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レオナルド


薔薇の宝石と称えられたエステル・バーソンとの熱愛の末 俺との婚約を申し込もうとした時ではもう遅かった。彼女エステルは、陛下に見初められ側室として入る事に決まってしまっていたからだ。

その時の俺は自暴自棄になってすごく荒れていた自覚はある。陛下への不満でではない。自分の不甲斐なさにイラついていたのだ。

分かっていた事ではないか…早くしなければ誰かが彼女を攫ってしまう事を。

当時の俺は自分に自信がなく二の足を踏んでしまっていた。悔しかった…。どうしようもなく無力だった。

後腐れのない女を選び、簡単に股を開く女に嫌悪を抱きながらも、彼女を忘れる為にまた女を抱く。

自分のやるべきことはしていたので誰も文句は言わせなかった。

そんな中でも、友人であるクリスは俺を心配し諌めてくれた。そのお陰で前ほどの女遊びはなく荒れて女を抱く事は少なくなっていた。それでも、女の影はいつも付きまとう俺をクリスは呆れて見ていた。


愛する人を手に入れられなかった男は、もう誰かを愛せないのだと…俺は、エステルに永遠の愛を誓っていた。

そんな自由な生活を5年も許してくれていた両親から婚約の話を持ち出される。

何故今?っとも思ったが、周りを見れば同じ年のクリスも結婚して子供も出来て幸せになっていた。

伯爵家を継ぐ者としては政略結婚は当たり前だとは分かっていても納得は出来ない。断ろうと思っていても父の命令ではもうどうする事は出来なかった。

驚いた事に相手はクリスの妹だった。正直、友人に妹がいたことを知らなかった。

年は16歳。社交界デビューしたばかりだから俺が知らないのは当然か。

社交界での噂で、俺の女癖は知られているはず。若い女は一途さを求めるものだ。

彼女は俺でもいいのかと、父に聞くと彼女のほうが乗り気なのだとの事。

どこかで一目惚れでもされたのだろう。愛する人を奪われた頃の俺はもういない。恵まれた容姿を最大限にいかし、伯爵家の跡取りであり女性誰もが憧れるレオナルド・カンファーヌなのだから。



