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白亜の騎士と癒しの乙女  作者: ゆきんこ
第三部

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兄妹

 日が暮れ、私、先生、スマラクト兄様の三人で、休暇最後の夜ごはんを囲む。明日になったらお城に帰るのかぁ。お休み、あっという間だったな。そんな事を考えながら、べへモスのロースト・ベリーソース掛けを口に運ぶ。


 このソースのベリーは、昼間、兄様と一緒に摘んだもの。おやつに作ってもらったベリーのタルトだけじゃ使い切れなくて、せっかくだからって、料理人さんが夜ごはんにもベリーを使ってくれた。頑張って摘んだ甲斐があった。このソース、甘酸っぱくてさっぱりしてるから、いくらでもお肉が食べられそう。お城に帰ったら、イェガーさんにベリーのソース作ってってお願いしてみようかなぁ。


「アイリス。次はいつ来られるのだ?」


 兄様がお肉を切りながら口を開く。いつって言われても……。助けを求めるように先生を見ると、先生が優しく微笑んだ。


「アイリスの来たい時に。叔父上にゲートを開いてもらえば、一瞬で来られますから」


「ん。じゃあ、時々来る」


「時々、か……。次に会う時は、もっと大きくなっているのだろうな……」


 そう言った兄様は少し寂しそうで……。よっぽど、私に背を抜かれたのがショックだったんだろうなぁ。私だって、ずっと兄様より小さいままでいたかった。ずっと、変わらないままでいたかった。ずっと、ず~っと……。


「坊ちゃまが辛気臭い顔をなさるから、アイリス様まで憂い顔になってしまわれたではありませんか」


 カインさんが、やれやれと溜め息を吐く。すると、兄様がカインさんをキッと睨んだ。


「だが、次に会う時、アイリスは大人になっているのかもしれないのだぞ! 現に、たった一年と少しで僕より大きくなって、小さいアイリスではなくなっている!」


「アイリス様が大人になっても、坊ちゃまの妹君である事に変わりないと思いますが? 見目はそれほど重要でしょうか?」


「重要だろう!」


「坊ちゃまは小さい男でございますなぁ……」


 再び、カインさんがやれやれと溜め息を吐いた。兄様はと言うと、顔を真っ赤にし、口をパクパクさせてお魚もどきになっている。カインさんはそんな兄様を一瞥すると、私のすぐ傍に寄り、片膝を付いた。


「アイリス様。坊ちゃまのおっしゃった事、あまりお気にならぬよう。見目が変わろうとも、変わらぬものがございます。何分、未だそれも分からぬ未熟者ですゆえ」


「ん……」


「血が繋がらずとも、一度結ばれた兄妹の絆はそう簡単に消え失せるものではございません。見目など、ほんの些細な事。貴女様と坊ちゃまは、この先もご兄妹にございます」


 そう言って微笑んだカインさんに頷いてみせるも、私の心は晴れない。兄より大きい妹など許されるはずがない。これは、お披露目パーティーで兄様に言われた事。今は、私の方がほんのちょっと背が高くなったかなってくらいだけど、数年後は違う。私は大人になっていて、兄様は今のまま。その時、今みたいな関係でいられるの? 兄様は私の事、妹として可愛がってくれる?


 先生だって、お城にいる人達だってそうだ。いつか、私が大人になって、おばあちゃんになっても、今まで通りでいてくれる? 怖い……。大人になるの、嫌だ……。


「ごちそうさまでした……」


 私はそれだけ言うと、席を立った。ここにいたくないって思ってしまったから。先生の顔も、兄様の顔も見ていたくなかった。


 とぼとぼと廊下を歩き、部屋に向かう。何で私、人族になんて生まれたんだろう……。魔人族に生まれていたら、先生とも兄様とも、お城のみんなとも同じ時を生きられたのに……。こんな思い、しなくて済んだのに……。じわりと滲んだ涙で、ぐにゃりと視界が歪む。


 泣いたって、何にもならないのに……。分かってるのに……。次々と溢れる涙を袖で拭く。


「アイリス」


 駆けて来る足音と私を呼ぶ声。先生……。理解した瞬間、私は廊下を駆け出した。でも、先生の方がずっと足が速い訳で。すぐに腕を掴まれてしまった。


「何故、逃げ――」


「離してぇ!」


 先生の手を振り払おうと、思いきり腕を振る。と、簡単に先生の手が離れた。驚いたような顔で、振り払われた手を見つめる先生を見て、何だか余計に泣けてきた。


「ぅあぁぁぁぁ!」


 何で、私は人族になんて生まれたの? 何で、ローザさんとブロイエさんの子どもとして、兄様の本当の妹として生まれなかったの? 何で、先生やみんなと同じ時を生きられないの? 何で。何で何で何で何で!


