◎聖なる夜は大好きな推しと
クリスマスの日。
……私は片想いの相手の顔を思い浮かべながらプレゼントを選び、「クリスマスはずっと一緒に過ごそうね」なんて学生時代の約束をいつまでも信じて、仕事が終わった後のスケジュールは何年も入れていない。
でもこの世界に来てからの私は、この時期、毎年のようにスケジュールがパンパンに詰まっている。それはもう、仕事のようにパンパンと。お姫様って社畜なのかな?王様やお姫様って椅子に座ってにこにこしてれば良いって聞いてたのに!……ネット調べだけど。
『……姫様、頼まれていた品物こちらに置いておきます』
「ありがとう」
侍女のシーラが部屋に届けに来てくれたメイドさんからそれを受け取り、鏡台の後ろにあるテーブルに置いた。鏡越しに私が用意したプレゼントの山を見て、……今年もあなたに当日渡せないんだ……とため息をつく。
『……少し休憩しましょう。朝からずっとその姿勢で姫様も疲れたでしょうし』
「わぁーい、やったぁ!……あたた」
飛び上がるように立ち上がった瞬間、腰が痛くて丸くなる。そんな私に上着を掛けてくれたシーラに支えられながらソファーに座ると肘掛けを枕に横になった。
『今、お茶をご用意します』
「……何か軽く食べれるものもお願い~」
今日は夜のパーティーの為に朝から支度に追われている。今も鏡台の前からずっと動けず、シーラが私の髪からメイクをしながら着るドレスについて話していた所だった。
……可愛いドレスを着れるのは嬉しいけど、正直私は推しの!!クラウたんのドレスが見たいわけよ!!だってだってクリスマスの、年末のダンスパーティーといったら、みんなみんな貴族のお嬢様が素敵な人との出会いを求めて可愛らしいドレスを着ているのだもの。……推しではなくても数人、そんな可愛らしい子を見つめてはそれをパーティを乗り切る原動力にしている。
……でも、やっぱり、クラウディアのドレス姿が見たい!!それも婚約者と一緒に居るクラウたんはきっと一番素敵なドレス姿をしているもの。……あぁ、この世界にスマホがあったなら動画で撮って送ってもらうのに……。はぁ、見たい。やっぱり見たい~!!
「……パーティーって私が行かなくちゃダメ?」
『はい、姫様が出席なさらないとダメです』
「うぅ……やだなぁ、行きたくないなぁ……」
ゲーム中にもクリスマスイベントはあったからモブな私の国にもあるのかな?と思っていたら、私の国のクリスマスは城内で行なわれる舞踏会のことで、偉い身分同士の交流パーティーのこと。……私はこれがとても嫌なのである。
『姫様はパーティーがお嫌いなのですか?それともダンスが?』
「……どっちもおきらいですわ、シーラ」
ぷくっと頬を膨らませて抗議するけど、フッとシーラには真顔で一蹴されただけ。
『社交ダンスが苦手な姫様も嫌いではありませんが、姫様はこれからの我が国を担っていくお方。好き嫌いを言っている場合ではありません』
「……ぅ……シーラってば自分が踊らないからって」
昔からダンスは苦手、ゲームなら得意だけどリズム感がないんだよねぇ、私。
……それに、私の大好きなクラウたんは隣の国の王子様のパーティに出席していて毎年会えないし。クラウたんと踊れるなら私だって死ぬ気で頑張るのになぁ。
「……はぁ……クラウに会いたいなぁ……」
『……姫様、彼女には婚約者が居るんですよ?』
「もぉっ。知ってるってば」
……これもこれまでの私と同じだ。恋人が出来てから「クリスマスはずっと一緒に過ごそうね」という約束は当然のように無かったことにされてしまった。買ったプレゼントはいつも渡せないまま、久しぶりに会った時に何でもない顔をして「あなたに似合うと思って」と偶然見つけたかのように嘘をついて渡す。