婚約が決まり顔合わせの日…俺はすごく機嫌が悪かった。ほぼ無理やりな婚約にイラついていた。

それでも、伯爵家の跡取りとしては貴族の義務を果たさなければならない。

今回の婚約は、相手からの強い希望と聞いている。父は気に入っているらしいがどうせ俺が目当てだろう女には興味はない。

俺を好きらしい相手なら俺といるだけで幸せなはずだ。さっさと子供を作って終わらせよう。

ただ、クリスの妹なのでそれなりに親切にしなければいけないのは面倒だ。


顔合わせをして挨拶が終わり二人きりにされた時、俺は婚約者殿を観察した。


クリスの妹リシェネは、俺の好みとは反対だった。痩せた身体は女としての魅力に欠けるし茶色の地味な髪の色は多くのものの中に隠れたらすぐに見分けがつかなくなるだろう。

顔は、それなりに整っているし可愛らしいのかもしれない。だが俺の好みは大人の色気を持った女だ。

もう少し大人になったらっと言ってもこの顔立ちでは俺の好みにはなれないだろう。

まぁ、大切な友の妹だしこれで我慢するしかない。


「俺は、結婚しても一生君を愛する事はない。君に愛して欲しいとも思わない。むしろ愛なんて邪魔なものだ。

それでも最低限、結婚生活に関しての保障をしよう。君も俺の子供を生めば、他に子をつくる以外は自由にしてくれていい」


彼女、リシェネには悪いがこれからの事に多くの期待をされても困る。結婚するからにはハッキリしておかねばならない。リシェネは俺を見つめ少し考えてから口をひらいた。


「…出来るだけ、早く子をなせるように頑張りますので宜しくお願いします」


そういって腰を折るリシェネはどんな表情しているのか見えない。

俺には関係ないかとリシェネの返事に「あぁ頼む」とだけ答えるとそれきりお互いを理解する為の会話はなくなった。


俺にとっては本当にどうでも良かった。リシェネがどうして俺を選んだのか…何を考えていたのか…。

少しでも興味を持っていれば…と後悔しても遅いと言う言葉を後になって知る事になる。




――――――――――――




リシェネと結婚式を挙げ 十日ほどの休みも開け城での仕事が始まり、気まずいながらもクリスと向かいあった。クリスは、俺の同僚で数少ない友人の中でも親友とも呼べる人間だ。だけれど、この結婚が決まってから彼から俺に話をしてくる事がなくなっていた。

彼の前ではあまり自分を偽る必要がなくとてもいい関係を築いてきたつもりだ。俺の女性関係の派手さに嫌悪を感じていた事も知っている。だからこそ、クリスが自分の妹を俺に嫁がせた事に疑問をもっていた。

結婚した後も、今までの女とは清算することもなく、今でも彼の前で女性を口説いている。何故こんな奴に、妹を任せたのか理解しがたい。なのに何も彼は俺にいってこない。

挨拶を交わした後、なかなか会話が続かない俺にクリスが口を開いた。


「リシェネの事だが…」


やはり来たかっと俺は顔をしかめた。妹から色々話は聞いていると思っていた。リシェネには不満だっただろう事を兄に告げて俺の女遊びを止めさせる気だろう。結婚したら俺が彼女のものになると思ったら大間違いだと分かってもらわねばならない。


「誰もが愛さずにはいられないほど可愛いリシェネを、お前は愛せないと言ったそうだな」


「あぁ…まぁ…」


誰もが愛さずにって…別に、彼女ちょっと可愛いかもしれないがそれだけだろう?

誰もって所は言いすぎではないだろうか…。まぁ少し言い過ぎたかなとは思っている。

彼女の家族からしたら、あまり気分のいいものじゃないだろう。俺は、殴られる覚悟はしたほうがいいようだ。

しかし、次に返ってきた言葉に俺は唖然とした。


「お前が結婚してくれたお陰でリシェネが修道院に行く事がなくなった。感謝している」


「へっ…?」


「本心は、この結婚は反対だった。だが…リシェネが望んだんだ。この結婚を…」


「どうして…」


「お前のことは女関係以外は信頼はしている。色々良くして貰っていると手紙にも書いてある。もう…妹が幸せなら…いいんだ」


何故、俺との結婚で幸せになるんだ?そんなに俺の事が好きなのか…?


「勘違いするなよ…。お前は、言ってしまった事には責任を持て。お前が死ぬ最後までだ」


「安心しろ。お前には悪いが、彼女には興味はない」


「…ならいい」


それ以来、クリスからリシェネの話をしてくる事は無かった。

クリスから苦言がでるだろうと高をくくっていた俺は彼に嫌われない事に安心しきってそれ以上何も考えなかった。


結婚前と変らずある程度の女遊びをし気まぐれにリシェネを抱く。

リシェネを抱く事は殆ど義務だった事もあって相手の体調を気遣い子を作るためだけの行為。

そんな行為でもリシェネは文句も言わず、俺は家には寝に行くだけで会話もない、食事を共にする事もめったにない。夫婦としては可笑しいかもしれないが、何故か非常に居心地がよかった。

自由にさせていた屋敷には、毎日花が所々飾られ使用人達の笑顔が増えたように思える。

たまに早く帰った時はリシェネに迎えられ「おかえりなさいませ」の言葉に安心する。

そう言えば、いつも女遊びをして遅くなっていた時に執事であるジークに嫌味の一つも言われたものだが結婚してからなくなったように思える。伯爵家の跡取りとして結婚し義務を果たしているからだろうか?

