うましか
にんげんと犬はすたすたとある場所に向かっていました。
場所は山の中、岩肌が多い乾いた場所です。
陽もよくあたりぽかぽかと暖かい日和ににんげんは犬の背中でうつらうつらしていました。
犬はそんなにんげんを落とさないようにゆるゆると進んでいきます。内心、これは少し予定より着くのが遅くなるかもしれないな、と思いつつ。
そんな犬の懸念を他所に、なんとか目的の場所には太陽が真上から少しずれるくらいの時間に辿り着きました。
そこは洞窟の前に平らな岩がいくつも並べられて、その上に様々な種類の草が置かれて乾かされていました。
犬が「馬鹿の姉さん、着いたぞ。犬とにんげんだ!」と声を上げると洞窟から一つの影が現れました。
その影は馬の頭に女性の上半身、鹿の首から下の下半身を持つ異形の姉でした。
「いらっしゃい。犬、にんげんは…あらあら、寝ちゃってるのね。この陽気で貴方の背中で揺られたらそれも仕方ないかしら。気持ちいいものね。」
訪ねてきたのにまだ目を覚まさないにんげんに気を悪くした風でもなく、馬鹿の姉は伏せた犬の背中に乗っているにんげんの肩をゆすりました。
「にんげん、にんげん。着きましたよ。馬鹿のお姉さんの洞窟ですよー。起きてにんげん。」
その優しい声と振動ににんげんはゆっくりと目を開けます、そして、「おはよう…ここどこ?馬鹿の姉さん。」と聞きました。
改めてその問いに、「馬鹿のお姉さんの洞窟よ。さぁ目を覚まして。それともこのすっきりする草を口に入れてみる?」と答える馬鹿の姉。
良く見ると犬はちょっと顔をしかめています。
「すっきりする草…?どうするの?」と聞くにんげんに、馬鹿の姉は岩の上から一枚の草を取り上げると、「これを口に入れるの。噛んじゃ駄目よ。苦いの出てきちゃうからね。あくまで口に入れるだけよ。」と言ってにんげんに草を手渡します。
半分寝ぼけ眼で草を受け取ったにんげんは、いわれるままに草を口の中にいれます。
すると段々目が冴えて来たのか、徐々に瞳に光が宿り始めます。
「すごい!この草うっ!ぺっぺっ!噛んじゃった!」
凄い事を伝えたかったのでしょうが、それで口を動かして草を噛んで苦かったのか、にんげんは草をすぐに口から吐き出してしまいました。
「あらあら、にんげんったらうっかりさんね。噛んじゃいけないって言ったでしょう。」と言って吐き出した草を片付けてあげます。
そんな事をしてからようやくにんげんは、「馬鹿の姉さんこんにちは!今日は良い匂いの草をかがせてもらいにきました!」と挨拶できました。
それに馬鹿の姉は、「はい、こんにちはにんげん。ようこそ来たわね、湖から山まで来るのは犬に乗っても大変だったでしょう。ゆっくりしていってね。」と答えました。
こうして、にんげんと馬鹿の姉のゆっくりとした干草の匂いを堪能する会が始まるのですが、その前ににんげんは近くにある小川に口をゆすぎに行かされました。
そうして口をゆすいで戻ってきたにんげんに、馬鹿の姉は、「にんげんはまずどんな匂いを嗅ぎたい?」と聞きます。
それに対してにんげんは、「甘いの!」と答えます。
馬鹿の姉は「ふむ、甘いのね?甘いのも色々あるけれどどれがいいかしら。」と岩の一つの上に並ぶ草から一枚ずつ取ってにんげんの所に持ってきました。
そして「草を順番に渡していくから、これだと思った草を口に含みなさい。でも噛んじゃ駄目よ。さっきみたいに苦い事になりますからね。」と言って、一枚一枚にんげんが匂いを確認しているのを見ながら渡してきます。
ふんわりとした甘い匂い、とろりとした甘い匂い、爽やかな甘さ、甘さをぎゅうっと詰め込んだかのような濃厚な甘い匂い、色々な甘さの匂いがありましたが、にんげんが選んだのはとろりとした甘い匂いの草でした。
「これ今まで嗅いだ事のない甘さ…試したい。」と言うにんげんに、馬鹿の姉は、「ふふ、じゃあ気をつけて味わってね。匂いが消えるまで口の中で転がすのよ。苦味が出てきたらあっちの方でぺってして川で口をゆすいで着てね。」と言います。
そうしてにんげんが草を口に含んでうっとりしていると、馬鹿の姉は犬にも声を掛けます。
「どう、貴方も味あわない?犬」と。でも犬はゆっくり首を振って答えます、「俺は干してある状態の匂いで十分だよ。しっかり嗅げてる。」と。
それを見て馬鹿の姉は歯をむき出しにして笑いました。「相変わらず鼻がいいわね。」と。
こうしてその後もにんげんは酸っぱい匂いやなんともいえない珍妙な匂いを味わって夕方まで馬鹿の姉の所で過ごし、また来る約束をしたのでした。
草は太陽の力で干すので次に合う日は太陽と月の追いかけっこが何十度も行われた後でしたが、しっかりと約束したのです。
ちなみに、馬鹿の姉は馬の頭を持っているのに草を苦いと感じてしまう味覚の持ち主でした。
そこでせめて匂いだけでも楽しもうと、葉っぱや草を乾かして匂いだけ楽しむ、という結論に達したのです。
当然、草は食べません。
馬の頭なのに、ちょっと意外ですね。