クラウたんはいつも年を越してから帰ってくるから、私はその日を心待ちにして毎年会う口実を作っている。
「……想ってるだけなら自由でしょ?」
そう、……私はここでもずっと長い片想い中、なう。
シーラには私の気持ちはバレバレで、私もシーラになら何も言われても平気だから、と気にせず自分の想いを呟いている。……これは前の自分には出来なかったこと。周りの目を気にして、好きな人の名前も言えなかった向こうの私はいつも苦しい想いを一人で抱えていた。でも今は、言える人が居るだけで違う。どんなにヤキモチを焼いても、前のように気持ちを伝えてクラウを追い詰めることはなくなった。……まぁその分今は、違う意味で苦しい想いをしているけど。
ただの傍観者、モブだった私は好きな気持ちを一方的に伝えるだけで何も出来ず、一度目は目の前でクラウを失くしてしまった。そしてもう二度とクラウのそんな姿を見たくない二度目の私は前の世界と同じように長年片想いしながらクラウのそばにいることにした。……だって気持ちを伝えた後のクラウは私を避けて一人殻の中に閉じこもってしまったから。
「……シーラ、あなたにはこれね?」
プレゼントの山の中から品物のうちの一つをお茶を持ってきてくれたシーラに渡す。シーラはそれを受け取るとエプロンのポケットから小さな袋を取り出して私にくれた。
『……姫様、ありがとうございます。……私からはこちらです』
さっそく袋の中から取り出すと、可愛らしいお花の髪飾り。
『……姫様のように可愛らしいお花でしょう?』
「!シーラ……私、クラウの次にシーラのこと大好きよ!」
『ぐ……あの女……』
「~♪今日はこの髪飾りを付けるわ」
毎年この日はシーラとプレゼント交換をする。私の家族はとても優しい人たちばかりだけど、とても忙しい。会えば私を甘やかしてくれる人ばかり。……でもシーラは違う。姉であり親友で厳しくて優しい。ささやかだけどそんな彼女と毎年過ごせるのは嬉しい。
「シーラも可哀想ね。毎年……ううん、毎日私のお世話ばっかりで。私がサンタクロースならいつも頑張っているシーラにたくさんのお休みとお金をあげるわ。それでたっぷり遊んできてもらうの」
旅行はどうかしら?とシーラを見ると、彼女はあまり嬉しそうではなかった。……どうしたのだろう、と声を掛けると俯いていたシーラと目が合う。
『……サンタクロースというのは何でも出来るのですね。……でも私は毎年、いえ毎日姫様とこうして過ごす時間の方がとても大切です。……姫様はこんな口うるさい私といるのは楽しくないでしょうが』
「!そんなことないよ!?」
ガシッとシーラの腕を掴んでいた。……まさかシーラがそんなこと思ってたなんて知らなくて胸が痛くなる。
「私もシーラと過ごせる毎日にとても感謝しているし、今ではあなたのこと家族のように思っているもの。そんなこと言わないでこれからもバシバシ小言言ってよね!」
驚いたように目を丸くした後、いつも表情を変えないシーラが少し照れていた。
『……ふふっ。そうですか、それは安心いたしました。ではこれからもビシバシいかせていただきます』
「…………あれ?」
にやっと不敵に笑ったシーラを見て、あれ?もしかして私騙された?と不安がよぎる。そして呆然としていると、シーラが隣に座って私からのプレゼントを開けていた。
『……この城には姫様を甘やかす人しかいませんからね』
「ふふふ。お父様もシーラには頭が上がらないものね。……私の本当のお姉ちゃんだと思ってるし、どんな時もシーラがそばに居てくれると安心するの」
『………………』
「……あれ?泣きそう?……シーラ可愛い!!」
たぶん結構良い場面だったんだと思うけど、私がそう言った途端顔をハンカチで覆われて何も見えなくなった。
