水辺の姉
にんげんが赤ん坊だった時、にんげんのおしっこやうんちの世話を誰がしたでしょう。
犬、違います。犬はそんな器用な事ができる手を持っていません。
お母さん、違います。お母さんではにんげんを潰してしまうくらい大きさに差があります。
そう、にんげんが小さい頃本当に一番世話をしたのは…
お母さんのいる湖のほとり、朝靄がかったそこに変わった影があります。
頭は頂点が緩い曲線を描く三角の様で、胴体と腕は形もサイズも大人の人間のよう、そして下半身は湖に浸かっているからか見えません。
そんな影がゆらりゆらりと揺れているところに、犬とにんげんがやってきました。
「魚の姉さん、おはよう!」元気一杯ににんげんは挨拶します。
だってにんげんはこの優しい姉が大好きですから。
そして犬も静かに「お早う姉さん。」と声を掛けます。
それに対して影は「おはよう二人とも、今日も良い朝ね。」と答えます。
そして湖から上がってにんげん達に近づいてきました。
そうして魚の姉の姿が薄っすら見え始め、徐々に濃い朝霧の中でもしっかりと見えるほどに近づいてきました。
そこに立っていたのは魚の頭を人間の女の胴体に縦に置いて顎の裏にのっぺりした人間の顔を貼り付けたかのような頭を持ち、えらをパクパクさせる、ヒトデのような下半身を持つ怪物の姿でした。
「あのね、今日も魚の姉さんの歌で目が覚めたんだよ、わたしは聞こえないけどね、犬が聞いてくれるの。」とはしゃぐ人間に、「それは起きてもらわないとね、あの歌はあなたを起こすために歌っているのだから。」とにんげんの腰の下から答える魚の姉。
犬はそれに対して、「毎度毎度大げさじゃないか、エラ振れ歌を歌うなんて。人間だって一食くらい抜いたって死にはしないだろう。」なんて言います。
それを聞いた魚の姉は声を荒げます、「貴方!赤ちゃんの時のにんげんがどれだけ弱かったか憶えてないの!?すぐ泣くしすぐ冷えるし、私はおちおち湖に浸かってられないほどにんげんは弱かったんですからね!」と。
犬はその剣幕に、「いや、あのだな、にんげんももうあの頃みたいに弱くないといいたいわけで…だよなにんげん、今のお前は強いよな?」と弱気に答えます。
にんげんは元気に、「うん!」と答えますが、魚の姉は心配をやめません。
「だめよにんげん、貴方は私達兄弟の中でも特に弱いのだから、強くなれるお母様の乳を沢山飲まなければ。さぁ、今日の朝の分よ。じきにお母様も私の歌でやってくるでしょう。」と言い募ります。
犬はやれやれ、といわんばかりに首を振ってため息をつきますが、にんげんは嬉しそう。
そんな三人の所へ湖の水を揺らし、掻き分けてお母さんがやってきたのはすぐ後のことでした。
今日もにんげんの飲む乳は、とても美味しいのです。




