プロローグ
天を衝く咆哮が辺りにこだまする。
小さな丘くらいはありそうな巨大な体躯、あらゆる魔術、物理攻撃をものともしない強靭な鱗。
その爪は全てを切り裂き、その息吹は全てを破壊する。
正真正銘の化け物、暴虐の化身と揶揄される絶対的な存在である竜。
数多の魔物が、跋扈し脅威とされるこの世界でも最強の一角として数えされ畏怖の対象である存在。
そんな個体によっては、神にすら例えられるほどの化け物を相手に闘う人物がいた。
その人物の名前は、フェイト•アリシエーター。王立聖剣学園きっての天才と呼ばれる才気溢れる若者である。
いつもは輝かしいまでのその美貌は、濃い疲労の色をした表情に隠れてしまっていた。
綺麗な肩口まであるエメラルドグリーンの髪は泥にまみれ、顔にもたくさんの擦り傷を作っている。
「はぁ、はぁ。くそう。誰かまだ、闘えるものはいるか⁈」
フェイトは、肩で息をしながら目の前にいる竜の咆哮に負けないように声を張り上げた。
「一年生の部隊は、全て撤退。他の二年、三年の部隊は、死人こそ出てはいませんが、もはや闘えるだけの余力はありませ……がぁっ‼︎」
「ミントっ⁈」
フェイトの声に応えた1人の少女が、振り回された竜の尾に弾き飛ばれ紙くずのように吹き飛んだ。
フェイトの視線の先で呻き声をあげながら、うずくまる仲間を見て彼女は、悪態をついた。
「……これでまだ幼生体だと⁈化け物め。救援の部隊はまだなのかっ」
フェイトの言ったとおり今彼女が対峙している竜は、不幸中の幸いと言うべきかまだ子供であった。
しかし成体の竜でないといってもまだ学生であるフェイトには、手に余る相手である。
50名はいた学園の生徒達は、フェイトを除き既にみな気絶もしくは、あまりの力の差に震えて腰が抜けてしまっていてとても闘える状態ではない。
先ほどまだ一緒に戦っていた仲間が、戦闘不能になり、救援部隊の部隊が到着するまでの残りの時間をフェイト1人で戦わなくては、いけなくなってしまった。
そんな状況の中、竜が大きく息を吸った。竜を中心に尋常でない魔力の高まりを感じる。
ブレスっ⁈
「チッ‼︎」
フェイト1人だけならなんとか避けることが出来るが、彼女の背後には、動けない仲間がいる。彼女は、仲間を庇うように竜の前に立ちはだかり自身の誇りでもある、聖剣を真っ直ぐに構えた。
数瞬遅れて、竜の口から轟音と共にブレスが吐き出される。
とてつもない熱量と魔力が篭った一撃だ。
フェイトは、その巨大なブレスに自分の持ち得る最大の奥義で対抗する。
「うおおおっ‼︎」
大上段に振り抜かれた彼女の聖剣から竜のブレスに劣らない威力の光線が、放たれた。
二つの光は、衝突し、その余波で大地が割れ、大気が裂ける。
互いの必殺の一撃は、なんとか引き分けの形で収まったが、両者をみると勝敗は一目瞭然だ。
竜は、まだまだ健在だとばかりに咆哮を上げながら次のブレスの為に魔力を蓄え、フェイトは、剣を地面に突き刺しその柄に手をやりなんとか立っている状態だ。
……くそ。こんなところで私は死ぬのか?
嫌だ。死にたくない。私は、まだなにも成し遂げていない。
フェイトは、はじめて感じる本当の恐怖に絶望し、死を感じた。彼女の目に大粒の涙が光っているのが見える。
そしてまさに今竜からブレスが放たれる瞬間、明るかった空が急に暗くなったかと思うと今度は、目も眩むような光が弾けた。
あまりの眩しさにフェイトが目を瞑ると竜の悲鳴のような物が辺りに木霊する。
「いったいなにがっ⁈」
彼女が目を見開くとそこには、鉄の剣の様な物が刺さり片目からおびただしい量の血を流し、痛みに首をふる竜と必死にその首にしがみつく黒髪の少年が目に入った。
「うおおおおお!なに、なんなのこれえええ!」
目の前の出来事に呆気に取られるフェイトの前で、黒髪の少年は悲鳴を上げながら、竜にしがみついていたが、やがて耐えられなくなりフェイトの方に吹き飛ばされてきた。
「だ、大丈夫かっ⁈」
フェイトがいきなりの乱入者に驚きと心配の声を上げた。
「お、おい!」
「……。」
少年は、地面に叩きつけられた衝撃で気を失っていた。
フェイトが、少年に気を取られている間にもう一度竜の悲鳴が響いた。
「こ、今度は、な、なんだ⁈救援が間に合ったのか?」
救援部隊が間に合ったのか、フェイトの後ろから竜を狙った魔術が飛んでいき奴に炸裂している。
しばらく攻撃を受けていた竜は、無事な方の目を怒りに染めて少年とフェイトを睨みつけ、状況が不利と察するとその翼を大きく振るい飛び上がり、身体を反転させるとその場から去って行った。
「た、助かったのか?それにしてもこの少年は、いったい?」
急転直下の事態にフェイトは動揺し、見慣れない格好をして自分の窮地を救ってくれた気絶している黒髪の少年の顔を見つめて呟いた。
この少年こそ後に剣聖と呼ばれ、ここメギド王国の英雄となる事をまだ誰も知らない。