なかなか結婚してみるのもいいものだ。結婚してからの問題なんてものもなく逆にとても都合がよかった。

初めてリシェネに会ったときの自分の態度を反省しなければならない。こんなに良くしてもらえるなら、彼女を愛せなくても歩み寄る事はできただろう。けれど、今更謝るなんて事は恥ずかしさもあって出来なかった。この時の俺は謝る術がもうない事に気づきもしなかった。




――――――――――――




そんな俺にジークからリシェネが子を成した事を聞いた。

「そうか」っと一言告げると、ジークは俺よりも嬉しそうに「おめでとうございます」と言った。これでリシェネから男の子が生まれれば義務は果たされる。その時の感情はそれだけだった。

リシェネとの子を作るという行為はなくなり俺は屋敷に帰る事が以前よりもなくなった。帰ったとしても夜は遅くに帰ってはいたし朝はさっさとでていっていた。子供が出来たとわかってからリシェネと顔を合わせてもいない。

今考えたら照れくささもあったのかもしれない。ジークから逐一報告があるので心配ないだろうとも判断していた。

悪阻で食事をとっていないとか、お腹が膨らみ始めたなどただ聞くだけ。人事のようにただ聞くだけ。


久しぶりにリシェネと顔を合わせたのは、3ヶ月後…お腹の子が6ヶ月たった頃。

早めに帰った屋敷は使用人たちが忙しなく動いていた。


「リシェネ様!奥様!お願いですから階段を上がる際は私達をお呼びください!」


「大丈夫よ、このぐらい。ゆっくり上がるから…」


「駄目です!メイサにカナ早くきてくださいな」


いつもは大声を張らない侍女長をみて驚いてしまう。誰もここの主人が帰ってきている事に気がついてもいない。

そんなやり取りが落ち着いた時、リシェネが俺に気づき「お帰りなさいませ」っと何事も無かったかのように言った。使用人たちは慌てて腰をおり俺を迎えた。

3ヶ月会っていなかったリシェネは、ジークの報告通りお腹が膨らんでいた。その異物だと思われる体形の彼女を久しぶりに見た俺の感想は、美しいな…だった。そこに立っているだけでリシェネは輝いて見えた。

この時初めて、リシェネを認識したように思える。それから俺は、今までの生活が少しずつ逆転していくように屋敷に帰るようになった。


女性関係を減らし始めた頃 城で一人の名も知らぬ侍女から手紙を渡された。字を見ればすぐに誰のからのものか分かった。俺の今でも愛しい女性、エステルからの密かに会いたいという思いを告げられた手紙。

もちろん危険を冒してでも、今の生活を脅かしても会いに行こうと決めた。

日時も場所も指定してある。罠でも何でもいい。会いたい…愛し合いたい。


その日にちが近づき、もうすぐエステルに会えると眠れない日々を送っていた俺は城で意外な人物に出会った。

エステルの弟であり次期子爵でもある アダム・バーソン。エステルを通じて挨拶程度の交流ではあったが懐かしくもあり思わず話しかけてしまった。エステルに会える事もありこの時はただ気分が良かったのもある。

アダムは俺に気が付くと少し複雑そうな笑顔を向ける。お互いに挨拶を交わした後、アダムは意を決したように口をひらいた。


「遅くなってしまいましたがご結婚おめでとうございます」


「…あぁ…」


エステル以外を選んだ俺を責めているのだろうか?だが彼にも長男としての義務を分かっているはずなので理解してると思うのだが…。


「ずっと、姉に代わって謝りたいと思っておりました」


「謝る…とは?」


「貴方様との約束を違え、己の利を優先して側室になった姉を許せとは申しません。身内としても恥ずかしく、きちんと謝らなければと思ってはいたのですが…。男女の事に口出しは不要と父に言われておりました…ですが」


