侯爵令嬢の嗜み 4
そこからのアイリスの快進撃は、目を見張るものだった。
彼女の活躍が誇らしかったし、けれども逆に、彼女のその頑張りが心配でもあった。
「……やっぱり、返事はまだ来てないわね」
渡された手紙の束を見渡して、溜息を吐く。
「アルメリア公爵家のご令嬢から、お手紙の返信が来ないですね」
「仕方ないわね。アイリスも忙しいでしょうし」
「そうでしょうねぇ……」
「ウジウジしてても、仕方ないわね。気晴らしに、出かけましょう」
そうして、私は街に出た。
前にアイリスと共に街歩きをして以来、外に出かけるのが私の趣味の一つだ。
街には、沢山の人が行き交っている。
その中でも特に人が集まっているのが、アズータ商会関連のお店。
……やっぱり、アイリスは凄いなあ。
やがて、アズータ商会の貴族専門店に辿り着いた。
「きゃっ……」
「おっと、失礼」
入口で、男性にぶつかった。
「……ミモザ?」
「……?」
男性の問いかけに、私は首を傾げる。
……何故、私の名前を知っているのだろうか。
男性の顔を見つめながら、記憶を辿る。
「……もしかして、アランお兄様?」
「そうだよ! うわー久しぶりだね、ミモザ」
アランお兄様は、ユーグ伯爵家の次男。
ユーグ伯爵家の別荘と私の家の別荘が偶々隣にあって、夏に避暑で出掛けた時とかはよく遊んでもらっていた。
私の五つ上で、穏やかで優しい人……そんな記憶。
「アランお兄様も、お買い物に?」
「うん、そう。ここの香水の一つがね、虫除けに凄い役立つんだ」
「……虫除け、ですか?」
「そうそう。僕は大学で主に地形のことを勉強していてね。フィールドワークで色んなところに行くんだ。森を抜ける時なんかは、虫に刺されるのが一番怖くてね……それで、ここの香水をいつも買い求めるって訳」
「虫が一番怖いのですか?」
「勿論、獣も怖いよ。でも、一番厄介なのは虫なんだ。最近の研究じゃあ、虫に刺されることによって病気に罹ることもあるって言われていてね……」
目をキラキラと輝かせて話すお兄様の話に、気がついたら夢中になって聞いていた。
まるで、物語を読んでいる時のように、私の知らない世界に触れているようで。
純粋に、凄いなあ……と尊敬する。
「……って、あ。突然、こんなつまらない話で話し込んじゃってごめんね」
「いえ! つまらなくなんて、ないです! とっても、面白いです」
「え……」
「だってお兄様のお話を聞いていると、まるで自分も一緒に冒険しているみたいなんですもの」
「そ、そっか……。それは良かったよ、うん」
「……ダングレー様。もし宜しければ、お話は中でされてはいかがでしょうか?」
タイミングを見計らったように、アズータ商会の従業員さんが話しかけてきた。
「あ! すいません、入口で話し込んでしまって……」
アランお兄様の謝罪に、従業員さんは朗らかな笑みを浮かべつつ首を横に振る。
「いえいえ、お気になさらず」
「あ、それじゃあ僕はこの辺で……」
「お兄様、この後何かご用事がありますの?」
「今日は休みだから、特に予定はないけれども……」
「折角ここで会えたのも、何かの縁です。中で一緒にお茶をしませんか?」
「でも、それじゃあ君の買い物は……」
「良いんです。私、今日は買い物じゃなくて、デザートを食べに来たものですから。もう少し、お兄様のお話を伺いたいな、と」
「分かったよ。それじゃあ、僕も御相伴に預からせて貰おうかな」
「ありがとうございます」
それから私はアランお兄様と、時間を忘れてお喋りを楽しんだのだった。