謎の建物から脱出せよ!②
「いたぞ、捕まえろーっ!」
サトルを捕らえようと、中庭にぞろぞろとやって来る白服たち。なぜ生け取りにしたいのか、そもそもここがどういう組織なのかもわからない。
「なんだかんだで、とにかく逃げるしかないんだけどッ」
四方から囲まれれば逃げ場はない。
「どうするね、学生よ。放たれたイヌのように駆け回るかねっ!?」
それも、ふつうの人間であれば。追手の勝ち誇るような言いように、サトルは鼻で笑った。
「イヌ? もっと厄介だぜ、オレは」
逃げ回るどころか、サトルは屈む。そして2階の窓を目掛けて大ジャンプ! 両手を広げて、ペタリと窓に張りついた。
「バッタのジャンプとイモリの貼りつき力だぜ。ここまではすぐに追って来られないだろ」
「で、そのあとはどうする?」
「言うまでもないッ!」
サトルは目をつむり、窓を目掛けてヘッドバッド! 耳をつんざく轟音をともなって、ガラスは太陽の光を受けて輝きながら散っていった。
「どうだバク、チカラを借りないでも破れたぜ!」
「フフ、アホだな。その傷を治すのは誰の能力だ? ほら、血を拭いてどこかへ隠れよう」
すぐに額の傷を治し、2階の廊下を走る。さっき落ちてきた4階の廊下と変わりがない。
「ヘンな建物だな。漢字の回の字みたいな」
「中の小さい口が中庭だな。しかし、こんなトコでうろつくヒマがあるなら、さっさと外に出ればよかったのに」
「気になるコトもあるしな。イヤでも付き合ってもらうぞ」
手当たり次第、目に入ったドアを開けようとする。しかしどれもカギがかかっていた。
「チヅルのコトか?」
「そうそう。おっ、このドアは開くぞ」
躊躇なく暗い部屋に入る。ドアを閉めたら、なにも見えないほどだ。
「参ったな。この部屋、窓がないッ」
「勝手に追い詰められてしまったな。ワタシたちの姿は防犯カメラにも映っているだろうし」
ドアのそばにある電気のスイッチを入れ、部屋を照らす。棚や床に様々な物が雑多に積まれている物置きだ。ホコリも積もりに積もっている。
ダンボールには、おそらく西暦と月日を思わせる数日と、様々な地名が書かれてある。が、そんなコトはどうでもいい。
「いや、まだだ。換気口かなんかがあったらうれしい!」
天井を見上げると、それらしい網目状のカバーがあった。
「あれだ! あの中に入ろう!」
サトルは床に所狭しと置かれているダンボールを積み重ね、棚にあったバールを網目に引っ掛け、テコの要領でカバーを外す。
「よく通ろうと思うな。付き合うワタシの身にもなってみなさい」
「脱走モノの花形なのに通らない選択肢はないよ。しかもこのシチュエーションで!」
「いつもヘンなトコでテンション上がってるな、キミは……」
重ねたダンボールを足場にして、換気口の中に入る。
「ホコリっぽいのもアクセント!」
「ブチ上がってるトコ悪いが、進めるか?」
バクの指摘通り、ほふく前進で進もうとすると、腕すら回らないくらいに狭い。下から人の声も聞こえてきた。
「戻れないから強行突破だッ、チカラ貸してもらうぜ、生命ッ!」
サトルはミミズの生態を用いて身体中の細かい筋肉を扱い、全身を波打つように狭くて暗い換気口の中を這っていく。直角のカーブもお手のものだ。
「わはは、どこまでも行けそう――って、どこに行けばいいんだか……」
前人未踏の狭路をアテもなく進んでいくと、かすかに声が聞こえてきた。会話をしている様子もない、それどころか優雅さを感じる、ノビのある声。
さらに進んでいくと、ハッキリと聞こえる。歌だ。女性が歌を歌っている。それも、聞き覚えのある声。
(池鶴さんが歌ってる……?)