深々と謝る姿勢をとる彼が言っている内容が信じられず声が出ない。そんな俺の様子に怒っていると捉えたのだろう。


「申し訳ありませんでした。どう償ってよいものか…」


「…いや…もう過去の事」


それでも必死で謝る彼にそれ以上の言葉を言わせないように俺はすばやく別れを告げその場を去る。

アダムはもっと何か言いたげだったが顔色が倒れそうなほど青くっていた。いや、顔色が悪いのは俺もか。

すぐにエステルの手紙を持ってきた侍女を探しだし俺からの手紙を彼女に渡してもらう。

―俺を選らばなかった君に会うつもりはない―っと…。本当は違うといって欲しかった。無理やりに結婚させられたんだと。だが、その日のうちに返ってきた手紙の内容は、彼女の言い訳ばかりが綴ってあった。俺は今まで偽りの愛を信じていたらしい。良く考えれば分かった事じゃないか…。今更わかった事実に驚愕するしか出来なかった。


それからは仕事に明け暮れ屋敷に戻ることもなかった。少なくなっていたとは言えきらさなかった女性のもとにも通わずただ仕事に注いでいた。毎日届いていたエステルからの言い訳の手紙も一切返さずにいたらいつの間にか無くなり、あれだけ愛していた思いは跡形も無くなってしまっていた。

俺はいったい何を愛していたというのか…。誰に愛を乞うていたのか…。今まで俺を本当に愛してくれようとしていたかも知れない女性達を弄び己の利だけの為の結婚をした俺には、エステルを攻める権利などとうに失っているだろう。



一心不乱に仕事をしていた俺を見かねて、クリスが休みを取り付け無理やり俺を馬車に押し込む。疲れていた身体はクリスにされるがまま馬車に乗り久々に屋敷へと帰った。


さっさとベットに入って寝てしまおうと歩き出した時、ジークが俺に気づき慌てて近寄る。


「良かった…ご連絡が間に合ったようで…どうぞ急いでくださいませ」


屋敷の中の様子も皆慌てた様子で走りまわる使用人にリシェネに何かあったのだと気づく。


「いったい…どういう事だ…?」


「先ほど、リシェネ様に…」


ジークが言い終わる前にリシェネの元に走ると使用人達から部屋の前で止められる。何があったんだ…!もしかしたら彼女の身に何か…。必死で止める使用人の声も聞かず扉を開けようとすると…大きな赤ん坊の泣き声が響いてくる。

使用人が止めていた手がゆるみ俺は目の前の扉をゆっくりを開く。

大きな声にもかかわらず小さき赤ん坊は産湯につかっている。目の前の大きなベットではリシェネがぐったりと横になりその顔は恍惚としていた。その顔を見た途端、俺はリシェネの手をとり握った。リシェネが微かに驚いた顔で俺を見つめる。


「…ありがとう。よく頑張ってくれた…」


こんな時気の利いた言葉をいえない俺を許して欲しい。


「…レオナルドさま」


「…今はゆっくり休んでくれ」


疲れきったその顔が痛々しい…子が生まれるというのはこんなにも女性を儚くさせてしまうのか。今にも消えてしまいそうではないか…。


「そういう訳にはいけませんわ。この子にミルクをあげませんと」


子を抱き愛しさがあふれるその顔に、俺は目を奪われていた。


「そう…か。その…見ていても構わないだろうか?」


「もちろんです。レオナルド様の赤ちゃんではありませんか」


「あぁ…あぁ。そうだ。そうだな」


その小さな存在は、俺を受け入れてくれているようで愛しさがこみ上げてくる。あぁ…何だ…こんなに近くに愛するものがいたのだな…俺は愛を失っていない。これから本当に愛されるかもしれない…。




――――――――――――




それからは、間違っていた結婚生活をやり直す為、関係をもっていた女性との縁を切り、仕事が終われば真っ直ぐ帰るようになった。そんな俺に周りの同僚は驚きを隠すことなく昔の俺を比喩してはからかってくる。

