをふうふうしている。
あれから。
イーゼには『真実』を話した。
アオイ=碧は転生者であり、今はこの世界でがんばって生きていこうとしていること。かつての経験を活かして学院を自身を守りたいと思っていること。
イーゼはすんなりと受け入れた。
(面白い症例ですねえ。マーレ・コントロールなしに2人の人格が同調しているというのは。
この事案が決着したら、私の研究におつきあい下さいね?)
その代わり、秘密は守ります。
・・・ま、敵に回すと怖そうよね、この男。
先ほどの真顔のイーゼを思い出す。
結構鋭いまなざしにどきっとしたけど、パニック状態だった私には、ときめきというより恐怖だった、と思う。S男なんだと思うわ、こいつ。
今は猫顔を仰ぎ見て、この喰えない男とどうタッグを組もうか思案する。
ん、なるようになるか。
今は、それより・・・。
コンコンコン! ノックの音
「失礼します!中等部1年ナレック・バルザックであります!!」
来たわね。
私は立ち上がり、スカートを直す。猫男はてきぱきカップを片付けて、テーブルの角にポジションを変えた。
「ーどうぞ。入りなさい」
はいっ!と、元気な声がして、ドアが開いた。
「ナレック・バルザック!参りました!」
おおー。さわやかー。
あれね。野球部のキャプテンタイプ。
14歳という中途半端な年頃だが、かなり体格がいい。でもお顔はツルンツルン。短く切った茶髪がつんつんしている。鍛えた身体と鍛えた精神。フェアプレーって言葉が似合いそう。
私は、そんな値踏みを腹の中でしているとは思えない極上の微笑みで、彼を迎えた。
「リーゼンバーグです。お座りなさい」
「はいっ!・・・・・・こちらは?」
テーブルの角で座ったまま、そして猫のまま、イーゼが挨拶。
「王院のマーレ師、イーゼです。」
「マーレ師・・・」
ニタニタしたイーゼをうさんくさそうに見たが、すぐに目をアオイに戻す。
「先生!本日は何のご用でしょうか!」
さあ、ゴングよ。
「・・・そうね、私は隣のクラスの担任だし、言語学もあなたはゾル先生が担当ですものね。私とこうやって話すのは、初めてかもしれませんね・・・。」
緊張気味のバルザックに対し斜め90度の位置に座る。こういう場合向き合って座るのは、相手に威圧感をもたせかねない。敵ではないという角度。そして、微笑み。
「えっとね、私は生徒の皆さんが安心して学校生活を送れるよう心を配る役割を担っているの。」
生徒指導を翻訳すると、こうなるかな?
椅子にきちんと拳を置いた膝頭と私のスカートごしの膝とは、およそ20センチ。
パーソナルスペースぎりぎりに切り込んでいる。トーンは柔らかく、大人な声で、ひっそりと。
「あなた、アゼリア・アズ・ローレイナについて、ご存じのこと、あるでしょ?」
すると、この純情男は、真っ赤になってふるふるしだした。
「アゼリア嬢は・・・っ」
「あなた、親しくしてるよね?」
「ヒ、ヒイッ!!」
「お・つ・き・あ・い、してるの?」
「ヒイイイイッ!!!!!ばっ、ばっ!ばっ!!!」
馬鹿なこと言わないで下さいって言いたいのね、うんうん。
ちょろい。碧の世界の中坊より、この王国の子達って純朴なのだ。
いいのよー、お姉さんに、まかせて☆
「分かっているわ。清いおつきあいよね。アゼリアさんにとって、あなたは頼もしいナイト。頼りがいのあるお友達なのでしょうね・・・」
とっても素敵。と、アオイは組んだ手を胸に当て、にっこりと聖女の笑みをつくる。
私は敵じゃありませーん♪
中坊の味方のセンセだよー♪
「だから、ね、そんなあなたが苦しむのは、私、とっても心苦しいの」
吐いて☆吐いてっ
「時には、大人に頼って、ううん、利用することも大事よ。大丈夫。私とイーゼさんは、秘密を守ります。」
さあ!