歌が聞こえる換気口の真下で、サトルは聴き入る。歌の題名は『旅立ちの日に』。小学校のとき、卒業式で歌ったのを思い出し、胸が熱くなった。
(なんかもう懐かしい感じがするな、この歌。そういえば、こんな季節に練習してたっけ)
少し前までは小学校の頃の記憶すら思い出したくもなかったが、こうやって思い出を振り返られるのも、皮肉にも呪いのおかげだ。
それはサトルも理解している。そして今、こんなところにいるのも、この不思議な縁もそうだ――
「池鶴さーん!」
「お? どこ?」
「上にいまーす! そっちに行ってもいい?」
「いいよー」
サトルは歌い終えた池鶴に声をかけて、無理やり換気口のカバーを口で引き剥がす。下を覗き込むと、不思議な雰囲気の部屋が広がっていた。
とりあえず、その部屋に着地する。
「とってもきれいな歌声だったよ」
「そう? ありがと」
褒めながらも、サトルは横長の部屋を見渡す。本棚や学習机、ベッドはあるものの、壁はコンクリート剥き出し。床もだ。窓もない。小さな個室のドアが見えるが、それがトイレなのは薄々察せた。
(この間取り、なんかヘン……。部屋ってより留置所みたいだ)
ひんやりとした印象の部屋で、しかし池鶴は希望ある歌を歌っていた。その事実がなぜだか、とても心に響く。
「ここは池鶴さんの家なのか?」
「今は、そうなのかも。だけどね」
「だけど?」
「私の家、私が住んでいた町がね、あったハズなんだ。きっと、どこかに」
「よく思い出せないけど、そこに帰るためにウチに来たってワケか?」
「そうかも」
(なんか……思ったより闇が深そうだ)
池鶴の言うコトを信じるなら、この組織は記憶喪失の少女を誘拐した、という事実が浮かび上がる。しかも、奇跡の子などと崇められているのか。
余計に放っておけない。そんな気持ちが湧いてくる。
「池鶴さんの住んでた町は、ここより東なのかい?」
「うん。それはぜったいそう」
「じゃあさ、オレとここから家出しようぜ!」
「いいの? キミもキケンだよ? あの人たち、きっと探しにくるし」
「オレも池鶴さんも、家に帰るため。利害は一致してるしさ」
「そっか……。それじゃあ、いっしょに行こう。よろしくね、サトルくん」
「オレの名前、覚えてくれてたんだ。……ん? 誰か来る?」
部屋の外側から、足音が聞こえてきた。出口がどこにあるのかもわからないのに。
「そういえばね、この部屋、あるらしいよ。カメラ」
「それ先に言ってえ!?」
「また捕まっちゃうよ。逃げて」
「ロクでもねえ場所だな、ここは。池鶴さんの言うとおりだった。もう大嫌いになったよ」
「でしょ? だから、必ず連れ出してね」
「もちろん。約束!」
サトルは笑顔を向けると、池鶴は小指を差し出してきた。
「待ってるよ、白馬の王子様」
サトルと池鶴は小指同士で結び、固く約束を誓ってから、換気口に向かって飛び跳ねた。カバーはクモの糸で吊るし、形だけ元に戻す。
「池鶴、なにを話していた」
サトルはカバーの隙間から様子を伺う。部屋に出入り口のようなものは見当たらなかったが、その役割は本棚がしていた。隠し扉になっていたのだ。
「脱走した学ランの少年と話していたようだが、ヤツはどこだ?」
声の主は、教祖と呼ばれていた老人だ。
「……ダンマリか。まあいい」
教祖は池鶴の細い足に、足錠を嵌めた。
「さあ、来い。礼拝の時間だ。おまえを待っているんだぞ、信者が」
「……動きにくいけど?」
「そういうときだけ口答えするのか? おまえを救った恩人である儂に、感謝の気持ちはないのか? 空っぽのクセして」
教祖は池鶴の胸ぐらを掴む。
「出先で脱走したときは肝を冷やしたが……、もう出さなければいい話だ。ここがおまえの家だ。ずっとここで暮らせばよいのだ!」
池鶴を自由にしてやらないという、確固たる意志が感じられた。同時に焦りもあるような、そんな鬼気迫る口調だった。
そして教祖は胸ぐらを掴んだまま、池鶴を引きずる。足錠の鎖が擦り合う音だけが、サトルに聞こえた。
「……池鶴さん、悪いな。オレは白馬の王子様なんかじゃない」
「じゃあ、キミはなんだ?」
「残念ながら、天井裏から這い寄るバケモノだ! 醜くても助けに行こうぜ、バク!」
「フフ。ああ、行こうか。バケモノらしくな」
サトルの左目は傷跡とともに赤く輝く。怒りを焚べて燃え上がる闘志に心を焦がしながら。




