オカルト研究部、実地調査!④
相変わらず、うす暗い旧校舎の中。目の前にはにらみつけてくる人体模型。それでも心強い友達が来てくれたから、気分は明るくなる。
わたしの友だち、花子さん。赤いスカートにおかっぱ頭のきれいな女の子。声だって凛として透き通っている。あこがれちゃうなあ。
「話は明璃から聞いてる。なんだか大変なコトになったみたいね」
「禅院くんもあの心臓の中に閉じ込められちゃって……」
「まったくもう。でも安心して。私はあなたをひとりにしないから」
余裕のある雰囲気も、わたしにはない。だからあこがれるんだろうなあ。よく見ると、まつ毛も長くてきれいな目をしている。
「……ちょっと。見つめられると恥ずかしいわ」
「すみません。きれいだから、つい……」
「しょうがないわね。特別よ。夕七だから許してるの」
「ありがとうございます……。わたしの花子さん」
「わたしの? ……ふふっ、『トイレの』って呼ばれ方よりもずっとうれしいわ」
「おいおまえたち、なにをイチャイチャをしている! 公序良俗違反でひとつつけるぞ!」
「あーもう、せっかくの時間に水を差さないでくれるかしらッ!」
花子さんは割れた窓から吹き込んだ雨粒を顔を洗えるくらいの量に集め、人体模型の顔に浴びせた。本当の人のように顔をぶるぶる振っている。なぜだか気分が晴れた。
「わかっているのか、人様の顔を濡らしたんだぞ。これはルール違反に決まっている、ゼッタイにそうだ!」
「あらあら、それは雨よ。雨に濡れて怒るなら、傘を忘れた自分自身に怒りなさい」
「その妙なチカラのせいだろう!」
反論も冴えてる! わたしも手助けしなきゃ。
「自分だって能力を使って閉じ込めているのに、全然公平じゃありません!」
「ぐぬぬ……!」
能力が使えなくなるのは相手も避けたいから、ルールにはできないはず。
「たしか、ルールを破ったら声が聞こえるんだっけ?」
「はい、これでひとつって。聞こえましたか?」
「ううん。ってコトはルール違反じゃない。そうよね」
「はい!」
「それじゃあ、文字通り湯水のごとくぶっかけてやるわよッ!」
花子さんが腕をまっすぐ伸ばすと、人体模型の周りに螺旋状の水の束ができた。まるででっかい屋内プールにあるウォータースライダーみたい。時間を置くにつれ雨が吹き込むから、水流がどんどん大きくなる。
「くっ……。ええい! ――これでふたつ!」
「あら、意外に判断が早いわね」
大きな水流を出るには、走るしかない。固い動きで走る人体模型は、自分のルール違反を数えながら脱出して、水を滴らせながら震えている。きっと、寒さからじゃない。怒ってるからだ。
対して花子さんは微笑み、水流を操っていた腕を下ろした。
「見ておけ、わしが本気を出せば一瞬でみっつで閉じ込めれるんだからな……。ほら、これでひとつ、ふたつ、みっつ!」
「は? えっ、ちょ――」
ルールを破るようなコトはしてないのに、花子さんが心臓に吸い込まれちゃった!
手を伸ばして止めようとしても、すり抜けちゃう。わたしはなにもできないまま、ただ花子さんがいなくなったのを寂しく思うだけ。
「ベソをかくな。わしを舐めるからこうなるんだ、黙って授業を受けていればこうはならないものを。旧校舎にサボってくるヤツなど、どうせロクでもない不良生徒だ。おまえもさっきのガキ共にいじめを受けていたクチか?」
「……え?」
「そうであるならば、学校に通うのはやめればいい。この不良生徒を閉じ込めているうちにここから出ろ」
人体模型の雰囲気が変わった。口調がまるで違う。すっかり敵意がなくなっている。むしろ、わたしを気づかってくれているみたいに聞こえる。
真面目に話してくれるわりに、両腕を上げっぱなしなのは花子さんを閉じ込めたのと関係ありそうだ。
「自分を大切にしろ。さっさと帰れ」
やっぱり気づかってくれている。……でも違う。みんな不良なんかじゃないし、いじめられてなんかいない。わたしを連れ出してくれた恩人だから、ここから逃げるワケにはいかない。
「あの3人は、わたしの友だちです。だから、出られません。みんなを助けるまでは……」
「ならばおまえも、不良生徒の仲間入りだあ!」
片時も腕を下ろさずに上げっぱなしの人体模型が迫ってくる。どうにかしてルールを破らせなきゃ。
「哀れな女子生徒だ、もしかしたら利用されているだけかもしれないのに。想像できないのか? 陰口を言われている自分が。勉強だけできるからといって、宿題の答えを写すだけの関係性とも思わないのか!?」
「……いいえ」
もしかしたら。なんて、今までそんなコトは常に考えてきた。けど、禅院くんを見るたび、そう考える自分が恥ずかしくなった。禅院くんはただ乗り越えたいだけなんだ、交通事故で亡くなった友達の過去のトラウマから。
出会ってから、そのうしろ姿を見てきた。不思議な口と同居するうしろ姿を。
それを見て、わたしも後を……ううん。隣についていきたい思うようになった。わたしも、臆病でひとりじゃ進めない自分を乗り越えたい。禅院くんといっしょなら変われるって――
「信じてますから」
「――これでふたつだ」
……どうして!? あっ、笑ったから……?
