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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第1部 黎明編
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鬼は闇に溶け込む②



「ああ、痛えな、アスファルト。ニンゲンのフリなんてよォ、粋なコトしてくれんじゃねーの」



 薄ら笑いを浮かべ、透明になれる鬼はサトルに歩み寄る。あの因縁のかるまとは別の鬼だが、危険なコトには変わりない。当然、サトルは距離を置くコトに専念した。



「オイオイ、遠ざかンなよ。アンタも俺と同じ空妖くうようなのに。そんな遠ざかるこたあねーだろオイ。いや、今のは悪いとは思ってるぜ? ホントに」



「オレは人間だ」



「ニンゲン……? そうかいッ!」



 鬼は手刀で、サトルの喉元に向けて突き刺した。突然かつ狡猾な手口ながらしかし、奇襲を予想していたサトルは間一髪で躱せた。



「ちょこまかと動き回っても無駄だ。さあ、俺に生きがいを味合わせてくれよなあ、ニンゲンッ!」



「生きがいだと?」



「存じてるとおり空妖は死んだってなにも残らない。記憶すらな。だがね、ニンゲンの死に顔はよぉーく頭に残る。それがタマらんのだよ……、絶望に歪んだ顔を見下すのは!」



 サトルは黙って聞き続ける。怒りをにじませながら。



「最近になって面白い遊びも考えた。道を走る自動車とやらに轢かせるんだ。背中を押してやってな」



 その手口は、コウが言っていたものとそっくりだ。



「これがまた楽しい。自動車に見事命中すれば面白いようにニンゲンが吹き飛ぶ。次は轢いた人間が自動車から飛び出すのだ、死んだような真っ青の顔をして。バカみたいだろ、殺しておいて死体みたいに……」



「もういい。言わなくて……」



「それと、轢いても走り去った者もいたなあ。さっき俺のコトをクズと罵ったが、そいつも俺と負けず劣らずのクズと思わんか?」



「なにかと比べようが、おまえがクズなコトに変わりはない。そのおかげで躊躇せずに戦えるけどなッ!」



 サトルはバクから空妖だけを斬る霊剣『鏡花旅楽きょうかたびら』を抜き、刀身にあたる部位に巻かれた包帯を、地面に叩きつけ無理に解いた。



 薄く広がった白刃は鬼退治をするには頼りなさげでも、しかしながら、今にも消え入りそうな街灯よりも遥かに輝いている。



「どこからソレを出したのか知らんが、キサマはその薄い豆腐のようなモノで俺を殺そうと?」



 鬼はまだバクの存在を気づいていないようだ。



「頼むぞ、剣よ……。長い夜を照らしてくれ」



 サトルは剣に祈った。剣は白い光をたたえている。



「これでは公正ではないなァ。どれ、俺も得物を手にするとしよう」



 鬼は近くにあった一時停止の丸い標識を、まるで雨上がりの地面から生えた雑草を抜き取るように、軽々とアスファルトから引き抜いた。



「これで対等だ。さあ、俺の生きがいのために、お前は死ねよなあッ!?」



 狂乱の叫びと共に鬼が間合いを詰め、手にした標識を振りかざし、サトルの頭上に振り下ろした。サトルはギルと戦ったときのように、スローの視界を発動させると、楽々とそれをかわせた。



