夢が叶った先って…?①
── 東京都・昭鳥市
女の子になるというボクの念願は、やっと叶った。なのに、なんの感慨も湧かない。それどころかまったく落ち着かない。少し膨らんだ胸に手を当ててみると、鼓動が速いのがわかる。高揚感じゃない。ただ気分が落ち着かないだけ。
「これが夢を叶えるってコトなのかな」
人間、ないものねだりをしてる内が華なのかもしれない、なんてね。じゃなきゃ、こうしてベッドに丸まって部屋に篭ってないだろうから。
ベッドが沈むと、背中に堅い感覚が伝わった。その場で寝転がると、ウンちゃんが不安そうにボクを見ていた。
「大丈夫だよ、心配ありがとね」
ウンちゃんの頭を撫でて、立ち上がる。ウンちゃんの空妖に備わっているらしい不思議なチカラは、まだわからない。
もしかしてだけど、この子もわかってないのかもしれない。自分が何者なのか。
「似た者同士なのかもね、ボクら」
ふと目についた鏡を見て、省みる。
「なんで女の子になりたかったんだっけ……?」
思い出そうとすると、階段を上がる音。その足音はボクの部屋に真っ直ぐ来る。ウンちゃんはベッド下に隠れた。
「魅人、今日は練習できそうか?」
部屋の前に立つのは父さんだ。普段は物静かだけど、この季節になると多弁になる。
「んー……」
はぐらかすと、父さんはボクの部屋に入ってきた。クーラーの冷気が逃げていく。
「月海の巫女舞は、千田家の長男しかできないんだ」
そうだ。ボクは周りの同級生よりも身体が小さくて、それがコンプレックスだった。でも、月海祭で巫女舞を奉納するときだけは心も踊った。
巫女さんの恰好をしたら、親戚のみんなにかわいいってチヤホヤされて、うれしかったんだ。まるで本物の女の子みたいって。自信がついて、そこから女装を始めてインスタに写真を上げれば、いっぱい褒められた。
だけどそれは、どんなに取り繕っても、結局ニセモノ。男らしくもなれないし、ホンモノにもなれない。何者にもなれず、ただ気持ちが悪かった。
「あの恰好は思春期の男にはつらいかもしれないが、これは俺もやってきたコトなんだ。伝統だから、やらなくてはならない」
家族には女装をしているのは内緒にしてるから、この日だけは楽しんでいるのはわかりっこないよね。
だから、ボクだってイヤなワケじゃない。でも、ただホンモノになった今は、堂々と女の子の恰好をする特別感が薄れてるみたいで、いつものようなやる気も湧かない。
「俺の学生時代とは違って、最近は異常に暑いからな。無理にとは言わないが、練習できるときに声を掛けてくれ」
「もう振りは覚えてるから大丈夫。毎年やってるからね」
「そうか。頼もしいな」
「ところで、なんでこんな伝統があるの?」
「ん、前にも言ったと思ったが、覚えてないか。じゃあ簡潔に話すから聞いてくれよ、話半分にな」
気づかってくれているのをいいコトに、ボクはついでに訊いてみた。たしか教えてもらったけど、たぶんその頃は踊る理由なんて関係なくうれしかったから、覚えてない。
父さんは部屋のドアを閉め、その場であぐらをかいた。
「かつてこの地では、人身御供が行われていてな。それを旅していた浪人だった俺たちの先祖が止めて、月海神社の宮司になったそうだ」
「そのひとみ? ってなに?」
「生贄を捧げる儀式だ。今聞くとバカバカしいだろうが、昔では大真面目にこれで天災や厄災を退けようとしたんだ」
「生贄……。ここでどんなコトがあったの? 旱とか、洪水とか?」
「いや、自然現象ですらない……。妖怪のせいだと」
「妖怪?」
父さんは苦笑いをして、侮蔑するように言い放った。