ゆでだこになった中坊は、目を堅く閉じ、口を開いた。
「・・・アゼリアには、大人には、漏らさぬと、約束したのだ、が、」
「・・・・・・彼女を私も守りたいのよ?」
突然、がばっ!と顔をあげたバルザックくんは、腹を決めたようだ。
「アゼリアは、泣いていたのですっ!!」
その後、彼はバルザック劇場を展開した。
彼の話はこうだった。
5月の終わりの、ある日(思い出せよ)。
校庭での鍛錬を終えたバルザックは、道具をとりに教室に戻ろうとしていた。すると、誰もいないはずの隣の教室から、すすり泣く声が聞こえてきた。
誰か、と覗くと、そこにはアゼリア嬢が、床にぺたりと座り顔を覆って泣いていたのだ。
「どうしたっ、アゼリア、お腹でも痛いのかっ」(なぜ、そうなる)
「ナレック・・・、わたくし・・・私!!」
泣きじゃくる彼女のそばには原型を留めないほどの無残な教科書があった。
「何があったのだ!!これは、どうしたことだっ!!ーけがは、けがはないか?大丈夫かっ?」
「ひくっ・・・ありませんわ。こわ・・・怖かった!」
よよ、と泣きながらバルザックにすがりつく。初めての(おそらく)抱擁。
甘い香りがバルザックの鼻孔をくすぐる(想像)。
アゼリアは、嗚咽を抑えながら、うるうるしたアクアマリンの瞳にバルザックを映し(見たのか)子鹿のように震えつつ語ったそうだ。
ここから、バルザック劇場のギアが加速モードに入る。
中庭でお花を愛でていましたの。そろそろ邸に戻りましょう、と腰を上げたとき、人影が私の陰に重なるのが見えました。顔をあげると
『アゼリア嬢。ごきげんよう』
『ごきげんよう・・・』
そこに立つのは、クレア・レア・ヴァレリオーズ。王子を介して名乗りは済んでおりましたけど、直に話しかけられるのは初めてでした。なんでしょう、意地悪い目でわたくしを睨んでおりましたわ。
『ずいぶん余裕ね?来週は中等部も試験でしょう・・・?』
『は、い』
『ま、お家柄で何とでもなるかしら。この学院にねじこんでご入学されたくらいですし?』
『なっ!わたくしきちんと試験を受けましたわ!!それは・・・そんなに高い順位ではございませんが。お勉強も、いっしょうけんめい』
『ローレイナ家のご令嬢を不合格にはいたしませんわ。形なりにも整えるのは当たり前。王子を追いかけてご入学されたのは結構ですけれど、貴族の高位をかさに着て、横紙破りばかりされてはね。
この学院での貴族女生徒にとっては迷惑至極。わたくしたちのようにしっかり学んでいる者まで、ごり押し呼ばわりされましてよ?』※「様だ」と書いている例もよく見掛けますが,現在,推量や様態を表す 助動詞 の「ようだ」は 仮名書きするのが一般的です。「何だ,あの様は。」などのように 名詞 のときは,「様」と漢字で書いても構いません。
『ーひどい』
わたくし、涙があふれました。なにゆえにこのような羞恥を味わわなくてはならないのか、怒りもありましたが、それよりその言葉一つ一つに言い返せないもどかしさに。
『あら。侯爵に言いつけます?よくってよ。』
クレアは秀麗なその顔を醜悪な笑みでゆがませて、続けましたわ。
『学年二位のわたくしを退学にでもなさる?辺境伯家のわたくしとて王家の血筋。一位二位を争うライバルとして親しくしているフェーベルト王子は、貴女のことどう思われるでしょうね』
『そんなこと!酷いですわ!わたくしそのようなこと思ってもおりません!わたくしが、何をしたと、おっしゃるの?』
わたくし泣き続けながら訴えました。ですが、恐怖はそれだけではありませんでしたの。
『何も。何もなさってはいないことが問題だと申し上げましたの。「いっしょうけんめいおべんきょう」なさって下さいね?ああ、そうそう』
『・・・!!』
ばさり、とほおり投げられたのは、無残なわたくしの教科書。
『中庭の噴水池に落ちてましてよ。貴女の教科書ですわね。こうしてお届けに参りましたの。いけませんわよ?いくらお勉強が嫌になったとて、このように破って水に落とすなんて。』
『・・・こんな、・・・ひどいっ!』
本であったモノを抱えてうずくまってしまったわたくしに、彼女は高らかに笑っておりましたわ。
『確かに、お渡ししましてよ?では、ごきげんよう』
ほーほほほほ
って
バルザック君。そこまで再現するんかい!!