そんな中、クリスだけが複雑そうな表情で俺を見ていた。きっと俺が彼女にしていた態度を知っているクリスとしては、早くリシェネと離婚する事を望んでいたのだろう。もう俺は間違えたりしないと彼に分かって貰うには時間がかかりそうだ。

女の影が無くなったとしても言い寄ってくる女は後を立たない。魅力的な谷間を見せ付けながらすがってくる女を毎回軽くあしらう。その時にはもうリシェネしか興味をもてなくなっていた俺には、寄ってくる女は皆ゴミのように思えていた。見てくれだけに気を使う節操のない中身の空っぽな女達。クリスが俺をどんな目でみていたか良く分かる。何て当時の俺は浅はかだったのか…。今日の女は特にしつこい女でどんなにあしらっても離れない。俺も見くびられたものだ。


「俺は、もう妻以外に興味はない。他をあたってくれ」


そうハッキリ告げると、顔を歪めて手を離す。あぁ本当に醜い…。こんな女に言い寄られるまで落ちていたとは…。

女を口には出さないが心で罵倒していると、女は呆れたように話し出す。


「まったく…同情でレオナルド様を縛るなんて、奥様はなんて罪深い方なのかしら」


「同情…だと?」


「そうではありませんか?元婚約者の方が亡くなったからって、レオナルド様に泣きつきでもなさったのでしょう?」


初めて知った事だった…。リシェネに婚約者?しかも亡くなっているなどと彼女から聞いた事がない。いや…俺は、リシェネの事情になんか興味が無かった…。俺に惚れてリシェネが結婚したなどと自惚れていたのだから。

しかも、泣きつくどころかリシェネは、ずっと笑って…。


「俺の妻を侮辱するつもりか!」


「ひっ!!」


俺の大声で、周りが何が起こったのかを察し、目の前の女は腰を抜かした身体を無理やり立たせ引っ張られるように去っていく。その後、その女の父親なるものが謝罪に現れたらしいが気を利かせた者達が門前払いをしてくれたらしい。


俺はすぐにリシェネの婚約者ことを調べた。

幼い頃に婚約していた事。相手は従兄弟でとても仲睦まじく良い関係だった事。

意を決してクリスにもリシェネの婚約者の事を聞いた。始めは渋い顔をしていたクリスだが、俺のしつこさに渋々話してくれた。婚約者が亡くなった後のリシェネは、外にも出ず食事もまともに取ってなかったらしい。家族以外とは会話もなく、ずっと修道院へいくことばかり口にしていたと。だが彼女は貴族であり、何より家族がそんな所にやる事を嫌がった。リシェネの意思は固くどんな必死の説得も効かなかった。そんな時、俺との婚約の話を聞いてしまったのだと言う。他に愛するものがいて、女遊びの激しいという噂の俺との縁談。そんな俺との結婚ならしてもいいと…。


「妹は、セシルを心から愛していたんだ。もちろんセシルもだ。俺には忘れろとは言えなかった…。忘れられない事も分かっていた。それなのに修道院にはいかせず、貴族の義務を果たせなどと酷な事を妹に押し付けてしまった最低な兄なんだよ…俺は…」


クリスは俺に懺悔するように話す。彼が悪い訳じゃない。きっと本当は幸せになってほしくてリシェネに結婚して欲しかったに違いない。なのにリシェネが望んだ相手は、彼女を愛さないクズのような男だった…それだけだ。


「俺は…取り返しのつかない事をリシェネに告げてしまっていたんだな」


愛さないし、愛するな…っと。それは、俺とリシェネが望んだ結婚のカタチ。出会った頃のリシェネを思い出せば、彼女のやせ細った身体とまだ幼なさを残した顔が過ぎり、その様子に興味もなく自分の事ばかりを考えていた自分を殴りたくなる。


「それでも…結婚してからの妹は、幸せだと俺達家族に言っていた。本当に色々と良くして貰えて、お前といい関係なんだと思っていたんだが…」


良くしていたのは、屋敷のジークや他の使用人達だ。その雰囲気を作り出したのもリシェネ自身だろう。俺がしたのは屋敷での使用許可と自分勝手を求める為に出した自由だけだ。


