表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第5部 残響編
132/133

君の幸せを祈る歌②



「……えっ?」



 池鶴の言葉を聞いた瞬間、時間が凍りついたように思えた。さざ波は聞こえなくなり、冷たい空気すらなにも感じない。



 ふたりだけの世界が広がった。



「サトルくん、私を斬って」



「イヤだ……。イヤだ、そんなの!」



「私は不老不死なんだよ? 斬ってみてさ、なんともなかったら、それでいいの」



 池鶴は微笑んでいた。斬られるという意味は、知っているハズなのに。鏡花旅楽をバクの口中にしまえばいいのに、パニックでそれを握る手を離せなかった。



「私のためだと思ってさ。ねっ?」



「ダメだ。そんなコトが、池鶴さんのためだなんて……」



「生まれ変わった故郷に、生まれ変わった私の居場所はない。ここで別れるのは、私は覚悟していたよ。サトルくんもでしょ?」



「だからって、こんなコト……」



 サトルも感じていた。だから強く言えなかった。旅路には終わりがある。池鶴にとってその終着点で待つのは、孤独だ。



 ならば、独りにさせなければいい。冷静を装いつつも半ば錯乱しながら、鼻息荒く言い放った。



「そうだッ。ウチの家族になろうよ。母さんも帰ってきていいって言ってたし。養子ってコトにしてさ。義理の姉か妹で。どう?」



「気持ちはうれしいけど、いずれ来る別れに耐えられないよ。たった数日だけでも、こんなにつらいのに」



「じ、じゃあッ! オレも、空妖に……」



「ダメだよ。サトルくんはニンゲンなんだから。友達もいて、家族もいるでしょ」



「いや、でも、オレは……」



 なにも気の利いた言葉は浮かばなかった。池鶴と出会い、今に至るまでの日数は少ないが、交わした時間はなによりも濃かった。だからこそ、無力感に苛まれる。なにもできないのかと。



 もはや、他人じゃない。大事な存在だ。



「オレにはできないよ。そんなカタチで別れたくない。忘れられない日々でありたい」



「……私だって、サトルくんと別れたくないよ」



 池鶴が感情を出した。



「サトルくんと、ずっといたい。私の肉を食べさせて不老不死にして、ずっといっしょにいたいくらい。広い海の中でふたりきりでも、きっと寂しくないよ」



「池鶴さん……」



「でも、それはできないよね。帰る場所に帰るべきだよ」



「オレには、なにもできないのかな。池鶴さんの思いに少しでも応えたいんだ。……剣を向けるなんて、できないけれど」



 池鶴は微笑みを絶やさない。ずっと暖かい笑顔をサトルに向けている。



「ねえ、キミはこの世界で生きたいと思う?」



 吸い込まれそうなくらいのまっすぐな瞳を、サトルはしっかりと受け止める。その問いへの答えに、一点の曇りなんてない。



「うん。生きたい。この旅を通じてオレは改めて思ったんだ。平穏な日常は、祈りの旅路なんだって」



 サトルは海を見つめた。波は穏やかで、水平線の向こうに小船が見える。



「いってきますって言ったら気をつけてって返ってきて、ただいまって帰ればおかえりって返ってくる。当たり前の景色だけど、それって、毎日無事を祈るコトなのかなって」



「祈る……」



「たとえ世界が理不尽に満ちていても、生きている限り、つらい過去でも忘れないために祈り続けたい」



「理不尽にいろんなものが壊れても、この世界は好き?」



「うん。目には見えないものこそ、きっと壊れないよ。たとえば歌も、祈りも、この想いも……。今までも、池鶴さんと歩んだ旅路も、オレの大事な宝物だよ」



「……サトルくん。そう言ってくれて、ありがとう。聞きたかったんだ、キミの想いを」



 池鶴の声が震える。



「私も、生きるよ」



「よかった……。ありがとう」



 サトルは鏡花旅楽を握る手を離した。



「好きな人の好きな世界で生きると思えば、独りでも怖くないから」



「好きって……オレを?」



「もう言わない。返事もいらない。困っちゃうもんね。……って、遅かった? 耳、真っ赤だよ」



「そういうところ!」



「んふふ。もっと赤くなった」



 ひとしきり笑った後で、サトルの顔は曇る。



「それで……どこに行くの?」



「私は人魚だからね。海に行くよ。また追われたら、イヤだしね」



「冬の海は寒いよ?」



「へーきだよ。独りも怖くない。もう、充分暖かいから」



「だけど、やっぱりしばらくウチに……」



 サトルはまた海を見つめた。冷たいであろう、その大きな海を。その中の孤独は計り知れない――と思ったら、さっき船が通った水平線に、なにかが跳ねたのが見えた。一回ではない、また跳ねた。