すごいな、君の記憶力と演技力!ーマヤ、おそろしい子!
私は、迫真の演技を堪能しながら、メモっていた「事案発生メモ」を眺めた。
「いつ ー5月のある日の夕刻ー
どこ ー中庭ー
だれ ーアゼリア嬢 クレア嬢ー
何 ー悪口 破損したアゼリアの教科書ー
どうしたー悪口と嫌みを一方的に
破損した教科書を投げ渡したー
備考 ーバルザックからの聞き取りー
他 ー身体的暴力 なし
物品の損壊 あり
精神的苦痛 アゼリア嬢のみ 」
「分かったわ。つらかったわね・・・。伝聞だけでは直接あなたが動くことはできなかったのでしょ?」
素に戻ったバルザックは、普段の朴訥な、純朴な少年に戻った。
「アゼリアが止めたのだ。父と王子に迷惑がかかると。アゼリアはほんっとうに優しく汚れのない魂の少女!!」
分かったよ。あんたがずっぽり惚れ込んでいるのは。
ううーん。
「バルザック君」
気配を消していた猫男が声を発し、アオイとバルザックはびくっとイーゼに振り向いた。
「教室には、アゼリアさんと君だけでしたか?他の生徒は?」
「いません。二人だけでした。」
「アゼリアさんの告白を聞いたのは、君だけということですね?」
「次の日、友人ーパトロとガガロには、伝えました。その日は、俺だけ、です。」
「では、アゼリアさんの話の中で、他の生徒は関わっていないでしょうか。または、その時見ていたという人物は?」
「ええと、いえ。中庭にはアゼリアひとりでいたそうです。そしてクレアが一人で来た、と。」
「結構です。ありがとう。」
そう締めて、イーゼはアオイに目で合図する。
うん。ナイスサポート。
再び私は、包み込むような大人の女性の空気感をまとって、にっこりとバルザックに微笑んで立ち上がる。
うっふん、バルザックくん、とろけるような目になっちゃって。
「ナレック・バルザック・あなたの勇気ある告発に感謝します。そして、私たち教師にこの件を委ねてくれたことも。ここで、私たちに会ったことは、しばらくの間秘密にして、ね?」
「・・・アゼリアを助けて下さいますか?」
「ー私は、生徒の味方です。」
ありがとうございますっ!お願いしますっ!
純情男は、礼儀正しく挨拶し、退室した。
「ふうーっ!」
つつましやかな女教師の上品なたたずまいを破壊して、アオイが椅子に崩れ落ちる。
パチパチパチパチ
「女優ですねえ。あの子、きらきらして貴女を信頼していましたねえ。」
「・・・ありがと。ございます。」
「バルザックくんは、外でぺらぺらしゃべる子ではないですよ。しかし、ねえ」
ええ。
限りなく
「「グレーですね」」
そうですよねえ。
「アゼリア嬢の話は、誰も見ておりませんし、聞いていない一方的な言い分です。話が100パーセント本当なら」
「あんな無礼な狼藉、侯爵家と伯爵家のバトルになっても糾弾するでしょう。」
だけど、アゼリアの嘘だとしたら、教科書は?物証があるのは大きい。
「クレア嬢に確認して、すりあわせ作業をするまで、保留にいたしましょう。ほら、彼のすばらしいお芝居は、一語一句すべて書き取りさせていただきました。」
すごいですね!私なんか、フォーマットの決まった事案発生メモが精一杯でした。
「次はお茶とお菓子でも、いかがです?アオイ先生、王院のカフェにでもご一緒しませんか」
「アオイ・・・」
「私と貴女の仲じゃないですか。もう少し、じっくり貴女の世界を教えていただきたいものです。ね、アオイ先生」
私のことは、イーゼと。チェシャ猫はそう言って、戸口に向かった。
ちょっと、きゅんと、するのは、なぜでしょう?