「いい関係どころか、何も関係も無かったよ…」


そう気まぐれに抱く行為でさえ、ただの義務だった。他の女の匂いをつけたまま抱いていた事もある。何も言わず、義務をまっとうしていただけの行為。俺達には何も無かったんだ。何も無いから何も言う事が無かった。何も言わないリシェネを馬鹿にしていたこともある。馬鹿なのは俺だったというのに。


「…妹を、頼む」


クリスは俺にそう言うと、心配そうに俺を見た。そうか、いつも複雑そうに俺を見ていたのは心配してくれていたのか…。俺が、リシェネを愛してしまう事を。


そう…俺は、リシェネを愛している。もう認めるしかなかった。


子供が出来てから、俺はリシェネと夜一緒に寝る事はあっても身体を求めた事はなかった。彼女の身体を気遣ってもあったが、それ以上にリシェネから求めて貰いたかった。だが俺を愛してもいないリシェネにそれを期待するのは酷な話だ。今までの彼女への仕打ちに良くそんな考えが出来たものだ。我ながら呆れる。俺の事は愛していなくとも、俺との子供への愛は疑いようも無くあるだろう。もういない元婚約者との子供ではなく俺との子供だ。今、彼女の傍にいて彼女と結婚しているのは俺なんだ。

その日、俺はリシェネを抱いた。壊れ物を扱うように、愛おしい存在を。




――――――――――――




子供がもう一人出来、屋敷はますます賑やかになった。二人目はリシェネにそっくりな女の子だった。

二人の母になるリシェネからは幼さも消え美しさに磨きがかかったように思う。そんな彼女に俺は又恋をする様に惹かれる。今の俺の態度は間違っていないだろうか?少しづつ進む二人の距離は間に子供がいてこそ成り立つもの。俺は今のリシェネにとって少しは必要な存在に近づけただろうか?


二人目の子供が少し落ち着いてきた昼下がり、もう日課となってきた二人でのお茶での席に思い切って聞いてみる。


「リシェネは…」


少し震える声。リシェネの俺を覗き込む可愛い仕草。


「リシェネは、幸せか…?」


少しの間…なかなか答えないリシェネに一抹の不安が過ぎる。リシェネは質問の意味を噛み砕いているようだった。


「もちろんです。レオナルド様のお陰で私はとても幸せです」


「そう…か」


はっきりとした口調で答えたリシェネに安堵してしまう。安心しすぎた俺は、最も聞きたくて聞いてはいけない質問をぶつけてしまう…。


「リシェネは…俺を、愛しているだろうか?」


俺は…今、何を言った…?口にしてしまった以上後戻りは出来ない…。


「…安心してください」


「リシェネ…」


この時、少しだけ期待してしまっていた…。優しく微笑む彼女からの言葉は、俺の望んだものをくれるのではないかと。彼女から初めて触れてくれた手に少しの力が込められると…


「安心してください。私は、レオナルド様を愛しておりません」


まさに、目の前が真っ暗になるとはこの事だ。分かっていたことだったはずじゃないか。リシェネに愛するなと言ったのはおれ自身だ。愛を邪魔だといったのも俺だ。彼女を攻めるのは可笑しい。しかも俺は彼女に気持ちをも伝えてはいない。伝えられない。せめて伝える事だけでも出来たら…。愚かな俺は、それすらも許されていない。彼女が望んでいないのを知っている。リシェネに愛するものがいる事を、俺はもう知ってしまっている。


屋敷中にリシェネが好きな花が飾られている。この花は、リシェネの想いが込められたものだとも薄々気づいている。

この花を全部燃やしてしまえば、リシェネの想いも消してしまえるのではないか…そんな嫉妬にかられた思いもなかった訳じゃない。それなのに何故か…この花を嫌いになれない自分がいた。愛を知るリシェネは、誰もが愛さずにはいられないほど…美しかった。リシェネが誰を想っていようとも、もうどうでもいいほど彼女を愛してしまっていた。