 あれは間違いなくサカナのヒレだ。当たり前だ、海なのだから。だが、それより上は丸みを帯びたシルエットをしていた。そう、人の上半身のような――



「えッ!? ちょ、ちょっと!」



「どうしたの?」



「あれ人魚じゃないの!? ほら、さっき指笛吹いたから来たんだよ!」



「えっ? どこどこ?」



「もういっちょ、指笛! カモン!」



 おかしなテンションになったサトルを尻目に、池鶴は再び指笛を吹く。すると、応えるようにそのシルエットは跳ねた。



「ほらっ、ほら! そうだ、ゼッタイそう!」



 サトルも思わず小さく飛び跳ねた。池鶴を覚えている存在がいたのが、自分のコトのようにうれしかったからだ。



 この世界で決して独りじゃなかったのだから、うれしいに決まってる。



「ほんとだ……。ビッキー、元気だったんだね」



「ビッキーって言うんだ?」



「誰にも言わないでって言われてたけど、サトルくんになら言ってもいいかな。昔はヤオビクニって言われてたんだって」



「なんか聞いたコトあるな……。まあいいや。とにかく、独りじゃないんだね。友だちがいてよかった!」



「うん!」



 ふたりは顔を見合わせ笑いあって、また海を見つめた。もう人魚のシルエットは跳ねない。きっと、確認が取れたからだ。もしかしたら、近づいているのかもしれない。池鶴を迎えに来るために。



「……ねえ、サトルくん。私の最後のお願い、聞いてもらっていい?」



「なに?」



「私といっしょに歌って?」



「もちろん。曲は?」



 池鶴は足下で眠っているランランを抱え、頭を撫でると、ランランは眠たそうにあくびをした。



「えっとね、『心の瞳』。歌える?」



「いいね。合唱曲の中じゃ、いちばん好きだったなあ」



「よかった。じゃあ、せーので歌おう。いくよ、せーのっ――」



 風と波の伴奏に合わせ、ふたりは海に向かって歌い出す。その最中、サトルは感じた。



(思えば、誰に向けて歌っていたんだろう。卒業式とかの合唱曲って)



 今の今まで考えたコトがなかった。ただそういう行事だからと流していた。けれど、今この時だけは断言できる。



 このやさしい歌を池鶴のために、心を込めて歌っているのだと。歌い終えると、池鶴は満足そうに頷いた。



「――ありがとう。これで思い残すコトはないよ」



「……でも、いいの? ランランが全部吸っちゃったけど」



「うん、いいの」



「まあ、吐き出してもらえば――」



 歌声を聴けると、そう言おうと思ったら、突然ランランが池鶴の腕から離れ、ゆっくりと、どんどん空へと昇っていく。



「ランラン、どこ行くんだ!?」



「親離れかな?」



「ちょっと待って、歌声だけでも!」



「サトルくん、見送ろうよ」



「でも……。いいの?」



 池鶴は小さく頷く。そうしている間にも、ランランは空へ昇り、ついには雲の色と同化して見えなくなった。



「私には、歌ったコトが大事なんだ。……だけど、サトルくんの上手な歌声も聴きたかったかも」



「オレがヘタなの、わかってるクセに。そのぶん心は込めたけどね」



「んふふ。私もだよ」



「どんなハーモニーだったか、知っているのはランランだけか。ひとり占めしちゃって」



「ランランらしいね」



 すぐそばで、ボチャンと大きなサカナが跳ねたような音がした。きっと、お迎えだ。池鶴は波打ち際まで歩み寄り、靴を脱いで素足で波に触れた。



「……ねえ、またここに会いに来てくれる?」



「うん」



 悲しくなってしまい、言葉が出てこない。



「忘れないでね。約束も、私のコトも」



「忘れないよ、いつまでも」



 サトルと池鶴は抱き合った。その感触を通じて、別れる時はすぐと理解できた。



 身体を離すと、池鶴はおもむろにズボンのホックを外す。



「下、脱ぐからさ。あっち向いててね。ゼッタイだよ」



「はいはい」



 目を離せば、池鶴は姿を消す。サトルは名残惜しく、高くそびえる防波堤を見つめた。



「またね、サトルくん――」



「またね、池鶴さん」



 振り向くと、そこには誰もいなかった。ズボンすら残っていない。まるで夢の出来事のようだ。寂しく海を眺めていると、手前の砂浜に光るものを見つけた。



「……残してくれたんだ」



 それは極彩色に輝くウロコだった。永遠にきらめく続けるような美しさだ。ジッと見つめ、歌ったのを思い出しながら、声を絞り出す。



「絆、か。いい言葉だな」



 小さくつぶやいて、石巻の街を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