花子さんが吸い込まれた寸前も笑っていた。たぶん、それをルールに加えたんだ。というコトは、これで追い詰められた……!
「もう後がないな。どうする? 見捨ててもいいだろう、いきなり窓をブチ破るヤツなど、ロクでもないに決まっている」
「これ以上、わたしの友達をバカにしないで下さいッ!」
「そうか、怒るほどか。それならば……!」
語気を強め、なにをするのかと身構えた。けれど、人体模型がとった行動は――
「後がないのは、わしのほうだな」
ずっと上げていた腕を下ろした。
「これでみっつ――」
満足げに言うと、人体模型の頭上から霧のような半透明のモノがモクモクと浮かび上がり、それはおもむろに人のシルエットを形作った。すると、すぐに心臓が開いた。まだ感謝を伝えていないのに……!
「あの! あなたに触れられて、わたしは初めて友達の顔を視れらました。あなたのおかげです、ありがとうございました!」
「今時の子供は、顔も知らんヤツとも友だちと言っておるのか……。若さはいつだって向こう見ずだな――」
そんな口調とは裏腹に、シワが深く刻まれた顔には満足げな笑みを浮かべて心臓に吸い込まれていった。
あとは、禅院くんと真島くん、花子さんを助けよう。たしか背中のバクさんは言っていた。「ワタシと似ている」って。似ているのなら、助ける方法は――!
「みんな……聞こえていたら、手を伸ばしてください!」
人体模型の心臓が開いているうちに、そこへ手を伸ばす! 禅院くんがバクさんから『鏡花旅楽』を取り出したときみたいに。
心臓の中は空洞が広がっていた。腕をブラブラしてもなにも当たらない。熱くもないし、冷たくもない、ただ広い暗闇。底がないみたいでゾッとする。それでも、手を伸ばし続ければ――
「ひゃあッ!?」
待っていた、この握られる感覚。びっくりしちゃったけど、これで助けられる。手をしっかり握って、童話の『大きなカブ』みたいに思いっきり引っ張る!
「……あれ? 重くない」
なんの手ごたえも感じないまま、わたしは尻もちをついた。痛かったけど、すぐに気にならなくなった。
「どわーーっ!?」
すぐうしろで叫び声と木の軋む音と、壁に当たる音がしたから。振り向くと、5人ほどが山になっていた。みんなケガをしててもおかしくない。
「わっ! そ、あっ……。だ、大丈夫ですか!?」
「ふうーっ。ん、なんとか。それより助けてくれてありがとう」
駆け寄って声をかけると、一番下になっていた禅院くんがすぐに起き上がってお礼を言ってくれた。きっと自分からクッションになったんだ。
「はあ、空妖に襲われてこんなにイヤな気持ちになるなんてね。でも夕七、がんばったわね」
続いて起き上がったのは花子さん。
「花子さんがいてくれたからです」
「んでもって……。おーい、起きろ真島」
禅院くんが真島くんのほっぺをペシペシはたくと、元気いっぱいに起き上がった。
「こんな学園生活、おれ、待ってた!」
「ええ? 変わってるな、おまえ……。と、あとはこの人たちを起こさなきゃ」
目線の先にいるのは、今日吸い込まれたという上級生ふたり。塞がりかけてるけど、耳たぶにピアスの穴がある。関わりたくないカンジの人たちを、禅院くんは気にせず肩を揺すった。
「うう……。すいません、反省しています。心を入れ替えて勉強に励みますから」
「うなされてるけど、起きないな」
「このまま放っておいたら?」
「いやあ、それはやべえっす。風邪引いちゃうっすよ?」
「だよなあ……」
聞いたコトのある声だった。でも知ってる口調じゃない。後ろを向くと、またあの人体模型が喋っていた。
「「「うわあッ!!」」」
「身構えなくても大丈夫っすよ。みなさんのおかげであの幽霊から解放されましたからね」
「キャラが全然違うじゃん!」
「いやね、やべえーっ。べっすわ。マジべっ」
「……こんなヤツに閉じ込められたの? 私は」
「悔しいっすか? やべーっ、怒ってる。マジべっ」
「花子さん、こらえてくださいっ」
心の想いを共有して、なんとか怒りを抑えられた。
「――うう、ここは?」
ようやく上級生たちが目を覚ました。ここぞとばかりに人体模型が眼前に顔を寄せて……。
「グッドモーニング、僕の中にいた人たち。早く帰らなきゃ、また抱きしめて……あげるっすよ」
「「うわああああッ!!」」
目にも止まらぬ速さでふたりは逃げた。そういえば開かなかったドアも、素直に開いた。
「おかしいな、友だちになりたかったんすけどね〜」
「だって怖いし……」
「セリフが気持ち悪いわ」
「おれたちも閉じ込められてたじゃんな!」
「散々っすわ、マジべっ」
でも、なんだかんだあったけれど、みんなは無事だし助けられた。オカ研の初活動としては大成功かも。
「さて、これで一件落着ッ。外に出よう、明璃も待ってる」
「……はい!」
今日は少し強くなれた。そんな気がした一日だった。