側室だったエステルが、護衛の一人と関係をもち処分された知らせを聞いた時も、俺はリシェネとの幸せばかり考えていた。あんなにも忘れられないと思っていた感情は、跡形どころか何の感情も生まれない。

リシェネが俺の傍にいてくれてさえいればいい。他の女性関係の事を心配するリシェネをどうにか分かってもらいながら彼女に疑われないように愛する。これが嫉妬からくるものだったらどんなに嬉しいか…嫉妬してもらえたら、俺は歓喜に震えるのに。愛している事を知られたらリシェネがいなくなってしまう恐怖とずっと戦っていた。




――――――――――――




俺はリシェネとの間に五人の子に恵まれ、無事成人し政略結婚だとしても皆それぞれ幸せに旅立っていった。


リシェネとの二人の時間が欲しくて家督を譲り 田舎の別荘に引っ込んだ。

二人きりの時間はいまだに緊張してしまう。それでも、二人の時間は苦痛にはならず、ただ彼女がいる事実だけでよかった。

別荘に植えていた花をみてリシェネは驚き、俺に抱きついて喜んだ。リシェネが喜んでくれるならどんな事でも受け入れよう…そう決めていた。愛しそうに見つめる先に俺がいなくても、その顔を独り占めできる事が俺にとっての幸せになった。


俺達の子供達だけではなく孫という家族も増え 俺とリシェネの間に愛の形を成していく。


段々とリシェネがベットから起きていられる時間が少なくなってきた。

子供達や孫が遊びに来た時は少しは元気がでるらしい。俺は必死で愛する者達と彼女を引き止めるために笑う。

ふと、リシェネの部屋の前に立ち止まる。彼女が目を覚ましているらしい。微かに聞こえる愛おしい人の声。


「マーサ…マーサ…。愛する方より後に逝けるのは、幸せな事だったのね」


「リシェネ様…」


彼女に長年付き添っていた侍女のマーサと話しているらしい。時よりこうやって彼の人を思い会話しているのを知っている。


「ふふっ…だって、あの方を残して逝ってしまったらきっと、大変よ」


「えぇ…えぇ。その通りです。リシェネ様…お体に障ります。どうぞ横になってくださいませ」


「…マーサ。ずっと傍に居てくれてありがとう。そして、つき合わせてしまってごめんなさいね」


マーサは泣いているのだろう。会話は途切れ静寂が訪れた部屋の前でただ立っていた。


意外にも心は凪いでいた…。嫉妬や失意に苛まれるかと思っていた。

彼女の言葉は、俺に向けて言われたものではない。それなのに何故かその言葉は俺に言っているようだった。

愛する人より後にいける事は幸せなんだと…。確かに彼女を残して先には逝けない…。俺ほどリシェネを幸せに出来る奴なんていないのだから。




――――――――――――



力なく伸ばされる手、その手を縋り付く様に握り返す。


リシェネが居なくなってしまう…。俺のもとから、愛する男の元へと…。

いつかは彼女を彼に返さなければいけない事ぐらい分かっていた…。だが早すぎるのではないだろうか。

確かに始まりは褒められたものじゃないかもしれない。それでも…っと期待してしまう俺を許してほしい。


ずっと言葉に出来なかった…してはいけない言葉を俺は口にした。


「愛している…ずっと、愛していた」


もう拒絶されても伝えたかった。ずっと、言えずにきた言葉。


「安心してください。私もずっと、愛してますわ…」


たとえその言葉が俺の為ではないとしても…安心して欲しい。

確かなリシェネの愛は俺にはあるのだから…。




沢山の子供達と孫に見送られながら彼女は眠るように逝った…。



―ずっと…ずっと…愛して…―








読んでいただきありがとうございました。

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