「一発だけだと思うなよッ!」



 猛る鬼は的確に首を狙い、得物を軽々と振り回す。



 見える。迫り来る脅威はことごとく回避可能だ。が――



「うッ!」



 急に頭痛が襲って来た。サトルは能力を発動出来なかった。



「貰ったぞ、その首ィ!」



 風をも切り裂かんとばかりの横薙ぎに、サトルはその場に倒れ込んで避けたが、危機というコトには変わりない。



「尻もちなんかついてないでよォ、顔の傷はどうした? 所詮、付け焼き刃の勇気か?」



「慢心を誘ってるだけかもしれないぜ?」



 強がってみせたが、内心では目の前の化け物が恐ろしかった。肩に置いた円形の標識が処刑台のギロチンのように思えた。



「その空威張り、すぐにたたっ斬ってやろうッ!」



 どう足掻いても発動しない。諦めかけたその時だった。



「サトル、仰向けになれ!」



 背後から頼もしい声が響いた。言われるままにすると、身体がバネのように跳ね宙に浮いて、鬼を軽々と飛び越した。



「ヤツの背中だ、やれ!」



 着地による足の痺れを堪え、振り返って一歩踏み出し、白刃を振り下ろした。



「痛えッ! 俺が斬られただと!?」



 かすかに手ごたえはあったが、傷口は見当たらない。鬼も素早くサトルの方へ振り返って、ギリギリでサトルの攻撃を回避し、致命傷は避けた。



「……キサマの能力とその剣、侮ってはならんようだな。反省しよう」



 鬼の表情に余裕がなくなった。サトルは後ずさりして、距離を置いた。雑居ビルがサトルの行く手を阻む。



「バク、次の手は?」



「わかってるくせに」



「ここはやっぱり――」



「「逃げの一手だ!」」



「みすみす逃すかッ! 声の主諸共、ぶった斬ってやるッ!」



 鬼は鬱憤を晴らすように迫り来る。



「といっても、どこに?」



「このビルの屋上だ」



「空を飛べってか!?」



「成功のイメージするんだ、キミなら出来るッ! ワタシとキミ自身を信じろッ!」



「ようし、わかった!」



 充分に引きつけて――



「さあ、跳べ!」



 バクの合図で中腰の姿勢から跳ぶと、ありえないスピードで地面が遠ざかった。空に落ちているようだ。声を出す間もないまま、雑居ビルの屋上に着地した。



「バッタの能力か……。すげえや」



「生命の可能性だ。チカラになる命に感謝するんだな」



「ああ、感謝しきれない」



「大体、キミは能力を使い過ぎだっ。一時的に回復したからよかったがな」



「次は同じ轍は踏まない!」



 サトルは目下の鬼の様子をうかがった。鬼はビルの外壁に刺さった標識を抜こうとしているようだった。それは鬼の持つ腕力の恐ろしさの証左だ。



 チカラを共有してない今、心は恐怖に支配されてしまった。本当の心の強さなどなかったのだ。バクや能力の源となる命に頼らなければ戦えない、カタキすら討てない、なによりもちっぽけな存在だ。



