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番外編・人間の話

 これは人間のその後の話。

にんげん達と別れた後森を彷徨いなんとか湖を見つけた人間は大きな声で「この清浄の湖には全知の女神が住むと聞く、どうか御身を顕わし我が問いに答えたまえ!」と叫びました。

 しばらくはなんの変化もありませんでした。人間もやはり伝承は伝承、あてには出来ないかと思い始めた頃、湖の水がさざめき始めました。

そして人間の視界に、対岸が見通せない巨大な湖の奥から近づいてくる何者かの姿が写されました。

美しい人間の女の顔を持ち、腕は六本、乳房は六つ、下半身は見えません。

勇者はごくりと唾を飲み込みました。

最初は点ほどだったその姿が見る見る近づき、明らかに村を襲っている竜より大きなサイズになっていくのですから、当然です。

 そして、お母さんが湖岸に蛇の下半身を現したときには完全に人間は、お母さんを見上げる形になりました。

そんな人間にお母さんは問いかけます、「人間よ。小さな種族よ。何を聞きたいのですか。」と。

神聖な響きを持つその声に、人間は圧倒され我を忘れそうになりましたが、ぐっと腹に力を入れると声を張り上げます。

「昨今村々を焼く悪しき竜現れたり、これを打ち破らんと数多の勇者が挑んだが皆、敗れた。どうかこの竜に勝つための方法を教え給え。」と。

この問いにお母さんは答えてあげました。

「その悪竜は知恵少なきもの。竜の中でも若く力弱いもの。酒と婦女子に化けた勇者で油断させ、酒に酔ったところを心臓を守る鱗の中で最も弱い逆鱗を一突きになさい。さすれば竜は倒れるでしょう。酒は人間の大人が入れる大きさの物を五つは用意なさい。そうすれば首尾は上々でしょう。」

 この答えに人間は安心しましたが、彼にはまだ聞かねばならぬ事がありました。

「全知の女神よ、悪竜を倒す方法は解りました。ですが私にはまだ聞きたいことがあります。私が道中であった巨大な犬と少女の事です。彼らには私の剣は通じませんでした。私の剣はすでに何者も切り裂けぬ弱いものに成り果てたのでしょうか。」

 この問いにもお母さんは答えます。ただし、少々の嘘を込めて。

「その者達は我が眷属。犬と人に見えてもその身は怪物。人間の武器ではもとより傷つけられぬ者達。貴方が弱くなったわけではありません。」

 この答えに人間は喜びました。自分が弱くなったのではないのだと。女神の眷属相手なら刃が立たなくても仕方ない。

それどころか下手に刃が立って傷つけてでも居たら大事だったと自分の幸運を喜びました。

「それで、まだ何か聞きたいことはありますか?小さな生き物よ。」

 このお母さんの問いに、人間は否と答えました。

「いえ、これで全てです。問いに答えていただきありがとうございました。この御礼に伝承の全知の女神は真であったと人々に知らしめます。」

 その人間の言葉にお母さんは駄目、と言います。

「いけません。私の存在を高らかに示すのは私の望む所ではありません。貴方は旅の賢者に竜の討伐法を教えてもらった。もし人にどうやって竜を倒す方法を教えてもらったのか聞かれたらそう答えなさい。それが何よりのお礼です。」

 そういうとお母さんはスルスルと後ろに向かって進み始めこう言いました。

「ではさようなら小さな生き物。精一杯生きなさい。」

 この僅かな激励に元気付けられた人間は、帰り道が長く辛いものになるのを想像しても挫けそうになるどころか、目的を果たした達成感で一日も早く帰り着くぞ、とやる気をあらわにしました。

 こうして人間は故郷の村に竜退治の方法を伝えたのですが…

実は人間の旅路は数年単位のもの、村はかろうじて残っていましたが、肝心の村娘を装えるほどの若さが人間にはすでにありませんでした。

しかしそこで名乗りを上げたのが村に残った唯一の少年です。

彼は次の生贄が自らのたった一人の肉親の姉だと解っていて、絶対に竜を倒さなければならないと思っていました。

そして、そのやる気を買われて少年は女装し、竜を酔わせ、見事逆鱗を刺し竜を倒したのです。

 こうして、竜殺しの名誉は少年に取られてしまいましたが、人間は竜討伐の法を長く求めた放浪の勇者として村に迎えられました。

この結果には、竜殺しの名誉が欲しかった人間には多少不満な事でしたが、美人のお嫁さんを貰うとそんな不満も忘れてしまいました。

人に敬われ、綺麗なお嫁さんを貰い、余生を安楽に暮らす。

人間にとってはこれで幸せが一杯になったのでした。

 ところで、後年人間が困った事が一つあります。

約束どおり、竜殺しの知恵を女神から授かった事は秘密にしていたのですが、放浪の賢者の名をよく聞かれるのです。

その度に、女神に賢者の名前を考えてもらえばよかった…と思うのでした。

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