エピローグ ただいま
── 宮城県・仙台市
サトルは仙台から新幹線へ乗り込み、帰路につく。自由席でも平日なコトもあってか、乗客の数はまばらだ。
発車メロディが鳴り、ゆっくりと動き始める。隣に誰もいないのが、今ではなんだか寂しい。ポケットに入れていたウロコを見つめ、思う。
(……そういえば池鶴さん、ずっと車窓を眺めてたよな)
もちろん、理由を聞いていた。
『――池鶴さん、いつもの席ね』
『おー。ありがと、サトルくん』
席を譲ると、池鶴はすぐに窓の外を眺める。
『ずっと窓眺めてるけど、好きなんだ?』
『んー? ヤキモチやいてる?』
『いや、そんなんじゃないよ!』
『んふふ、冗談だよ。じゃあさ、いっしょに見よ? ……どう見える?』
サトルは窓に顔を寄せる。当然のように、目にも止まらない速さで移動しているだけだ。
『景色がすごい速さで流れてく……』
『私はね、この景色が好きなんだ。これだけの一瞬で何十棟のマンションを過ぎて、何百台の車を追い越して、何千人の人生があるのかなって、考えるの』
『人生を?』
『灯りが点いてる家と、点いてない家。それだけで、それぞれの生活があるのがわかるでしょ』
池鶴は流れていく景色を追わず、一点を見つめていた。まばたきひとつすれば一変する街並み。変わらないのは、空くらいなものだ。
『過ぎていった景色の人たちと交わるコトはないかもしれないけど、好きなものを共有できたら、すてきだよね』
『なるほど。例えば歌とか?』
『わかってるね〜。歌ってカタチはないけど、人と繋がれるんだよ。すごいよね。だから歌が好きなんだ』
『……きっと大好きだから、とっても上手なんだね』
『んふふ。そうかも』
池鶴は褒められて照れくささを隠すようにランランを撫でる。そんなうれしそうな横顔が忘れられない。
『聴いたら、忘れられない歌を届けられればって思ったんだ。それが夢だったから。この旅で、叶えられた気がするよ。ありがとう、サトルくん』
『少しでも助けになれたなら、オレもうれしいよ。まだ旅は続いてるからさ、池鶴さんの他の願いが叶えられたらいいね』
『うん、そうだね――』
流れていく街並みを見つめながら思い出す。数日間だけの旅だったのに、心の穴に風が吹く感覚を覚える。トンネルに突入すると、真っ暗だけの景色の中に、ふたりで歩いてきた旅路が映し出された。
「日常に戻れるときが来たのに、なんでこんなに寂しいのかな」
気を紛らわせるためにスマホでネットニュースを閲覧するも、『大田原駅』というタイトルが目に入るだけで、心臓が飛び跳ねるくらいに痛む。
しかしよく見れば、全線復旧の文字があった。タップしてニュースを読むと、ケガ人こそ出ても、死者は出ていなかったようだ。
最悪の事態は避けられて胸を撫で下ろすと、関連ニュースの欄にこんなタイトルがあった。
・無名シンガーの『残響』、SNSで話題
読まざるを得なかった。写真には、池鶴と歌った路上アーティストの女性が笑顔で写っている。どうやら深夜帯の歌番組に出るらしい、彼女のコメントが書いてあった。読むと、サトルの胸と目頭が熱くなった。
『不思議な女の子と歌った瞬間、人生が変わりました。あの子に見つけて貰わなかったら、きっとここには立てていません。あの子への感謝の意を込めて、精いっぱい歌います』
「……大丈夫。池鶴さんの想いは、届いているよ」
サトルはウロコをしまう。新幹線は、長いトンネルを抜けた。
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── 東京都・昭鳥市
自宅の最寄り駅である拝鳥駅に着いた頃には、既に真っ暗になっていた。街灯に照らされる見慣れた景色。旅が終わったという実感が湧く。
自宅に近づくにつれ、歩く人はまばらになり、誰も見えなくなった。ここならいいだろうと思い、サトルはバクに声をかけた。
「フフ、人肌恋しくなったか?」
「人肌に取り憑いてるヤツがよく言うよ」
「そのぶんじゃ元気そうだな。でもまあ、肩の荷が降りた、というところじゃないか?」
「そうかもしれないけど……。これでよかったのかなって思う。オレは、池鶴さんの気持ちに寄り添えていたのかな」
「寄り添う? ワタシのようにか?」
「距離感の問題じゃなくてさ……。自分の気持ちばかり、押しつけてなかったかなって」
「背中から見聞きしていたワタシから言わせれば、役目はじゅうぶん果たせたと思うぞ。立場が違うのは仕方ないハナシだ」
「うん……。うん」
「ええい、ウジウジと。ムズ痒くなるぞ。あのときいっしょに歌った気持ちはウソじゃないだろう?」
「そりゃそうだよ。歌詞に共感したっていうのも初めてだったよ。別れるのも……寂しかった」
「なら後悔はするんじゃない。過ぎたハナシ……じゃないか。まだ生命が続いてる。その限りチヅルに会いたければ、いつでも翼を貸そう。空も海も繋がっている。また必ず会えるさ」
「うん……。そうだな、ありがとう。またねって、池鶴さんとも約束したしな」
「しかし、人と出会わなければ別れもないと言っていたキミとは大違いだ。その寂しさは成長痛だな。ワタシはうれしいぞ」
「親目線?」
「あながち間違いじゃないな。なにせ、背後からずっと見守っているからな。そう、どんなときも!」
「この減らず口めっ」
サトルとバクは笑う。
冷たく乾いた風が吹くと、細雪が降り始めた。握ろうとしても、体温ですぐに溶けてしまう。なにも残っていない手を見つめながら、ランランを思う。
「きっと風に乗って、どこかでふわふわ浮いているのかな」
雪を見た感慨深さから一転、すぐに家に帰って温まりたくなった。周りを眺めて見れば、家々に光が灯っている。この旅を通じて、こんな当たり前の景色が特別なものに感じられた。
楽器の鳴る家、赤ん坊が泣く家、飼い犬が鳴く家、夕食のにおいがする家。
……あの角を曲がれば、あとすこし――
「サトル、ウチからカレーのにおいがするぞ! 思わずワタシも舌鼓だ、コッソリ食べさせてくれよ」
「母さん、リクエスト聞いてくれたんだ! しかし鼻がないのになんて目ざとい」
「目ざとい? なにを言っている、ワタシは目もないぞ。もちろん、腹もな」
「はいはい」
自宅の前に立った。玄関の扉を開ければ、旅は終わる。また日常に戻る。振り返れば遠ざかる旅路。ドアノブに手をかけると、目をつむってしずかに祈った。
――全ての人にとって、ありふれた穏やかな日常が、これからも続きますように。
祈り終えて、サトルは扉を開いた。カレーのにおいがする我が家で、元気に言った。
「ただいま、母さん」
第5部 完
ここまで読んでいただきありがとうございました。次回は未定です。