「ちょっとシーラ!」
『……休憩は終わりです。さっさと、立ってください』
首根っこ掴まれてソファーから起こされる。照れ隠しだと分かっていて笑ってしまうと、まだ締めずにいたコルセットをきつく締めあげられてキュゥッと声を上げた。
「……ぅ……息、できな……」
『パーティーが終わるまで我慢なさってください』
「……ひっ……ひっ……」
……そして今日も慌ただしく過ぎていくのだろう。
クリスマスなんて特別な日じゃない、って散々経験して分かってるのになぁ……ちょっと期待しちゃうんだよね。
そして夕方になると招待客が続々と大広間に集まる。
ここでの私の役割は挨拶に来てくれる招待客と話すこと、……そしてダンスのお誘いがあれば断わらずに誘いを受けること。……ダンスが嫌い、……というのもあるけれど、私はこのお誘いが嫌。好きな人と踊りたいのに踊れない。そんなもどかしさとこの時間は相手のことを考えなければいけないのに、私は他の国で婚約者と居るはずの彼女のことばかり考えてしまうから。
『……姫様、メル卿からダンスのお誘いです』
「まぁ、嬉しいですわ。ありがとうございます」
そんな社交辞令を何十回も繰り返す。……早く終わらないかな、と華やかな会場とは裏腹な暗い思いを抱えて。
舞踏会の夜は長い、もう何時間も過ぎているのに音楽は止まらず流れ続けている。……長い長い夜、あくびに耐えられなくなって……一度休憩の為に会場を離れると、とても冷たい空気で肌がピリついた。……はぁ、とため息をつけば、そのまま白い息があがる。
「……クラウ、何してるかなぁ……王子様ときっと一緒に楽しいお喋りしてるんだ」
……私のことなんか忘れて。そう思った瞬間、涙がジワリと目に浮かぶ。
「……はぁ……」
寂しいなぁ……年が明けるまでまだまだある。それまでクラウに会えないのに私ここで何してるんだろう。……もうそろそろみんなの所に戻らないとダメだよね。化粧を直すのが大変になるから月を見上げて涙をこらえた。
「…………あら、浮かない顔ですね、姫様」
コツコツと私に近付いてくる足音。会場の中からは見えない壁の後ろに隠れていた私を見つけてくれたその声に驚いて振り返る。
「……え……嘘……。私……まぼろしを見てる?」
あまりにもその声が聞きたすぎておかしくなってしまったのかと、自分の頬をつねっていた。でもその人はそれを見て、笑いながら私に近付いてくる。
「うわ……うわ……クラウたんのクリスマスバージョン……ヤバ、かわ」
思わずもれる声。その姿が近付いてきて、会場からの灯りに照らされ体にピッタリ合うようなシックで素敵なドレスに髪をアップにしたいつもよりも美しい姿のクラウディアたんが私の瞳に映る。
「…………これでも私がまぼろしだと?」
私の前に立ち、頬をつねっていた私の手を取ると、代わりに頬を撫でてくれた。私はその瞬間名前を呼んで抱き付く。……いつから会場に居たのだろう、肌が火照っていて抱きしめると温かい。
「クラウディア……クラウディア!会いたかった。……私、いい子にしていたから神様が願いを叶えてくれたのかしら」
クラウは何も言わず私の髪を撫でてくれる。そして私の体を覆うようにストールを掛けてくれた。クラウの香りに包まれて嬉しさで心臓が爆発しそう。……会えなくてあんなにしぼんでいたのに、クラウが私に会いに来てくれただけで嬉しさで寂しかったことなんて一瞬で忘れてしまう。
「ぅ……今日……あなたと過ごせるだけで……嬉しくて、私……」
我慢していた涙がポロポロと落ちてくる。私の化粧が落ちるのを気にしてクラウがハンカチで押さえてくれるけど、たぶんもう無理。みんなの前には出られない顔だ。
「……あなたにそんな顔をさせる為に来たわけではないのですけれど。姫様?」