「アイリス……」


 悲し気な顔で、先生が私に手を伸ばす。と、次の瞬間には、私は先生の腕の中にいた。


 放っておいてよ! あっち行ってよ! 先生と一緒にいると、余計悲しくなるんだよ! そう思う反面、一人にして欲しくない。寂しい。そんな気持ちが沸き上がって来る。


「部屋へ。送ります」


 そう言った先生が私を抱き上げる。そして、廊下を進みながら、私を落ち着かせるように、背中をトントンと軽く叩いてくれた。


 部屋に着くと、先生は私をソファに下ろし、背を向けた。行っちゃ駄目! そう思うが早いか、私は先生のマントに手を伸ばした。


「だめぇえぇぇ!」


「独りになりたかったのでは……?」


「やぁだぁぁ! あぁあぁぁぁ~!」


「……隣、座りますよ?」


 そう言って、先生が私の隣に座る。そして、泣きじゃくる私をギュッと抱きしめてくれた。


「この休暇、別の所に行った方が良かったですね……。すみません……」


「ぜんぜー、わるくないぃぃ!」


「しかし――」


「たのじかったのぉぉ!」


 楽しかったから、余計に辛くなった。ずっと、この関係を続けられないから。すぐに私は大人になっちゃうから。兄様よりも先生よりも、ずっと早く年を取っちゃうから。それもこれも、私が人族になんて生まれたせい。魔人族じゃなかったせいだ!


「おとなになるの、やだぁあぁぁ!」


 ずっと子どものままでいたい。ローザさんとブロイエさんに甘えて、兄様に可愛がられて、先生に優しくしてもらって……。ずっと、このままでいたい!


「見目など些細な事です。カインも先程言っていたでしょう? スマラクト様とアイリスは、いつまでも兄妹ですから……」


 先生はそれ以上何も言わず、私の背中をトントンしてくれた。しばらくそうしてもらっていると、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。


 こんな大泣きして、先生、困った? 呆れた……? ぐずぐずと鼻を鳴らしつつ顔を上げると、先生がくすりと笑った。


「目、真っ赤」


 確かに、目がジンジンする。鼻も。どっちも赤くなって、酷い顔なんだと思う。そう自覚した瞬間、カッと頬が熱くなった。


「目、冷やした方が良さそうですね。少し待っていて下さい」


 そう言って、先生がソファから立ち上がる。そして、洗面所へと向かった。


 先生、困っても呆れてもいなかったみたい……。良かった……。ホッと息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。短く返事をすると、扉が開く。その先にはカインさんと、項垂れた兄様。そんな兄様は、しっかりとお盆を持っていた。その上には薄らピンク色の、大きなデザートらしきものが一つ。見た目はプティングに近い……かな……?


「アイリス。デザート、持って来た。ラインヴァイス兄様もいるのだろう? 三人で共に食べようかと……」


 兄様が遠慮がちに口を開く。すると、カインさんが盛大に溜め息を吐いた。


「坊ちゃま。先に言うべき事があるでしょう。これだから、小さい男と言われるのですよ」


「う……。その、何だ……。見目が変わっても、アイリスがアイリスである事は変わらぬ……。それを……。その……悪かった……」


 決まり悪そうな顔で兄様が頭を下げる。謝る兄様が意外過ぎて、何だか変な感じがする。くすりと笑った私を見て、兄様がホッと息を吐いた。


「入るぞ?」


「ん。どーぞ」


 私の正面の席に腰を下ろした兄様が、ローテーブルの上にデザートを置く。と、その時、手に濡れた手ぬぐいを持った先生が洗面所から出て来た。


「スマラクト様?」


 驚いたように目を丸くする先生。ほんの少し洗面所に入った間に兄様がいるんだから、驚くなって方が無理だと思う。


「デザート持って来てくれたんだよ。先生も一緒に食べよう?」


「え、ええ……」


 少し戸惑った顔をしながらも、先生が私の隣に腰を下ろす。そして、濡れた手ぬぐいを手渡してくれた。カインさんがお茶を淹れてくれている間、それを目に押し当てる。ひんやりしてて、気持ち良い。はぁ~。


 そういしていると、カインさんがお茶と、取り分けてくれてデザートを出してくれた。恐る恐るデザートを口に運ぶ。


 おぉ! 口の中で溶けて、あっという間に無くなっちゃった! 残ったのは甘酸っぱい後味と、ベリーの良い香りだけ。ん~! おやつに食べたタルトも美味しかったけど、こっちのデザートも美味しい!


「ババロアというデザートだ。美味しいか?」


「ん!」


 兄様に問われ、笑顔で頷く。このデザート、イェガーさんにお願いして、今度、作ってもらおっと!


「ところで、明日は早く出るのか? それとも、夜に帰るのか?」


 私じゃ、それは分からない。どうなの、先生? そう思い、隣に座る先生を見る。先生は少し考えるように視線を彷徨わせた。


「朝食後、すぐに出るのが理想ですね」


「父上に迎えに来てもらうというのは駄目なのか? それなら一瞬で帰れるのだし、ゆっくり出来るだろう?」


「そんな事、僕からは頼めませんよ? 子どもじゃないんですから」


「そうか。分かった。では、僕が頼む」


 え? そういう事なの? そう思って、先生と兄様を交互に見る。先生はクスクスと笑い、兄様は満足そうに笑っていた。そういう事だったらしい……。


「そうと決まれば、早速、父上に連絡せねば! じい! 僕の部屋から連絡用の護符を。それと、ついでにカードゲームも持って来い!」


「かしこまりました」


 カインさんが深々と頭を下げ、部屋を後にする。


「今日は夜通しで遊ぶぞ! 覚悟しておけ、アイリス!」


「えぇ! 私、徹夜なんてした事無い!」


「大丈夫だ。気合を入れれば起きていられる!」


「そういうものなの?」


「そういうものだ!」


 そっか。そういうものなのか。じゃあ、気合を入れてみよう。気合、気合、気合! ふんっ! 気合、入ったかな?

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