「……ひとりじゃなにも戦えないな」



「なんだいまさら」



「やっぱオレが浅はかだった。今日は逃げよう」



「肝が冷えたか? まあ同意だ。ミイラ取りがミイラになる前にな」



 そう思っても、この屋上からどう逃げるか考える必要がある。恐ろしいあの鬼を見下しながら思考を巡らせると、抜けた得物を握りしめて、サトルを見て笑った。



「なんだあいつは……不気味だ」



「透明のチカラで近づく気か?」



 バクの予想は大きく外れる。


 鬼は標識をビルの外壁に刺し、腕に体重を乗せ身体を持ち上げた。



「すぐ抜いて、また刺した……まさかッ!」



「ワタシも慢心していた……」



 鬼は標識を抜いてはまた刺す。それを繰り返し、車輪が回るように回転しながら、直角にそそり立つビルを登りきった。



 そして目の前に鬼が現れる。小さな屋上に、逃げ場などない。



「これはこれは、久しぶりだなァ。殺したかったぜ? 心から」



「……オレもだよ」



「白々しいなァ、逃げたいクセに。赤目はどうした? もうくじけたか?」



「誰がッ!」



 サトルは呪痕を発現させた。



「いいぞッ! じゃあ死ねッ!」



 鬼はなんの迷いもなく、拳を岩のように固め真っ直ぐ突いてくる。



 サトルは再び視界をスローモーションにした。どこへ来るかはすぐ分かる。避けるには何の問題もない。



「さっきから大した動体視力だ。いや、それとも? ……試してみようかねェ」



 大きな独り言をサトルに言い聞かせ、再び拳を握りしめた。当然、サトルはソレを発動させる。だが、視界に入る拳はピクリと動かなかった。



「サトル! 下がれッ!」



「え――」



「ククク……やった! 俺だって殺れるんだッ!」



 突如、世界が歪んだ。鬼が何をしていたのか、バクの警告と全身の痛みを以って理解した。



 鬼は、わざとゆっくり拳を突き出していた。スローの能力が見破られたのかは不明だが、壁まで吹き飛ばされたこの現状が真実だ。瀕死の今は、生きるコトしか考えられない。



「白々しいウソを吐く口に赤い血が混じって紅白になったぞ! いやあ、こいつはめでたい、めでたいっ!」



 身体が熱い。息が荒い。嫌な汗が噴き出る。視界の色も失せてきた。吐き気も催す。恐怖が世界の全てを埋め尽くした。



「おまえの流れ出た血で炊いた赤飯でも墓前に供えてやるからよォ、安心して死ねよなあ!」



 鬼は今日一番の笑顔で得物をかざした。一時停止の標識が鋭く光る。死にたくない。しかしそれも諦め、目をつむった直後だった。



「なんだコイツ等は!?」



 鬼は驚愕の一声をあげた。サトルは顔を上げると、鬼の周りで複数の黒いシルエットが踊っているように見えた。それはあの三羽カラスだった。



「ええい、うっとうしい!」



「オレに……構うな」



 カラス達は一心不乱にクチバシでつつき、飛んでかく乱させる。効果的な戦法であった。



 しかし、あの暴力的な腕がほんのかすめただけで、カラスたちは空を奪われた。標識を捨て振り回した腕に当たると、並んで痛々しく地面に転がった。



「どうしてカラスがニンゲンをかばう? こいつの能力が関係しているのか? ……気に食わないなッ!」



 サトルへ向けて、感情のままに拳をぶち込もうとしていた。



「死をもって、もう奇跡が起きないコトを知れッ!」



 瞬間、鬼は拳をゆるめ、ふと空を見上げた。いつの間にか星が見えなくなっていた。



「夜が明けるか……。くそッ、気に入らん! いいか、いつかキサマの大事な者を全て奪ってやる。草葉の陰から爪でもかじって見ていろッ!」



 鬼は吐き捨てて、ビルの屋上から屋上へ跳んではまた跳んで、姿を消した。しつこく粘着した鬼の去り際は、実にあっけなかった。



「みんな……大丈夫か……?」



「キミはまず自分の心配をしろ。ジッとしてろよ」



「うっ……痛え」



「あらゆる生物の治癒力を分ける。だから死なない以外はかすり傷さ。痛みは多少残るだろうがね」



 傷から煙のような気体がもくもくと空に昇っていく。するとすぐに傷は塞がり、折れたであろう骨は完全にくっついた。



「みんな! 大丈夫か!」



 サトルは引きずる痛みを無視し、すぐにうなだれたカラス達の元へ駆け寄った。小刻みに震えているが、眼光は鋭かった。



「こんなときにギルがいれば……」



「ワタシには彼らの言いたいコトがわかるぞ。オレたちを喰えとな」



「なんだとッ!?」



「長くないのは彼らがよくわかっている。キミも見れば分かるだろう」



「でも!」



 カラスたちサトルの目をはジッと見つめている。それはどんな形であれ、死を覚悟しているようだった。それを見てサトルも覚悟した。



「……オレを助けてくれてありがとう。この恩とみんなのコトは絶対に忘れない。そして、救われたこの命を無駄にしないことをみんなに誓う」



 サトルはカラスたちに背を向けた。



「みんなの命を――」



「「いただきます」」



 日が昇った。夜の闇は太陽に遠ざけられ、街は光に包まれた。小鳥のさえずり、道を往く車、仕事を終えた街灯。ここにいつもの一日が始まった。



 燃えるような朝焼けは、涙でにじんで見えた。



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