「ふぇ……だってクラウが居ないんだもん」
「それは毎年のことでしょう?」
「やだやだやだ。クラウと毎年一緒に過ごしたいの!」
「……わがままな姫様ですね」
クスッと笑った後、私をちょっとだけ強く抱きしめ返してくれた。
「……うぅ~…………き」
思わず好きが溢れて口からもれてしまう。喉の奥がつっかえて涙が出そうだったから言葉にならなくて助かったけど。しばらく自分の気持ちと戦った後、やっと落ち着いてきた頃にはクラウの体も冷たくなってしまった。
「あっ。ご、ごめんね?クラウディアが風邪をひいてしまうわ。一緒に戻……」
冷たくなったクラウの肌に触れた後、すぐ離れようとしたのに背中に回っていた彼女の手が離してくれない。
「……ク、クラウディア……?」
顔を上げても私からは綺麗な首から顎のラインしか見えない。ドキドキしながらそれを見つめた後、困惑しながらもこの夢のような時間をもっと確かめたくて私は再度クラウに抱き付いた。
……最初の私は、クラウの婚約が決まってからクリスマスの日会ったことはなかった。でもクラウが来年留学してしまう前の、今日このクリスマス、アーキハルトに居るはずのクラウディアに会う事が出来た。
もしかしてこれは夢なのかな。……それとも本当にサンタクロースがクラウを連れてきてくれたの?何も話しかけてくれないクラウが本当に幻のようで不安に思いながら、私の前で消えないように捕まえる。
「……毎年、クラウディアは今日どんなドレスを着て髪型をしているんだろうって想像して、……王子様の隣で、とびきり綺麗で可愛い姿で立ってるあなたを遠目でもいいから見てみたいって思ってたの」
私がそう言うと、耳元で呆れたようなため息が聞こえてきた。
「……遠目で、眺めているだけで満足だと仰るのですか?……私はそれ程までに見た目だけのつまらない人間ということですね」
「えっ!?ちょっと待って、どうしてそうなるの!?……違う!私はそんなあなたと……一緒に過ごして、お話して、ううん、それだけじゃなく一緒にダンスもしたいし!」
「姫様はダンスはお嫌いかと思っていました」
「……嫌いだけど、クラウディアとなら好き!……って、あぅ、また私ったら。い、今のは忘れて」
つい興奮しすぎるとクラウに好き好きと伝えてしまう私の悪い癖。一気に顔が熱くなってクラウから離れると、ちょうど会場の曲が終わった所で、拍手する音が聞こえてくる。……そして次の曲に合わせている楽器のチューニングの音を聞いていると、クラウが私に向かって手を差し出す。
「……あ、そうだわ。クラウディアに渡したいプレゼントがあるの。中で待っててくれる?」
私はそれが何の合図なのか分からず、そのまま広間に戻ろうとして腕を掴まれた。彼女から私に触れることはそう多くなくて、いつも私ばかりだから触れられるといつも以上にドキドキしてしまう。何を言っていいのか分からず固まる私にクラウは呆れた視線を送ってきた。
「……あなたにそう言われて私が喜ばないとお思いですか?」
「……へ?な、何を?」
そして広間から曲が流れ始めると、クラウが私の手を取りリードしながらステップを踏んだ。
「ぅっ……ぁっ…………ク、クラウッ」
「……ワン、ツー、スリー……ワン、ツー、スリー……」
「ぁぁぁっ……」
強引に引っ張られているうちにクラウのペースに飲み込まれて、一緒になってステップを踏んでいた。……やっぱりクラウは何をしていても綺麗。
「……ゆ、夢みたい……クラウディアと踊れるなんて」
彼女は少しだけ口元を緩めただけで何も言わず、私をリードしてくれる。踊っている姿も綺麗だけど、こうして一緒に踊ることの出来る私以外の誰かを想像するととてもモヤモヤした気持ちになってしまう。
