99話 会長は辞めた!
市立深原中学校・高等学校では生徒会選挙の真っ最中だ。
高等学校新入生の1年や進級したばかりの2年生、そして3年生がそれぞれ立候補し、その座を賭けた戦いが始まっていた。
生徒会室では現生徒会長の秋風 紅葉が書類の整理をしていた。
隣に座って同じような作業をしていた副会長の山口 拓が秋風に顔を向ける。
「そういえば、会長は出馬しないんですよね?」
「ええ、そうよ」
「これからどうするんですか?」
「別に何も」
澄まして答える秋風。だが、すでに何かを心に決めているようだ。顔は取り繕っているが、口元はゆるんでいる。
山口は偶然、あの体育館の出来事を目撃していた1人だ。
バスケ部に所属していた山口は、秋風と冬草 雪がマットを敷いてイチャイチャしていたのを目の当たりにしていた。
それから噂は瞬く間に学校中に広がり、すでに秋風と冬草は公認のカップルとして生徒たちに見られていた。
まさか、あんな不良じみた人を秋風が好きになるとは、山口は思ってもみなかった。だが、あの光景が目に浮かぶ。
常にマスクをしていた冬草が、そのときは外して秋山にキスされていたのだ。
初めて素顔を見た山口は、冬草のあまりの美形に納得した。こりゃ、会長好みのど真ん中だと。
早々に生徒会の仕事を切り上げて地底探検部へ向かう秋風の姿は、どことなく通い妻を彷彿とさせていた。
──しばし回想していた山口に秋風が聞いてくる。
「副会長はどうなの? 立候補したんでしょ?」
「はい。今回は会長にチャレンジします」
「ふふふ。あなたなら間違いないわね。短い間だけどがんばってね」
「はい!」
山口の肩を叩き応援する秋風。ニコリと笑った山口は書類へと目を戻した。
必要分を終えた秋風は生徒会室を後にすると部室棟へと足を向けた。
すっかりなれた地底探検部の部室に入ると目当ての冬草を探す。
葵 海と倉井 最中は、岡山みどり先生と一緒にお菓子を囲んで談笑している。
ちょうど冬草は葵 月夜と夏野 空にツッコミを入れているところだった。
「ちげーよ! そんなのねえよ!」
「え~!? そうなんですかー!?」
「うむ。ということは渋谷には西郷どんの銅像はないのだな? では、一体何処だ? 銀座か?」
「上野だっていっただろ!! だいだいなんでスマホで調べないんだよーー!」
「だって雪に聞いた方が早いし」
どうやら銅像の設置場所について言い合っているようだ。
さりげなく近づいた秋風が話しに入っていく。
「どうしたの雪?」
「紅葉! 聞いてくれよ! 月夜たちが西郷隆盛の銅像が東京にあるって聞いたらしくて、適当な所ばっかり言うんだよー」
「違うぞ雪。東京に詳しいから、いつか行った時のためのリサーチだよ」
「そうですよ雪先輩!」
冬草の愚痴に月夜と夏野が反論する。
相変わらずの様子に秋風は笑った。
「アハハ。いいじゃない! それだけ雪が頼りになるってことだし、もっとふれ合いたいんでしょ」
「いや、ふれ合いは特にないが……」
月夜の言葉を無視して、秋風は冬草の腕にギュッと抱きつくやイスの方へと引っ張って行く。
とりつく島のない秋風たちに月夜と夏野は目を合わすと、やれやれと苦笑いをした。
結局、この日はお菓子を囲んで部員たちは雑談に終始した。
しかし、ずいぶんと賑やかになったものだと月夜は見渡して思う。
妹の海は最中君とスマホを見ながらキャッキャと笑い合い、雪は紅葉とベッタリだ。というか、この2人は一緒にいると、くっつく以外の姿はろくに見たことが無い。
ミドリちゃんはいつものようにお菓子とお茶をたしなんで、空君は相変わらず元気なようだ。
妹のいる風景に、この部を作って良かったとしみじみ思う月夜であった。
「──月夜先輩、聞いてます?」
「おっと、すまん。つい感慨にふけていたよ」
「もー。ちゃんと聞いてくださいね? ゴールデンウィークについてですよー」
むすっとした夏野が繰り返す。
「そ、そうだった。確か行き先だったな……東京駅の地下街はどうだろうか?」
「うーん、行きたいですけど遠いですよね?」
「大阪以上に長時間電車に乗りそうだからな。それに最中君の体調もあるし……」
月夜と夏野がう~んと考えていると秋風が顔を向ける。
「キャンプはどう? 近くの川沿いにキャンプ場があったでしょ?」
「いや、それだと地底とか全く関係なくなるんだが。というか紅葉は部外者だろ?」
月夜が指摘すると秋風はニヤリと笑う。
「そうでもないけど。だって、私も部員だし」
「「は!?」」
驚いた月夜と夏野はおろか、全員がピタリと会話と止めて秋風に注目した。
クスリと笑った秋風が続ける。
「ふふっ。ちょうど生徒会の書類を整理してたから、ついでに私の入部届も受理しておいたわけ。よろしくね」
「いや、だって紅葉は生徒会長だし、今年も続けるんだろ?」
疑問に思った冬草が口にする。そうだそうだと月夜も頷いていた。
「選挙には立候補してないんだ。夢中な人がいるのに生徒会なんて邪魔だし、ここにいた方が有意義でしょ?」
見つめていた冬草に、魅惑の笑みを送る秋風。冬草は頬を染めて秋風の頭をなでた。
もはや探検とは関係の無い理由に、呆れた月夜が、みどり先生に“こんなんでいいの?”と助けを求めて目を向ける。
気がついたみどり先生が“しょうがないわね”と両肩をすくめるのを見て、月夜は諦めた。
自分は強引に入部させていたくせに、そのことは棚に上げていたようだ。
するとそれまで沈黙していた夏野が両手を机にバン! と叩き、立ち上がって叫ぶ!
「キャンプです! そうですよ! ゴールデンウィークはキャンプで決まり!!」
「いきなりどうしたんだい空君?」
あまりの勢いに月夜がオドオドする。
「思い出したんです! ちょっとした洞穴が近くにあるキャンプ場があったって! そこに決まりです! 部長権限で決めました!」
部員たちを見渡して反対意見がないのを確認すると、夏野は満足そうに大きく頷いた。
そう、キャンプといえばテント。狭いテントの中で月夜に密着できると計算高く夏野は考えていたのだ。
ひょっとしたら過ちがあるかもしれない。主に自分が襲う方だが……夏野は月夜を見つめながらエヘヘと妄想に興奮していた。
ゾッと背筋が寒くなった月夜は、謎の不安に襲われていた。