見えない場所
にんげんはある夜犬に聞きました。
「夜になると森の中が暗くて見えない、犬は見える?」と。
それに対して犬は「見える。」と答えました。
なぜそんな事を聞くのかと犬がにんげんに聞くと、「森にいるうちに夜になっちゃったことがあるでしょう?その時犬はすいすい歩いてたから。」と答えます。
ああ、あの時の事か、と犬は思いました。
そして、「あの時は月明かりが出ていたから歩けたんだ。完全な真っ暗なら俺もさすがに歩けない。」と言いました。
にんげんは完全に真っ暗な場所は見たことはあっても、完全に真っ暗な夜は見たことが無かったのでびっくりしてしまいました。
そして、「月明かりの無い夜なんてあるの?」と聞きました。
犬はその問いに、「結構ある。雨の夜なんかは月が何かに隠れて見えなくなるとかざらにある。」と答えました。
にんげんは雨と聞いて納得しました。
雨が降るときは魚の姉の言いつけどおり犬に雨の当たらない洞窟の中に連れて行ってもらって、その真っ暗な中で過ごし眠るからです。
にんげんが真っ暗な夜を見たことが無いのも無理はありません。
そこで、にんげんが「真っ暗な夜見たい!」と言います。
しかし犬は承知しません。
そして、「にんげん、俺はな、自分の目で見えない場所には本来入ってはいけないのだと考えているんだ。」と語り初めました。
「見えないという事は歩けないという事で、歩けないという事は進めないという事だ、つまり見えないというのは何かが進むなと警告しているのだと思う。」と締めくくります。
ですがにんげんは納得しません。
「でも雨の夜は私まっくらな洞窟に入るよ?」と。
犬はそれに、「あれは俺が見えているから入ってもいいんだ。お前だけでは当然入っちゃいけない。」と返します。
にんげんはそんなものか、と思い、「ふぅんそっかぁ。やっぱり犬は凄いなぁ。犬がいると私はいける場所が一杯あるけど、犬がいないとどこにもいけないもんね。」と言いました。
犬は、「まぁまったくいけないわけじゃないが、大分減りはするな。」と答えにんげんの頬を舐めました。
そして、「さぁ、今日も月が昇り始めた。皆寝る時間だ。」と言ってにんげんを寝かしつけようとします。
にんげんは素直に「はぁい」と返事をして犬の毛皮にもぐりこみます。
そこでにんげんは、「あっ。」と声を上げます。
「そういえば目を瞑ると真っ暗だ、じゃあ目を瞑ったらどこにも進んじゃいけないんだね。」と言います。
これには犬もちょっと呆れて、「目を瞑って歩いたら木にぶつかったりするからな、当然だ。」と言いました。
にんげんは、「えへへ、ちょっと賢くなっちゃった。」といって改めて犬に抱きつきました。
犬はそんなにんげんにちょっと鼻を鳴らすと目を閉じました。
にんげんはまだまだ気づいていない事が一杯あることに気づいてすらいません。
そして、それに気づくことが楽しい事か苦しい事か、それすらも知らないのです。
でもそんな事、誰にもその時が来るまで解らないのかもしれません。