「……え……えへへ。……羨ましいなぁ、クラウディアと一緒にダンスを踊れる人」
「……私も、姫様と踊ることが出来て夢のようですわ」
「もぉっ……クラウディアはいつもお世辞が上手ね。私の下手なダンスに好きで付き合う人なんていないもの。……何度も足を踏んでしまうし、みんな私が王女様だからって気を遣ってくれているの、分かるもの」
自信無くクラウの顔から足元に目を落とす。みんな楽しそうに踊っているけれど、私はそうじゃない。それをすることが義務だから踊っているだけ、だから楽しくない。……でもクラウはきっと義務でもそつなくこなして相手を立てられる人。私の中身はクラウディアよりもずっと年上なのに、私はダメな所ばっかりで恥ずかしくなる。
「……可愛らしい姫様……それなら私がお教えしましょうか?」
「……え?で、でも、」
「先程のお話だと、私へのプレゼントを用意してくださったのでしょう?……でしたら、そのお礼に、というのはいかがでしょう?」
「あ……えっと、で、でもそんなたいしたモノじゃ、ないし」
う、うわ……どうしよう。こんな展開、今まで一度も無かったのに。私が主人公でそのプレイヤーなら間違いなく、GO!だ。それなのに今の私はその展開にどうしていいのか分からず、あまつさえ断ろうとしている。
「……あら、姫様は私と会う時間をお作りになりたくないと?」
「ふぇぇ……ク、クラウたんからのお誘い……マジ?嬉しすぎて爆死するレベル」
思わず心の声が口からダバダバもれだす。何言ってんだこいつ、って顔されるかと思ってたのに、案外クラウは気にせず私を見ている。……あ、そうか、私の言葉の意味が分かってないから?
「……あ、あの、そういえば今日は……何でここに居るの?いつもなら年明けまで帰ってこないのに」
今更ながら、目の前のクラウディアがどうしてここに居るのか気になってしまった。……ううん、違う、本当に私の知っているクラウディアかどうか分からなくなったから。だって私の知ってるクラウは私が欲しがってる言葉をこんなに簡単にいくつも言ってくれるような人じゃない。
「……家の仕事にトラブルがあって、あちらのパーティーには顔を出さずにこちらに戻ってきただけですわ。……少し、そのことでお話もあって」
……あ、冷静になってきたかも。そう、クラウは私に何か話がある時、やたらと私を構ってくる人だった。
……だからか、とホッとしていた。急にグイグイ来るからちょっと舞い上がってた気持ちを落ち着かせる。……クラウは私に話があっただけ、そう自分の中に理由を作ることが出来た。そうじゃなきゃ、とてつもない勘違いをしてまた悲劇を生みだしてしまうかもしれないから。
「……!そ、そうなのね。何か困ったことがあったのなら何でも言って?私に出来ることなら何でも力になるから!」
こんな時じゃないとクラウは絶対頼ってくれないし、いつも私ばかり甘やかされてるから、こういう時は張り切ってしまう。私が胸を叩きながらそう言うと、クラウはホッとした表情を見せた。……うんうん、クラウたんの方が年下なんだし、そういうとこもっと見たいぞ?お姉様は。
「……そうですね。遠回しな言い方をして申し訳ありません。姫様に失礼でしたわ。……少し姫様のお力をお貸しいただきたいので私に時間をくださいますか?」
「……!うん、もちろんよ、クラウディア。なんなら今からでも」
そうと決まれば、パーティーしてる場合じゃない、と、クラウを連れて抜け出す方法を考えていると、またその手を差し出された。
「…………クラウディア?」
「……でも、それはそれ。これはこれ。……もう少し踊りませんか?」
流れる音楽が変わる。先程までの軽快な音が、今度は静かでロマンチックな音楽になった。
「で、でも、」