「ここら辺は首都圏のベッドタウンだが、昔は農村だったそうだ。話を戻そう。それで、畑を干からびさせるキツネの妖怪が現れ、荒らしまわっていたそうな」
あんな日々を送ったから、ボクには妖怪の存在を否定できない。それに、ホントは空妖っていうんだ。
「荒らすのをやめてほしかったら巫女を寄こせ、キツネは言ったそうだ。キツネが当然のように喋るんだから、おかしな話だな」
いや、喋るよ。サメだって喋るんだから。そう言いたい気持ちをグッとこらえた。
「言いなりに年一で生贄を捧げていたところに、俺の先祖が登場だ。千田鋼成その人は、巫女の恰好をして舞いを踊り、キツネが来たところを隠していた打刀で一刀両断。助けてもらったお礼に巫女と結ばれ、月海神社の宮司になったとさ」
「めでたしめでたし、だね」
「とはならなかった。キツネは一匹じゃなく、まだ仲間がいた。そいつは今も、千田の巫女を狙っているらしい」
「男ならまだ警戒してこないだろうから、今も千田の男子が踊ってる、ってコト?」
「そうだ。キツネだけに眉唾物だけどな」
もし女になったボクが踊ったら、そのキツネは出てくるのかな。海で出会ったサメとあかなめ、ふたりの空妖を思い出すと、ゾッとした。
「だが俺たちには、文化として残す義務がある。このご時世、様々な要因で廃業に追い込まれる神社仏閣は多いからな。せめて少しだけでも長く残したいんだ」
「うん……」
「魅人、今はわからなくてもいい。俺の勝手で言ってるんだからな。でも、きっと、俺の後を継いでくれたらうれしい。せめて、あの言い伝えだけでもな」
文化とか伝承とか、正直言ってやる意味がわからない。ボクはただ女の子の恰好をできるのがうれしかっただけだから。
巫女舞を嫌々やりながら、父さんやおじいちゃん、ご先祖様はなんでこんなに大事に受け継いでいったのか。女子になった今――その恰好がふつうになった今、向き合えるかもしれない。
そう思うと、使命感が湧いてきた。
「ボク、やっぱり練習するよ」
「ん、そうか。あまりムリはしないようにな」
父さんは珍しく笑顔を作った。
「ところで、テレビ局が取材したいと言っているんだが、どうする?」
「えっ」
「女装の巫女舞が全国でも珍しいからと、そう言ってるが……」
ここで目立つのは、なにかマズい気がする。いまさら女装をインスタに上げておいてどの口が言うってカンジだけど、もし巫女を狙うキツネの空妖が言い伝え通りに出てきたら危ない。テレビの人も、空妖の存在が顕わになるのも。
けど、文化を伝えていきたい父さんはどうしたいんだろう。
「ねえ、父さんは? 文化の継承って点では出たほうがいいよね」
「俺か? 俺はイヤだ」
「即答!?」
「懸念がいろいろとあってな……」
「例えば?」
「魅人が全国区になって、美人すぎる少年巫女などと放送された日には、悪い大人たちが集まってくるだろう!」
「……なにそれ」
「よく考えてみなさい。ないとは言い切れないだろう? いいか、世の中には多いんだ、モノ好きは」
「わかったよ、わかったから」
モノ好きという言葉に引っかかるけど、とにかく、意見は一致した。
「乗り気じゃないなら断っておくぞ」
「うん。いいよ」
「ん、わかった。よっしゃよっしゃ」
「ガッツポーズするほどお? 大げさだなあ」
「まあ、とにかくだ。ムリしない程度に練習しよう」
「うん!」
女の子になった今、ボクの考えかたも変わろうとしている。今まであまり気にしていなかった文化、その意味を祭りと巫女舞を通じて知れたらいいなあ。そのためには、まず性別が変わったのをバレないようにしなきゃ。
「ところで魅人」
「なに?」
「母さんによく似てきたな」
「……そ、そう?」
ゼッタイにバレないようにしなきゃ……!