「……いつものあなたならまっすぐ私に向かってくるのにおかしいですね。何か変なものでも召し上がりました?」
「……もぉっ!……私がどれだけあなたのこと…………はぁ」
そう言いながら諦めるようにクラウの手を取り、肩に手を置く。
「……何ですか?」
「……何でもない……」
それ以上文句なんて出なかった。私がクラウの誘いを断れないって知ってる言い方だもの。
曲のせいなのか、さっきよりも体が密着して私の心臓の音もバレてしまいそう。顔を見ている余裕もなくて、ずっと鎖骨の辺りをジッと見つめながらたどたどしくステップを踏む。
数分の音楽のはずなのに、数時間過ごしているかのような感覚に襲われる程、曲が終わった時には全身の力が抜ける程に疲れていた。ふらっとヒールに足を取られて倒れそうになった所をクラウに支えられる。
「…………やはりダンスの練習が必要なのでは?」
「っ!こ、これは違うの!クラウディアじゃなかったら全然平気だもん!」
「…………ふぅん……そうですか」
「あ、その、クラウディアが苦手とかそういう意味じゃないからね!?き……緊張するのっ、クラウディアが……と、とても綺麗だから」
そう言うと、クラウはジッと無言で私の顔を見てくる。私がそれに弱いと知ってて。そして耐えきれず視線を彷徨わせる私を見てクスクスと笑っていた。
「わっ、だ、だめっ!今の私、クラウのせいで化粧崩れてるし」
「……私のせいですか?……姫様はどんな時も可愛らしいですわ」
「もぉっ!クラウディアの意地悪っ」
そしてまた音楽は軽快な曲へと変わった。
「…………まぁ、姫様をいじめるのはここまでにして。この日あなたと過ごせたことに感謝いたします」
「やっぱりいじめてたんだ……でもお仕事トラブルで大変なんでしょ?」
「えぇ、ですが姫様が一言言ってくだされば、すぐに収まりますから」
「……それ、私が介入して大丈夫なやつ……?け、権力で何とかするのはダメだよ?」
「…………ふふ」
「だ、ダメったらダメ!悪いことをしたら身を滅ぼすかもしれないんだから!」
クラウはそれ以上言っても、ただ妖艶な笑みを浮かべるだけだった。
「…………ふへへ」
あの特別な夜から一年後、今は大好きな推しと一緒に暮らしているなんてやっぱり夢のよう。毎日一緒に居られるだけで嬉しすぎるけど、今日という日はまた特別嬉しくてにやにやしてしまう。
……だって私、好きな人と一緒にクリスマスを過ごせるんだもん!
「……あら、随分と早起きですね、姫様」
「あ!クラウディア!……はい、あなたにプレゼント」
当日、それもその日に本人に直接渡せるだけでとても嬉しい。万年筆だったり、特別なプレゼントとまではいかないけれど、毎日使って私を思い出してくれたらそれだけで嬉しいもの。
「……今年もありがとうございます」
「メリークリスマス、クラウディア」
「……メリー……クリスマス?」
「あ、えっと……挨拶というか、おまじないかしら。素敵な一日を過ごせますように、って」
「……なるほど。メリークリスマス。姫様のおかげで私は楽しい毎日を送らせていただいております」
「え~……その仕事みたいな言い方やめてよ~」
「ふふっ」
隣に座ったクラウに寄り添うように体を預けるとその手は私の髪をいじる。まだ眠そうなクラウは寝起きのくせ毛と私の心をもてあそんだ後、あくびをしながらキッチンで食事を作ってくれているシーラの所に行ってしまう。……あの二人、喧嘩ばっかりしてるけど意外と仲が良いんだよねぇ……二人とも大好きだけど妬けちゃう。
……案の定、しばらくすると二人の言い合う声が聞こえてきて、私は苦笑しながらキッチンに向かった。
「もぉー二人とも今日は仲良くして~」
『姫様!今日も、無理です』
「えぇ、明日も無理ね」
「……はぁ……仲良しなんだから」